第114話 奪われた器
――帝国学院・学院長室
静寂
あれほど激しかった戦いが嘘だったかのように、崩壊した学院長室には瓦礫の崩れる音だけが響いていた。
「ルミナス学院長……」
フィオレリアが震える声で呟く。
返事はない。
そこにいたはずのルミナスは、もういないのだから。
床には拘束具の破片と、引きずられた跡だけが残されていた。
「叔母様……」
リリアナはその場へ膝をつく。
握り締めた拳から血が滲んでいた。
何もできなかった。
目の前で、大切な家族を奪われた……その事実だけが胸へ重くのしかかる。
「エリオス副学院長!」
シュプール達が血だまりの中へ倒れるエリオスへ駆け寄る。
「しっかりしてください!」
フィオレリアが治癒薬を取り出し、必死に傷口へ流し込む。
「まだ息はあります!」
「誰か担架を!」
学院中が慌ただしく動き始める。
だが、その中心で。
マキナだけは、一歩も動かなかった。
蒼い瞳は、ただ自らの剣だけを見つめ続けている。
「…………」
演算を繰り返す。
記録を再生する。
ライトから与えられた最優先命令。
『学院のみんなを守ってくれ』
『誰も失いたくない』
その命令……
失敗
保護対象
喪失
演算結果は何度繰り返しても変わらない。
「ニンム……シッパイ」
小さく漏れた機械音声。
「ルミナス……ホゴ……シッパイ」
ライトが守りたかった人を守れなかった。
蒼い瞳が細かく明滅を繰り返す。
「エラー」
「エラー」
「ジコヒテイ……カイシ」
リリアナがゆっくり近付く。
「……マキナ」
少女は返事をしない。
「あなたのせいじゃないわ」
「違うの」
「悪いのは王国よ」
マキナはゆっくり顔を上げる。
「ワタシハ……ヨワイ」
「ゴシュジンサマノメイレイ……マモレナイ」
その言葉に、リリアナの胸が締め付けられる。
機械人形。
感情など持たないはずの存在。
それでも今のマキナは、誰よりも深く責任を感じていた。
「ライト様が……」
フィオレリアが涙を堪えながら呟く。
「知ったら……」
誰も続きを口にできなかった。
ルミナス……
ライトにとっては学院での良き理解者であり大切な存在。
そのような者を、自分がいない間に王国へ奪われた。
その事実を知った時、彼がどれほど傷付くのか。
誰も想像したくなかった。
◇
――神樹の国シルヴァリス
「ハァァァァァッ!!」
轟音が天地を揺らす。
漆輝と黄金の聖剣。
二振りの刃が激突し、衝撃波が大地を抉った。
「くっ!」
ライトが後方へ跳ぶ。
直後
天使化した勇者の特殊個体が放った光刃が山を真っ二つに切り裂いた。
「まだ……!」
ライトは息を整える。
聖魔王となった今でさえ、真正面から押し負ける。
天使化した勇者は、それほどまでに異常な存在だった。
「ライト……!」
ガルスが血を吐きながら叫ぶ。
「無理はするな!」
「父ちゃんは黙ってて!」
ライトは視線を逸らさない。
「ここで止める!」
背中の白黒二対の翼が大きく広がる。
聖なる勇者の魔力。
魔王の魔力。
二つの魔力が、両手に構えたナインティーンイレブンに充填される。
「くらえ!」
白と黒。
相反する二色の魔力弾が螺旋状の渦となって勇者へ襲い掛かる。
しかし。
勇者は翼を広げるだけだった。
純白の障壁。
神聖な光が魔力弾を受け止める。
ズガァァァァン!!
空を覆うほどの爆発。
神樹の枝葉が激しく揺れる。
だが煙が晴れた先……勇者は無傷だった。
「そんな……」
ベイルが絶句する。
「あれでも届かないのか……!」
しかしライトは止まらない。
「まだだ!」
両手を天へ掲げる。
すると、ライトの背後に光と闇の刃が顕現していく。
空が白と黒に染まる。
幾千、幾万と無数の刃が空間を埋め尽くしていく。
「双極剣嵐」
次の瞬間
数千、数万にも及ぶ白と黒の魔力の刃が、流星群のように降り注いだ。
神樹の国全土を覆う刃の雨。
「す、すごい……」
エルフ兵が呆然と呟く。
「これが……魔王代行の本当の力……」
だが
勇者の特殊個体は、ゆっくりと天を見上げた。
四枚の翼が大きく広がる。
「──浄化」
感情のない声。
その瞬間、黄金の光が世界を包み込んだ。
双極剣嵐の刃が、一本、また一本と光へ飲み込まれ、消滅していく。
まるで最初から存在しなかったかのように。
「……!」
ライトの瞳が見開かれる。
自身の奥義すら打ち消した……
天使化した勇者は、静かに剣を構える。
そして、その深紅の瞳が真っ直ぐライトだけを捉えた。
「──最優先殲滅対象」
「聖魔王ライト」
その宣告と同時に。
神樹の国全体を震わせるほどの神聖魔力が解き放たれた。
ライトは漆輝を強く握り締める。
「……来い」
次の一撃で、この戦いは決まる。
誰もが、その予感を抱いていた。




