第117話 レガリアという存在
――神樹の国シルヴァリス
翌朝
まだ朝日が昇りきらない時間。
ライトは一人、神樹を見上げていた。
昨夜から、ほとんど眠っていない。
身体の傷は癒えていない。
それでも、心だけはもう動き始めていた。
「……強くならなきゃ」
その呟きは、誰に向けたものでもない。
実の父を救うため。
ルミナスを救うため。
そして、二度と誰も失わないため。
その時だった。
「ライト君」
背後から声が聞こえた。
振り返る。
そこには、リリアナ王女とエリオス副学院長が立っていた。
「副学院長……」
「おはよう」
エリオスは笑おうとする。
だが、その顔にはまだ痛みが残っていた。
いまだ全身は包帯で覆われている。
それでも、身体の痛み……そして、心の痛みを堪えて彼は歩いていた。
「身体は大丈夫なんですか?」
「それは君も同じだろう?」
「…………」
「お互い様だよ」
エリオスは苦笑した。
その隣で、リリアナが静かにライトを見つめる。
「ライト様」
「少し……話があります」
「話?」
「はい……」
リリアナの表情は、いつになく真剣だった。
「あなたには、知っておいてもらわなければならないことがあります」
「俺が知らなければならないこと?王国のことですか?」
「それもあります」
リリアナは一度、神樹へ視線を向けた。
「ですが……もっと根本的な話です……そう……レガリアについて」
「…………」
ライトの表情が変わった。
「レガリア……」
リリアナは頷いた。
「レガリアとは、世界に存在する七つの属性の頂点たる力……起源の精霊と言い伝えられています」
エリオスが続ける。
「世界そのものに存在する七つの属性の力」
「水」
「風」
「火」
「土」
「雷」
「光」
「闇」
リリアナが一つずつ言葉にする。
「それぞれの属性を極限まで高めた存在」
「それが……レガリアです」
ライトは黙って聞いている。
「水のレガリア……それが、ルミナス学院長」
「風のレガリアは……私の姉のアイリシアです」
「アイリシア……さん?」
「はい……恐らくライトさんは、学院で一度戦われています」
「!!……あの特殊個体……」
「はい……その可能性が高いです」
リリアナは苦々しい表情で告げる。
「そんな……!」
その言葉で、ライトはリリアナの姉が王国に利用されているという事に気付く。
そこで、エリオスが話を進めようと言葉を挟む。
「レガリアには、一つ重大な特徴があります」
「特徴?」
「レガリアは……」
エリオスはライトを見つめる。
「厳密に言うと、人物を指すものではないということです」
「…………」
「先ほどリリアナ姫からお伝えした通り、レガリアは起源の精霊……したがって、レガリアそのものが意思を持つ」
「そして……その力を宿す者を、自ら選ぶ」
ライトの瞳が揺れる。
「ですので、レガリアと呼ばれる人物たちは、そのものがレガリアという事ではなく、正確にはその器となります」
リリアナが頷く。
「レガリアと契約した者は、器としてその属性の力そのものと一体化する」
「だからこそ……その力を求めて、王国はレガリアを集めている」
ライトの表情が険しくなる。
「…………」
「王国は何のために?」
「それは……」
リリアナが言葉を止めた。
「まだ確証はありません……ですが」
エリオスが答える。
「我々は一つの可能性を考えています」
「七つのレガリアを集めれば……何かを召喚できる……そんな伝承があります」
「何か?」
「……神です」
その言葉に。
ライトの瞳が見開かれた。
「…………」
「神を……」
「はい……」
リリアナは静かに頷く。
「王国とツヴァイス神聖国が裏で手を組んでいるようです」
「そして……協力してレガリアを集めている」
ライトは拳を握る。
「……あいつら」
脳裏に浮かぶ。
天使化した父。
白い翼。
黄金の光輪。
そして……
「世界に不要な存在を排除する」
リーパーを通して聞いた、天使が話したその言葉。
「まさか……」
ライトの声が低くなる。
「レガリアを全部集めて……」
「神を顕現させる」
