第115話 戦いの終焉
――神樹の国シルヴァリス
「──最優先殲滅対象」
「聖魔王ライト」
天使化した勇者の特殊個体が、ゆっくりと剣を構えた。
その瞬間。
ライトの背筋を、凍り付くような殺気が駆け抜ける。
「……来る」
次の瞬間だった。
勇者の特殊個体が消えた。
天使化した勇者の姿が、視界から完全に消失する。
「ッ!」
ライトは反射的に漆輝を横へ振る。
キィィィィィン!!
黄金の剣と漆黒の刃が激突した。
衝撃
しかし――
「ぐっ……!」
押し負けた。
ライトの身体が吹き飛ぶ。
「ライト!」
ガルスの叫び。
ライトは空中で翼を広げ、なんとか体勢を立て直す。
だが、その刹那……
「――」
ライトの背後……そこに天使化した勇者がいた。
「なっ……!」
ズバァァァァッ!!
黄金の斬撃がライトの背中を深々と切り裂く。
「ぐあぁぁぁぁぁっ!!」
鮮血が舞う。
ライトの身体が地面へ叩き落とされた。
ドゴォォォォン!!
大地が陥没する。
「ライト様!」
アローラが叫ぶ。
ガルスが駆け出そうとする。
しかし。
「父ちゃん!来るな!」
ライトが叫んだ。
「こいつは……俺がやる!」
「だが!」
「父ちゃん!」
ライトは血を吐きながら立ち上がる。
白と黒の翼が、ボロボロになりながらも再び広がる。
「こいつは……俺が止める!」
「勇者を……父さんを……」
父さん……その言葉を口にした瞬間、特殊個体の深紅の瞳が揺らいだ。
ほんの一瞬。
「……勇者アレン」
ライトは漆輝を握り直す。
「俺は……貴方を連れて帰る!」
天使化した勇者の特殊個体が動いた。
「排除」
ライトも同時に踏み込む。
「させるかぁぁぁぁぁっ!!」
――光速
二つの存在が激突した。
◇
キィィィィィン!!
漆輝と黄金の聖剣。
一瞬にして何十もの斬撃が交差する。
ライトの頬が裂ける。
勇者の装甲が砕ける。
一撃
また一撃
互いに一歩も引かない。
「勇者アレン!」
ライトが叫ぶ。
「覚えているだろう!」
斬撃を受け流す。
「魔王国で過ごした日々を!」
さらに一閃。
「父ちゃんと!……魔王ガルスと!」
「ホイズと!」
「ベイルと!アローラと!」
勇者の剣がライトの脇腹を貫く。
「ぐっ……!」
血が噴き出す。
それでも。
ライトは漆輝を振り抜いた。
ガキィィィィン!!
勇者の胸部装甲が砕ける。
「魔王国のみんなは!」
ライトの拳が勇者の顔面へ叩き込まれる。
「貴方を!」
漆黒の魔力が爆発する。
「家族だって思ってるんだよぉぉぉぉっ!!」
轟ッ!!
勇者が吹き飛ぶ。
だが。
四枚の翼が羽ばたく。
天使化した勇者は空中で停止した。
「……理解不能」
その声に、初めて僅かな揺らぎがあった。
「家族……?」
ライトの瞳が見開かれる。
「そうだ!」
「思い出せ!」
「勇者アレン!」
「お前は――」
その瞬間。
勇者の胸部に、巨大な魔法陣が浮かび上がった。
「――浄化」
「ッ!」
ライトの表情が変わる。
「まずい!」
純白の光が爆発する。
「ディバイン――!」
ライトも両手を広げる。
「アビスフレイム!!」
聖と魔。
白と黒。
二つの力が混ざり合う。
漆黒の炎と純白の光が渦巻き、巨大な奔流となって放たれた。
対する勇者も、四枚の翼を大きく広げる。
「――神聖浄化」
光と炎が衝突する。
轟音。
爆発。
大地が震える。
神樹の枝が砕ける。
「うおおおおおおっ!!」
ライトは全身の力を振り絞る。
しかし
押される
「くっ……!」
勇者の光が、少しずつライトの炎を飲み込んでいく。
「ライト!」
ガルスが叫ぶ。
その時だった。
「ライト様!」
アローラが両手を掲げる。
「魔力をお貸しします!」
エルフ魔導師団。
魔王軍魔法師団。
生き残った者達が一斉に魔力を解放した。
「俺達もです!」
ベイルが叫ぶ。
「全部、ぶち込めぇぇぇぇっ!!」
無数の魔力がライトへ集まる。
「みんな……!」
ライトの身体が光と闇に包まれる。
その時。
ライトの脳裏に、一つの光景が浮かんだ。
幼い頃
魔王城
ガルスが酒を飲んで笑っていた。
ホイズが優しく微笑んでいた。
アローラが魔法を教えてくれた。
ベイルが剣術を教えてくれた。
その、かけがえのない家族達に自分を託してくれた男。
――勇者アレン
「……そうだ」
ライトは呟く。
「俺は……」
漆輝を強く握る。
「貴方を救う!」
そして。
「だから――」
ライトの瞳が蒼く輝いた。
「俺が勝つ!!」
轟ォォォォォォッ!!
