第112話 再び迫る王国の影
――帝国学院・学院長室
神樹の国では、聖魔王ライトと天使化した勇者の特殊個体が激突している。
その頃――
帝国学院は、不気味なほど静まり返っていた。
学院長室。
床には砕けた拘束具。
壁には先程の戦闘跡。
そして
学院長ルミナスと副学院長エリオスは、レガリア封印装置の影響で本来の力を失ったまま、黒曜計画実行部隊へ囲まれていた。
その先頭。
ゆっくりと歩み出る男。
アストリア王国参謀――レイヴン。
「……王国か……ずいぶんと早いお戻りだな」
ルミナスの瞳が皮肉めいたように静かに細められる。
窓の外。
レイヴンは、ライトが光となって飛び去った方向を見つめ、満足そうに頷く。
「ライト君が動きましたからね」
ルミナスが睨みつける。
「全て……計算済みという訳か」
「そうです……と、言いたいところではありますが、そうでもないですよ」
レイヴンは小さく首を振る。
「神樹の国への侵攻も勇者の投入も、全てはライト君を学院から引き離すため」
「本来、その全てはライト君を捕えるための策でした……ですが、貴女が水のレガリアだったようなので、少々作戦変更です……」
その、まるでゲームでもしているかのようなレイヴンの言葉に、エリオスの拳が震えた。
「貴様……!人の命や尊厳を何だと思っている!」
レイヴンは平然としている。
「目的を達成するためなら、他人の命や尊厳など、いくらでも切り捨てます」
「私のお仕事はそういうものですので」
その冷淡さに、学院中の空気が凍り付いた。
「さあ」
レイヴンはルミナスへ手を伸ばす。
「来ていただきましょう」
「水のレガリア……あなたは、神を顕現させる鍵の一つなのですから」
しかし、ルミナスは一歩も退かない。
魔法は使えない。
精霊も応えてくれない。
それでも学院長として、毅然と立つ。
「断る!」
「そうですか」
レイヴンは小さく息を吐いた。
「では――」
「力ずくです」
その瞬間だった。
エリオスが飛び出す。
「ルミナスには触れさせん!」
杖を捨てた。
魔法が使えないなら、肉体だけで守る。
学院創設以来、数え切れぬ修羅場を潜った魔導士の拳が唸る。
ドゴォッ!!
黒曜工作員が二人吹き飛ぶ。
続けて三人目へ蹴りを叩き込む。
そこへ工作員達が一斉に襲い掛かる。
しかしエリオスは止まらない。
杖術
体術
最低限の身体強化だけで繰り出される技は、魔導士とは思えない鋭さだった。
「まだ……!」
「ルミナスは私が守る!」
だが。
レイヴンが動く。
スッ――
音もなく距離を詰める。
「遅い」
「!」
エリオスが反応した時には遅かった。
レイヴンの掌底が腹部へめり込む。
ズドォッ!!
空気が抜ける。
「がっ……!」
そのまま蹴り上げられ、エリオスは壁へ叩き付けられた。
学院長室が激しく揺れる。
「エリオス!」
ルミナスが叫ぶ。
「心配しなくても」
レイヴンは静かに答えた。
「殺しはしません」
「まだ使い道はありますから」
工作員達が再びルミナスへ迫る。
その時だった。
――ギィィン!!
甲高い金属音。
工作員の剣が宙を舞う。
「……?」
誰もが音のした方を見る。
学院長室の入口。
そこに、一人の少女が立っていた。
銀色の長髪。
白磁のような肌。
無機質な蒼い瞳。
純白の機械装甲。
手の甲から延びる機械剣。
魔導機械人形マキナ。
少女はゆっくりと剣を構える。
「タイショウカクニン」
「テキセイコタイ」
「レイヴン」
その声には感情がない。
ただ任務だけを遂行する機械の声。
レイヴンだけが、小さく目を細めた。
「……やはり残していましたか」
その一言で、黒曜工作員達の表情が変わる。
「参謀殿?」
レイヴンは片手を上げた。
「不用意に近付かない方が良いですよ」
「え?」
「この個体を知らない者は下がってください」
「……!」
工作員達がざわつく。
レイヴンは静かにマキナを見つめた。
「帝国学院襲撃の時……特殊個体と真正面から戦い、互角以上だった存在」
その言葉に工作員達の顔色が変わる。
「ま、まさか……!」
「あの特殊個体と……!」
レイヴンは淡々と告げる。
「近接性能は勇者級……不用意に挑めば」
「ここにいる全員が死にますよ」
学院長室へ重い沈黙が流れる。
マキナはゆっくり剣先をレイヴンへ向けた。
「ユウセンハイジョタイショウ」
「セントウヲカイシシマス」
レイヴンも静かに剣を抜く。
「光栄ですね……そこまで危険人物として認識されているとは」
マキナは一歩踏み出す。
レイヴンも同時に地を蹴る。
次の瞬間。
キィィィィィン!!
二振りの剣が激突し、学院全体を震わせるほどの衝撃波が廊下を駆け抜けた。
そしてレイヴンは、剣を交えながら背後の工作員達へ静かに命じる。
「――作戦変更です」
「私が、この機械人形を抑ます」
「お前達は予定通り、水のレガリアを確保して下さい」
その命令に、黒曜計画実行部隊は一斉に散開した。
ルミナスへ向かって――