「そして、その神に……」
「人族以外を滅ぼさせる」
エリオスが静かに頷いた。
「それが、我々の考えている最悪の可能性です」
「ツヴァイス神聖国もアストリア王国も人族至上主義を唱えている事から、その可能性は高い」
「…………」
ライトは言葉を失った。
魔族
エルフ
ドワーフ
獣人
その他、人族以外の全てを……
「ライト様」
リリアナが口を開く。
「実は……私達は、もう一つの仮説を立てています」
「仮説?」
「はい」
沈黙。
そして。
エリオスが言った。
「ライト君」
「君自身が……レガリアなのではないか?という仮説だ」
「…………」
風が吹いた。
神樹の葉がざわめく。
ライトは何も言わない。
「俺が……?」
「はい」
リリアナが続ける。
「貴方は、通常では考えられないほどの魔力を持っている」
「そして、聖属性と魔属性という本来相反する二つの力を同時に扱える」
「しかも……貴方が聖魔王化した時」
エリオスがライトを見る。
「私達は、確かに感じました」
「貴方の中に……光と闇……二つのとてつもなく強い力が存在していた」
「…………」
「つまり」
リリアナが言う。
「貴方は……光のレガリアと闇のレガリア……その両方を宿している可能性があります」
「…………」
ライトは言葉を失った。
「だから……」
「王国は俺を……狙っている」
「そう考えれば」
エリオスが静かに頷く。
「全ての辻褄が合います」
2度に渡る王国の魔王国侵攻
セレスティナ帝国学院の襲撃
多くの者達が傷つき被害を受けた……
「…………」
ライトはゆっくりと目を閉じた。
「俺のせい……」
「え?」
リリアナが驚く。
「俺が……レガリアだから」
ライトの拳が震える。
「俺がいるから……みんなが戦いに巻き込まれてる」
「父さんも……」
「父ちゃんも……」
「デッカーさんも……」
「ホイズもベイルもアローラも……みんな……」
「俺のせいで……傷ついて」
「違います!」
リリアナが叫んだ。
「それは違います!」
ライトは顔を上げる。
「貴方が悪いわけではありません!」
「でも!」
「貴方がレガリアだから?それが何だと言うんです!」
リリアナの瞳に涙が浮かぶ。
「貴方が望んでそうなったわけじゃない!」
「貴方は……誰かを傷付けるために力を持ったわけじゃない!」
「守るために……その力を使ったのでしょう!」
「…………」
ライトは答えない。
エリオスが静かに口を開く。
「リリアナの言う通りだよ」
「君が悪いわけじゃない」
「だが……」
エリオスは続けた。
「君が狙われる理由を理解した今、君は選ばなければならない」
「選ぶ……?」
「そう」
エリオスはライトを見つめる。
「逃げるか」
「戦うか」
「…………」
「君がここにいる限り、王国は君を狙う」
「魔王国も」
「帝国学院も」
「エルフの国も」
「そして……君の周りにいる全ての人が戦いに巻き込まれる」
「…………」
その言葉がライトの胸へ突き刺さる。
「だったら……」
ライトは呟いた。
「俺がいなくなれば」
「ライト君!」
「俺が……」
「一人で王国へ行けば、みんなは……巻き込まれない」
「馬鹿なことを言うな!」
ガルスの怒声が響いた。
振り返る。
いつからそこにいたのか。
ガルスが立っていた。
「父ちゃん……」
「お前は何も分かってねぇ」
「…………」
「俺達が戦ったのはな……お前を守るためだ」
「でも……」
ライトは首を振る。
「俺がいたから……」
「だから違うって言ってんだ!」
ガルスが叫ぶ。
「俺達はな!お前がいるから戦ったんじゃねぇ!」
「お前と一緒に生きたいから戦ったんだ!」
「…………」
「勝手に俺達の覚悟を否定するんじゃねぇ!」
その言葉にライトは目を見開いた。
「…………」
「ライト」
ガルスが歩み寄る。
「お前は一人じゃねぇ」
「…………」
「俺達は家族だ」
「だから……」
ガルスはライトの胸を拳で軽く叩いた。
「一人で全部背負うな」
「…………」
ライトは俯く。
「じゃあ……どうすればいいんだよ」
「俺は……どうすれば……もう誰も失わずに済むんだよ……」
