第132話 王位
――ドラムガルド公国
王都アイゼンベルグ。
その地下深く。
「――――敵襲!!」
「西区画が突破されたぞ!!」
「武器庫を守れ!!」
「王宮への侵入を許すな!!」
轟音
怒号
そして――
大地を揺らす爆発。
ドワーフ達の街に、戦火が広がっていた。
「…………」
王宮の玉座の間。
新王バルグリム・ドラムガルドは、玉座から立ち上がる。
「敵はどこまで来ている?」
「王都西側の城壁が突破されました!」
「敵兵の数は!?」
「正確には分かりません!」
「ですが……」
報告に来た兵士の顔が青ざめる。
「内部から門を開けた者がいます」
「…………」
バルグリムの表情が変わった。
「内部から……?」
「はい」
「つまり……裏切り者がいるということです」
「…………」
玉座の間に沈黙が落ちる。
その時。
「陛下!」
別の兵士が駆け込んでくる。
「何だ!」
「王宮近辺の守備隊が次々と離反しています!」
「…………」
「離反?」
「はい!」
兵士は震える声で続ける。
「一部の貴族と重臣達が……新王への忠誠を拒否すると……」
「…………」
バルグリムの拳が握り締められる。
「そうか……」
静かな声だった。
「……やはり来たか」
「陛下?」
バルグリムは王宮の外を見る。
煙が立ち上っている。
自分が王になって、まだ数日。
そのわずかな間に、国が崩れ始めていた。
「…………」
そして、その時だった。
玉座の間の扉が開く。
「――陛下」
一人の男が入ってきた。
豪華な鎧。
王族の証である紋章。
そして――
前王の血を引く男。
「第一王子……」
兵士が呟く。
バルグリムが目を細める。
「……お前か」
男は微笑んだ。
「お久しぶりです、陛下」
「いや……」
男は訂正する。
「もう、陛下と呼ぶ必要はないでしょう」
「…………」
バルグリムの瞳が鋭くなる。
「何を言っている?」
「簡単な話ですよ」
王子はゆっくりと玉座へ視線を向ける。
「あなたは王ではない」
「…………」
「本来、この国を継ぐべきだったのは私だ」
「…………」
「私は先王の第一王子」
「王族として生まれ、王になるために育てられた」
「…………」
そして。
王子はバルグリムを睨む。
「それなのに……なぜ、平民上がりの貴様が王になった?」
「…………」
バルグリムは答えなかった。
「答えろ!」
王子が怒鳴る。
「なぜだ!」
「…………」
やがて……バルグリムは静かに口を開いた。
「……資格がなかったからだろう」
「…………」
「お前にはな」
王子の顔が歪む。
「…………」
「土のレガリアに選ばれなかった……それが全てだ」
「…………」
その言葉が、王子の心臓を突き刺した。
「……黙れ」
「…………」
「黙れ黙れ黙れ!!」
王子が叫ぶ。
「私は王子だ!この国で誰よりも王になる資格があった!」
「なのに……!」
その声が震える。
「土のレガリアなどという……訳の分からぬくだらない力のせいで……!」
「…………」
「王位を奪われた!」
バルグリムは静かに男を見る。
「……だからか」
「何?」
「お前が今回の騒ぎを起こしたのか」
「…………」
王子は醜悪な顔で笑った。
「その通りだ」
「…………」
「アストリア王国と手を組んだのだ」
「…………」
玉座の間にいた兵士達がざわめく。
「馬鹿な……!」
「王族が……アストリアと内通していたのか!?」
王子は笑う。
「アストリア王国は約束してくれた……この国を私に返すと」
「…………」
「土のレガリアなど必要ない」
「王になるために、そんなものはいらない」
「血筋さえあればいい」
「…………」
バルグリムの目が細くなる。
「……騙されているぞ」
「何?」
「アストリア王国が、本当にお前を王にすると思うのか?」
「…………」
「連中が欲しいのは――」
バルグリムは静かに告げる。
「土のレガリアだ」
「…………」
王子の表情が一瞬だけ揺れた。
だが。
「……知っている」
「…………」
「だから何だ?」
王子は笑う。
「私が王になった後なら、好きにすればいい」
「…………」
「土のレガリアが必要なら、くれてやる!俺に宿らぬ力など不必要だ!」
「…………」
「俺はこの国さえ手に入れば、それでいい」
「…………」
バルグリムは絶句した。
「……お前」
「私は……」
王子は拳を握る。
「王になりたいだけだ」
「今こそこの国を……私のものにする」
その瞬間。
王子の背後から、複数のドワーフが姿を現した。
「――――!」
「貴様ら……!」
そこにいたのは。
ドラムガルドの有力貴族。
そして。
王宮の重臣達。
「…………」
バルグリムが目を見開く。
「お前達まで……」
一人の重臣が目を伏せる。
「申し訳ありません、陛下」
「…………」
「ですが……」
重臣はゆっくりと顔を上げる。
「我々には、平民を王として認めることなど……」
