第111話 聖魔王対勇者
轟音が、大地を揺らす。
「はあああああっ!」
ライトは漆黒と純白の翼を大きく広げ、一気に間合いを詰めた。
聖魔王の力によって強化された肉体は、もはや音を置き去りにする。
漆輝が煌めく。
キィィィン!!
天使化した勇者の特殊個体、その手が持つ黄金の剣と激突し、神樹の森全体へ凄まじい衝撃波が走った。
「……!」
勇者の特殊個体が一歩退く。
「押した……!」
ベイルが思わず声を漏らした。
つい先程まで魔帝王ガルスと魔竜王デッカーの二人掛かりでも押し切れなかった相手を、ライトは真正面から押し返していた。
しかし、勇者の特殊個体もすぐに体勢を立て直す。
黄金の光輪が眩く輝き、四枚の翼から膨大な神聖魔力が溢れ出した。
『──殲滅対象、更新』
『最優先対象──聖魔力・魔力融合個体』
深紅の瞳がライトだけを捉える。
「そうだ……俺だけ見てろ」
ライトは静かに漆輝を構え直した。
「父ちゃん達には……もう指一本触れさせない」
その瞬間
二人が同時に消えた。
◇
ガギィィィィィン!!
剣と剣
神速同士の斬撃が空中で何十、何百と交差する。
誰の目にも映らない。
ただ空中へ無数の火花だけが咲き乱れ、衝撃波だけが周囲を吹き飛ばしていく。
「見えない……!」
アローラが呆然と呟く。
「これが……ライト様の本気……」
ガルスも血を流したまま苦笑した。
「あいつ……力を隠してやがったな……」
隣で身体を起こしたデッカーも鼻を鳴らす。
「全くだ……何度も稽古で戦ったが、俺様相手でも本気じゃなかったって訳だ」
その言葉には悔しさよりも誇らしさが滲んでいた。
◇
「──そこだ」
ライトの瞳が蒼く輝く。
ほんの僅かな隙。
勇者の特殊個体の剣筋が半拍だけ遅れた。
シュッ!!
漆輝が流れるように振り抜かれる。
ズバァッ!!
白銀の胸部装甲へ深い裂傷が刻まれた。
勇者の特殊個体が大きく後退する。
「まだだ!」
ライトは追撃へ移る。
左手を突き出した。
「燃えろ──」
純白と漆黒。
二色の魔法陣が重なり合う。
「《ディバインアビスフレイム》!」
轟ォォォォォ!!
聖炎と魔炎。
相反する二つの炎が一本の奔流となり、勇者へ襲い掛かった。
神樹の空を覆う巨大な火柱。
大地が白と黒の炎に染まる。
「すごい……」
エルフ兵達は息を呑む。
これほど濃密な魔力を、一人の人間が制御しているなど誰も想像していなかった。
だが……
炎の中から黄金の光が漏れる。
「……!」
ライトは眉をひそめた。
次の瞬間。
白と黒の炎が真っ二つに裂けた。
勇者の特殊個体が炎を切り裂き、そのまま一直線に飛び出してくる。
「やっぱりか」
ライトは驚かなかった。
「そのくらいじゃ終わらないよな」
黄金の剣が迫る。
ライトは漆輝を逆袈裟に振り上げた。
再び激突。
空中へ巨大な魔力の輪が幾重にも広がっていく。
◇
「ライト様……」
アローラはガルスの身体を支えながら空を見上げていた。
「また無茶を……」
ガルスは苦笑する。
「俺達を助けるためなら、あいつは躊躇しねぇ」
その横顔には父親としての複雑な感情が滲んでいた。
「だから俺は……そんな息子に、こんな戦いばかり背負わせたくなかった」
アローラはそっと回復魔法を流し込む。
「でも……ライト様は嬉しかったと思います」
「今回は大切な人を守れたんですから」
ガルスは静かに目を閉じ、小さく笑った。
「……そうだな」
◇
一方
帝国学院・研究棟。
リーパーが映し出す戦場を、誰もが言葉を失って見つめていた。
「信じられません……」
リリアナが震える声を漏らす。
「あれほどの特殊個体と互角以上に戦っているなんて……」
「ライト様……」
シュプールは拳を強く握り締める。
「お願いだから……帰ってきてくださいよぉ〜」
「あなたはいつも、自分を後回しにするんですからぁ……」
その瞳には心配の色が滲んでいた。
しかし
その時だった。
コツ……
研究棟の外廊下から、小さな足音が響く。
ルミナスがゆっくりと顔を上げる。
「……来たか」
学院全域を覆っていた静寂の中。
結界の一角が音もなく揺らぐ。
黒い外套を纏った影が、次々と学院内へ侵入していた。
その先頭を歩く男は、口元に薄い笑みを浮かべる。
灰色の瞳。
冷徹な知性を宿したその男こそ――
アストリア王国参謀レイヴン
「予定通り……と、まではいかないが……」
彼は静かに学院長室の方向を見据えた。
「英雄は戦場へ……ならば、こちらは水のレガリアをいただこう」
その背後で黒曜計画実行部隊が一斉に武器を構える。
学院を守る最大戦力は、今ここにはいない。
レイヴンは勝利を確信したように、小さく笑った。
「さあ始めよう」
「第二幕を」