その声は。
今まで聞いたことがないほど弱かった。
ガルスは何も言わない。
ただ、ライトの頭へ手を置いた。
「強くなれ」
「…………」
「もっと強くなれ」
「そして……」
「俺達全員で戦え」
「…………」
「一人で世界を背負うんじゃねぇ」
「家族全員で背負えばいい」
ライトは目を閉じる。
そして。
長い沈黙の後。
ゆっくりと顔を上げた。
「…………決めた」
「ライト様?」
「俺は……」
ライトの瞳に。
蒼い光が宿る。
「逃げない」
「…………」
「でも、もう……ただ強くなるだけじゃ駄目だ」
ライトは拳を握る。
「俺自身が狙われるなら、俺が……王国の目的を全部潰す」
「レガリアを集める計画も」
「神を顕現させる計画も」
「父さんを奪ったことも」
「ルミナスを攫ったことも」
「全部……」
ライトの瞳に。
激しい怒りが宿る。
「俺が終わらせる」
「…………」
「でも、俺一人では戦わない」
ガルスを見る。
アローラを見る。
リリアナを見る。
エリオスを見る。
そして。
神樹の国を見渡す。
「俺は……みんなと一緒に戦う」
その言葉に。
ガルスが笑った。
「それでいい」
「父ちゃん……」
「ただし」
ガルスが拳を握る。
「その前に傷を治せ」
「…………」
「今のお前じゃ、ルミナスを助けるどころか」
「その辺の兵士に負けるぞ」
「……それは言い過ぎじゃない?」
「言い過ぎじゃねぇ」
アローラも頷く。
「その通りです」
「えぇ……」
ライトが肩を落とす。
その様子を見て。
リリアナが小さく笑った。
「ライト様」
「はい?」
「一つだけ」
「何?」
「あなたがレガリアだとしても」
「あなたは……あなたです」
「…………」
「それだけは、忘れないでください」
ライトは静かに微笑んだ。
「ああ……ありがとう」
そして。
ライトは再び神樹を見上げる。
その瞳に。
もう迷いはなかった。
――光と闇、二つのレガリア。
それが自分の中に存在するのなら。
それも受け入れる。
王国が自分を狙うのなら。
その理由も利用する。
父を奪った者達。
ルミナスを奪った者達。
そして
全ての種族を滅ぼそうとする者達。
「……待ってろ」
ライトは静かに呟く。
「アストリア王国」
「ツヴァイス神聖国」
「そして……お前達が呼び出そうとしている神」
「俺が……全部止めてやる」
その瞬間、ライトの背後に白と黒、二つの魔力が同時に揺らめいた。
まだ不完全。
まだ制御しきれない。
それでも、確かにそこには二つの異なる力が存在していた。
「…………」
エリオスはそれを見つめる。
「やはり……」
リリアナも息を呑む。
「光と闇の……二つのレガリア……」
だが、その時だった。
ライトの胸元から微かな光が漏れた。
「……?」
ライトが胸元へ手を当てる。
「何だ……?」
光は一瞬だけ強く輝き。
そして消えた。
誰も気付かなかった、その瞬間。
遠く離れた場所。
アストリア王国の地下深く。
拘束されたルミナスの胸元でも、同じように水のレガリアが反応していたことを。
「…………」
ルミナスが顔を上げる。
「今の……」
何かを感じた。
遠く
遥か遠く
それでも確かに感じた。
「ライト……?」
その名を呟いた瞬間。
水のレガリアが強く輝いた。
そしてその光を王国地下施設の最奥にある巨大な魔導装置が感知する。
「――反応を確認」
「水のレガリアが、何かに呼応しています」
「何だと?」
研究員達が騒ぎ始める。
その報告を受けたレイヴンは。
ゆっくりと目を細めた。
「…………」
「間違いなく、光と闇のレガリアは……」
レイヴンは笑う。
「ライト君の中にある」
その視線の先。
巨大な魔導装置の内部には。
七つのレガリアを示す魔法陣が描かれていた。
そのうち
水
風
火
土
雷
光
闇
五つの魔法陣が、まだ空白だった。
「光と闇、そして火、土、雷……」
「その他五つが揃えば……」
レイヴンは静かに呟く。
「神の器は完成する」
そして。
地下施設のさらに奥、巨大な扉の向こう。
何かがゆっくりと、目を開いた。