「…………」
「出来ないのです」
バルグリムの表情が険しくなる。
「……そうか」
「先王の血を引く王子こそ、正統なる王」
「…………」
「そう考えているのか」
「はい」
「…………」
バルグリムはしばらく沈黙した。
そして。
「……くだらない」
「…………!」
「血筋だけで国が守れるなら」
バルグリムは一歩前へ出る。
「俺は最初から王になどならなかった」
「…………」
「俺は王になるために生まれたわけじゃない」
「…………」
「ただ……」
バルグリムは自分の胸に手を当てる。
「この国で生きてきた」
「この国の鉱山で働き」
「この国の武器を作り」
「この国の人間と笑い」
「この国の人間と泣いた」
「その美しき国と民を守りたかった……」
そして。
「そんな俺を……大地が王として選んだ」
「…………」
バルグリムの身体から。
ほんの僅かに魔力が溢れ出す。
ズズズズズ……
玉座の間の床が震える。
「…………」
王子の顔から笑みが消えた。
「……土のレガリア」
「そうだ」
バルグリムは拳を握る。
「俺が選ばれた」
「王になる資格を決めたのは……」
「お前でも」
「貴族でも」
「アストリア王国でもない」
「…………」
バルグリムの瞳が鋭くなる。
「大地だ」
「…………」
その言葉に。
王子は歯を食いしばった。
「……ならば」
「…………」
「その大地ごと奪えばいい!!」
「――――!」
王子が手を上げる。
次の瞬間。
「――――撃て!!」
ドゴォォォォン!!
玉座の間の壁が吹き飛んだ。
「うおおおおお!!」
「陛下をお守りしろ!!」
「敵だ!!」
「王宮内部に侵入されたぞ!!」
ドワーフ達が一斉に武器を抜く。
だが。
「…………」
バルグリムは動かなかった。
ただ床に手を触れる。
「…………」
「――――大地よ」
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……
床が震える。
次の瞬間。
巨大な岩壁がせり上がった。
ドゴォォォン!!
強大な岩の壁が敵兵の攻撃を完全に防ぐ。
「なっ……!」
「これが……土のレガリア……!」
「…………」
バルグリムは立ち上がる。
「俺は……」
その声に、王としての威厳が宿っていた。
「お前などに、この国を渡すつもりはない」
「…………」
「たとえ相手が王族だろうと」
「…………」
「アストリア王国だろうと」
「…………」
「この国を奪おうとするなら――」
バルグリムの拳が強く握られる。
「俺は最後までこの国のために戦う」
◇
――ドラムガルド王都。
その頃。
戦火はさらに広がっていた。
「王宮を制圧しろ!」
「新王を捕らえろ!」
「抵抗する者は排除せよ!」
アストリア王国の兵士達。
そして、彼らを案内するドワーフ達。
「こちらです!」
「地下通路を使えば王宮へ入れます!」
「よくやった!」
「王子殿下へのお約束はお守りくださるのでしょうな!」
「もちろんだ!」
だが……
その兵士達の中には、通常のアストリア兵とは異なる装備を身に着けた者達がいた。
「…………」
アストリア軍工作部隊の黒い鎧。
無言の兵士。
「…………」
彼らの目的は明白だった。
――土のレガリア……その器。
一人の男が命じる。
「土のレガリアを奪え」
「…………」
その男は笑った。
「これで……三つ目だ」
◇
――その頃。
アルヴァニア王国。
王都上空。
「――――ッ!!」
光と炎が空を駆ける。
「ライト!」
「何?」
「もっと速く!」
「分かってる!」
ライトの翼が大きく羽ばたく。
堕天化。
その隣を、炎を纏ったリオネが飛ぶ。
「ドラムガルド……」
ライトが遠くを見つめる。
「…………」
その先に、黒煙が上がっている。
「…………」
ライトの表情が変わる。
「もう始まってる」
「え?なにが?」
「戦いが」
リオネの顔から笑みが消える。
「……そんな」
ライトは速度を上げる。
「急ぐぞ!」
「うん!」
二人は一気に加速する。
だが、その時ライトの脳裏にレオガルドの言葉が蘇った。
――敵はアストリアだけじゃない。
――味方に背中を刺される可能性もある。
「…………」
ライトは拳を握る。
「……内部の裏切り」
「王位を狙う者」
「そしてアストリア」
「…………」
リオネが叫ぶ。
「ライト!」
「何!?」
「こうなったら絶対に間に合わせるよ!」
「…………」
ライトは笑う。
「ああ」
「今度こそ――」
その瞳が鋭く光る。
「俺たちが土のレガリアを守る」
二人は燃え盛るドラムガルドへ向かって飛翔していった。
――だが
彼らを待っているのはただの戦争ではない。
土のレガリアを巡るドラムガルドの王位継承戦。
そして
「正統な王とは何か」
という問いだった。
血筋か。
力か。
それとも――
大地に選ばれた者か。
その答えを巡る戦いが今、始まろうとしていた。