聖と魔。
全ての力が一点へ収束する。
「終焉光雨!!」
空が裂けた。
白と黒の無数の光弾が、雨のように降り注ぐ。
勇者の特殊個体が防御障壁を展開する。
しかし。
一発
また一発
純白の障壁に亀裂が走る。
「……!」
「終わりだぁぁぁぁぁっ!!」
最後の一撃。
ライトが光速で踏み込む。
漆輝が黄金の剣を弾き飛ばす。
そのまま身体を回転させ居合の構えをとる――
「白夜黒閃!!」
ズバァァァァァッ!!
漆輝が勇者の胸部を横一文字に切り裂いた。
「――――」
天使化した勇者の身体が停止する。
四枚の翼が消える。
頭上の光輪が砕け散る。
そして。
深紅の瞳から光が消えた。
「……父さん……?」
ライトが呟く。
勇者は答えない。
その身体がゆっくりと落下する。
「ライト!」
ガルスが叫ぶ。
ライトは駆け寄った。
「父さん!」
両手でその身体を抱き止める。
「父ちゃん!勇者を……父さんを!」
しかし。
その瞬間だった。
「――回収開始」
空から声が響いた。
「ッ!」
ライトが顔を上げる。
黒い魔法陣。
王国軍の転移術式。
「しまった……!」
魔法陣から鎖が伸びる。
「父さんは渡さない!」
ライトが漆輝を振る。
だが。
「ぐっ……!」
身体が動かない。
限界だった。
全身から血が流れ、翼も片方が消えかけている。
勇者の特殊個体を倒すために、全ての力を使い果たしていた。
「ライト!」
ガルスも動けない。
デッカーも重傷。
アローラ達も魔力を使い果たしている。
「やめろ……!」
ライトの手から。
アレンの身体が奪われる。
「父さんっ!!」
勇者の特殊個体が、黒い転移魔法陣へ引きずり込まれていく。
最後の瞬間。
ほんの一瞬。
アレンの黄金の瞳が開いた。
「……ライト」
「!」
その声は。
確かに。
勇者アレンの声だった。
「父さん!」
「――逃げろ」
その言葉を最後に。
勇者の姿が消えた。
「父さん――――ッ!!」
ライトの絶叫が、神樹の国全土へ響き渡った。
◇
「ライト……」
ガルスは拳を握り締める。
勝った……確かに勝った。
しかし。
最も救いたかった男だけが、奪われた。
「ライト……すまない」
ガルスの声が震える。
ライトは何も答えない。
ただ……勇者アレンが消えた空を見上げていた。
◇
そして。
戦場には、まだ残された者達がいた。
聖女エレナ
剣王カイゼル
盾王ガルディオ
三人は特殊個体から伸びる管に繋がれ、意識を失ったまま倒れている。
魔王軍とエルフ兵達が駆け寄る。
「生きている!」
「まだ息があります!」
「急いで治療を!」
三人は王国の特殊個体として戦った。
だが。
彼らもまた、王国に利用された被害者なのだ。
「救出するぞ!」
ベイルが叫ぶ。
「絶対に連れて帰る!」
魔王軍とエルフ兵達が三人を担ぎ上げる。
そして。
「……メフィルドは?」
誰かが呟いた。
アローラがゆっくりと振り返る。
そこには。
魔導王メフィルドの特殊個体が倒れていた。
「……」
アローラが駆け寄る。
「メフィルド!」
返事はない。
身体を覆っていた装甲は完全に消失している。
無数の管も。
魔力炉も。
全てが破壊されていた。
「……アローラ」
ベイルが静かに首を振る。
「もう……」
「嘘……」
アローラの手が震える。
「嫌よ……」
かつて共に過ごした仲間。
共に笑い、共に戦ったその仲間はもう二度と戻らない。
アローラはメフィルドの手を握った。
「……ごめんなさい」
涙が落ちる。
「もっと早く……助けてあげられなくて……」
◇
その日
神樹の国シルヴァリスで起きた戦いは終わった。
勇者の特殊個体
聖女の特殊個体
剣王の特殊個体
盾王の特殊個体
四体の特殊個体は撃破された。
聖女
剣王
盾王は生存。
魔王軍とエルフ軍の連合軍によって奪還された。
しかし。
魔導王メフィルドは死亡。
そして。
勇者アレンだけは王国によって回収された。
結果的に戦いは魔王軍とエルフ軍連合の勝利だった。
だが。
その勝利を喜ぶ者は、誰もいなかった。
ライトは一人崩れた大地に立っていた。
「……父さん」
手の中には自身の血に濡れた漆輝。
「必ず……」
ライトは拳を握る。
「必ず助けに行く」
その瞳に宿っていたのは。
悲しみではなかった。
怒りだった。
そして。
その怒りの矛先はアストリア王国……そして、ツヴァイス神聖国。
勇者アレンを「神の器」に変えた者達へと向けられていた。
――勇者の息子に転生した少年は。
この日初めて「救う」だけでは足りないと知った。
実の父を取り戻すために。
仲間を奪った者達を倒すために。
そして
人族以外の全てを滅ぼそうとする「神」の降臨を阻止するために。
ライトの戦いは次の段階へと進もうとしていた。




