第113話 レイヴンの企み
――帝国学院・学院長室
レイヴンの命令が下ると同時に、黒曜計画実行部隊は一斉に散開した。
その瞬間だった。
「テキノコウドウヲソシシマス」
マキナの姿が消える。
ギィィィィン!!
銀閃
工作員三人の武器が一瞬で両断され、そのまま廊下の壁へ叩き付けられた。
「速っ――!」
誰一人、その剣筋を目で追えない。
風のレガリア……その力を宿した特殊個体と渡り合った魔導機械人形。
やはりその性能は、伊達ではなかった。
「ライトサマノメイレイヲスイコウ」
無機質な声と共に、マキナは再び駆ける。
一歩
その踏み込みだけで床石が砕け散る。
「ふっ」
しかし、その前へレイヴンが割って入った。
キィィィィン!!
二本の剣が激突する。
火花が散り、学院長室全体が揺れる。
「……やはり」
レイヴンは僅かに口角を上げた。
「とんでもない強さですね」
マキナは答えない。
返答の代わりに剣速がさらに増した。
上段
下段
袈裟
逆袈裟
まるで豪雨のように降り注ぐ連撃。
その全てをレイヴンは紙一重で捌いていく。
「素晴らしい」
「魔王国の技術は、やはり脅威です」
しかしその声とは裏腹に、額には汗が浮かび始めていた。
(重い……)
(速い……このままでは押し切られる)
レイヴンは理解する。
真正面から勝負すれば、自分が敗れる。
だからこそ。
「十分です」
小さく呟いた。
「え?」
エリオスが顔を上げる。
その瞬間だった。
学院長室の壁が爆ぜた。
ドゴォォォン!!
瓦礫と共に、新たな黒曜工作員達が雪崩れ込む。
「別働隊……!」
ルミナスが息を呑む。
最初から二隊に分かれていたのだ。
レイヴンは最初の部隊を囮として使い、その間に本命を学院内部へ侵入させていた。
「対象確認」
「水のレガリア」
「捕縛開始」
六人の工作員が一斉にルミナスへ飛び掛かる。
「させるか!」
エリオスが立ちはだかる。
魔法は使えない。
それでも副学院長として、そして友として最後までルミナスを守る。
「ぐあぁぁっ!」
拳
蹴り
杖による打撃
二人を吹き飛ばす。
だが。
三人目
四人目
五人目
数で押し潰される。
ザシュッ!
肩が裂ける。
腹部へ蹴りが突き刺さる。
「エリオス!」
ルミナスが叫ぶ。
「逃げ……ろ……!」
血を吐きながら、それでもエリオスは立ち上がる。
しかし。
背後から伸びた黒い鎖が両腕へ絡み付いた。
ガシャン!!
「くっ……!」
膝をつく。
完全に動きを封じられた。
「エリオス副学院長!」
シュプール達も駆け寄ろうとする。
だが工作員達が立ちはだかる。
「近付くな!」
「邪魔をすれば皆殺しだ!」
学院中が混乱へ包まれる。
一方。
マキナはその異変を感知していた。
「ホゴタイショウ」
蒼い瞳がルミナスを見る。
「キケン」
「ハイジョタイショウヘンコウ」
レイヴンを無視し、ルミナスへ向かおうとする。
「そうはさせません」
レイヴンが踏み込む。
剣戟
轟音
再びマキナの進路を塞ぐ。
「ルミナスノホゴヲユウセンシマス」
「ドイテクダサイ」
「それは出来ません。」
レイヴンも一歩も退かない。
「今の私のお仕事はあなたを止めることです」
「それだけで十分」
ギィィィィィン!!
二人の剣が激しくぶつかり合う。
その隙だった。
「捕縛!」
工作員達が一斉にルミナスへ飛び付く。
黒い拘束具が両腕へ巻き付く。
「っ!」
さらに首輪型の封印具が装着される。
「離せ!」
抵抗するルミナス。
しかしレガリアは反応しない。
魔法も使えない。
六人がかりで押さえ付けられ、ついに膝をついた。
「叔母様!」
リリアナが泣き叫ぶ。
「学院長!」
フィオレリアも飛び出そうとする。
しかしエリオスが叫んだ。
「来るなぁぁぁ!!」
その叫びに、一瞬だけ皆の足が止まる。
レイヴンは静かに頷いた。
「任務完了です」
工作員達がルミナスを抱え上げる。
「離せ!私は……!」
その声が学院へ響く。
マキナは初めて表情を変えた。
ほんの僅か。
瞳が揺れる。
「ニンム…..シッパイ」
感情など存在しないはずの魔導機械人形。
それでも、その声には微かな焦りが滲んでいた。
レイヴンはその変化を見逃さない。
「……なるほど」
「心まで育ち始めていますか」
「ライト君……本当に恐ろしいものを創りましたね」
そして静かに剣を納める。
「撤退!」
「目的は達した」
煙幕が炸裂する。
学院長室は黒煙に包まれた。
煙が晴れた時。
レイヴン達の姿は消えていた。
残されたのは、崩壊した学院長室。
血だまりの中で倒れるエリオス。
呆然と立ち尽くすリリアナ達。
そして。
ルミナスを守れなかった自分の剣を見つめ続けるマキナだけだった。
その蒼い瞳は静かに明滅する。
「ニンムノヘンコウガヒツヨウ」
「ルミナスダッカン」
「ゴシュジンサマ……ゴメイレイヲ……」
だが、マキナのその願いは届かない。
遥か彼方――神樹の国では
ライトがなおも、天使化した勇者の特殊個体との死闘を続けているのだから。




