第109話 激化する神樹の国防衛戦
――神樹の国シルヴァリス。
戦況は、再び絶望へと傾いていた。
「ぐっ……!」
ガルスの身体が吹き飛ぶ。
天使化した勇者の特殊個体の一振り。
それだけで魔帝王の鎧は砕け、胸元から鮮血が噴き出した。
「ガルス!」
デッカーが咆哮し、巨体ごと突撃する。
巨大な竜爪が勇者へ振り下ろされる。
しかし。
「──排除」
感情のない声。
純白の翼が一度羽ばたいた。
ズガァァァァッ!!
光の衝撃が炸裂し、デッカーの巨体が空中で弾き飛ばされる。
「がぁぁぁぁぁっ!」
岩山へ叩き付けられた魔竜王は、大地を何百メートルも滑り、ようやく止まった。
黒金の鱗は砕け、左翼は完全に裂けている。
それでも立ち上がろうとする姿に、魔王の軍勢は息を呑んだ。
「デッカー様まで……!」
勇者の特殊個体は止まらない。
黄金の光剣が次々と空へ生まれ、それが雨のように降り注ぐ。
轟音
斬撃
神樹の枝が切り裂かれ、巨大な幹へ無数の傷が刻まれていく。
「結界を張れ!」
長老が叫ぶ。
エルフの魔導師たちが神樹の力を借りて結界を展開する。
しかし……
パリン――
一振り。
たった一振りで結界は砕け散った。
「そんな……」
長老は膝をつく。
神樹さえ悲鳴を上げるように枝葉を震わせていた。
◇
「まだだ……!」
ガルスは血を吐きながら立ち上がる。
「アレン!」
漆黒の魔力を全身へ纏い、再び拳を握る。
「俺は、お前を見捨てねぇ!」
魔帝王の魔力が爆発する。
真正面から勇者へ飛び込む。
しかし。
黄金の剣が振るわれる。
拳と剣が激突した瞬間、ガルスの拳は押し返され、その身体は再び宙を舞った。
「がっ……!」
勇者の特殊個体は追撃を止めない。
翼を広げ、まるで流星のような速度で肉薄する。
「ガルス!!」
デッカーが割って入る。
巨大な身体で勇者を押し潰そうとするが、勇者は片手で竜爪を受け止めた。
「……な」
魔竜王が初めて絶句する。
勇者の特殊個体はそのまま竜爪を掴み――
投げた。
山ほどもある巨体が軽々と放り投げられ、神樹の根元へ叩き付けられる。
ズガァァァァン!!
神樹全体が激しく揺れた。
「くっ……!」
ガルスは歯を食いしばる。
理解していた。
このままでは勝てない。
神樹の国も、ここにいる全員も滅ぶ。
◇
その頃――
帝国学院・研究棟。
リーパーの映像を見つめる研究室には、重苦しい沈黙が流れていた。
誰も言葉を発せない。
画面の向こうでは、ガルスもデッカーも追い詰められている。
ライトだけが、静かに拳を握っていた。
「……父ちゃん」
その声は震えていた。
デッカーが倒れる。
ガルスが立ち上がる。
また倒れる。
その姿を見続けることはできなかった。
「ライト君……」
ルミナスが呼び掛ける。
だが、その言葉は届かない。
ライトはゆっくりと立ち上がった。
「もう……限界だ」
静かな声。
しかし、その身体から溢れ始めた魔力は、研究室全体を震わせるほどだった。
漆黒の魔力。
そして。
神白の魔力。
二つが混ざり合い、螺旋を描き始める。
「ライト様……?」
シュプールが後退る。
見たことがない。
いや、一度だけ見た。
以前、王国が侵攻してきた時、その姿を…..
「すまない…..」
ライトは静かに呟いた。
「分かってます」
シュプールは小さく頷く。
「俺がここを離れたら、俺や魔王国にかけられた疑いが深まる事になる…..」
「それでも――」
その瞳へ宿るのは、怒りだった。
「家族を見殺しにはできない」
次の瞬間。
純白の光が爆発する。
白銀一色だった髪に漆黒の筋が走り、背中から神々しい白と黒、二対の翼が広がる。
そして、その瞳は蒼く光を放つ。
聖と魔。
二つの力を併せ持つ存在。
――聖魔王。
研究室にいた全員が息を呑む。
「ライト様……」
フィオレリアが震える声で呟く。
ライトは静かに窓を開く。
「父ちゃん……デッカーさん……待ってて」
翼が一度羽ばたく。
その瞬間姿が消えた。
音すら置き去りにする速度。
光そのものとなって、神樹の国へ飛び去っていった。
◇
その様子を学院が見える時計塔の屋根から、一人の男が見ていた。
アストリア王国参謀レイヴン。
彼はライトが飛び去る光の筋を見て、静かに笑う。
「……掛かった」
近くの工作部隊員が視線を向ける。
「対象が帝国学院から離れました」
レイヴンは満足そうに頷く。
「最初から神樹の国を滅ぼすことが目的ではない」
「ライト君を学院から引き離すことが目的……本来であれば、ライト君を捕える為の策だったが……まぁいい」
彼はゆっくりと立ち上がる。
「さあ」
「水のレガリアを迎えに行こうか」
◇
――帝国学院
ライトが飛び去ってから、わずか数分。
学院結界の一角が、音もなく揺らいだ。
黒曜計画実行部隊。
そして、その中央を歩く一人の男。
黒い外套。
鋭い灰色の瞳。
アストリア王国参謀――レイヴン。
彼は学院長室を見上げ、小さく笑った。
「ルミナス・ネレイア」
彼の背後では、黒曜計画実行部隊が静かに武器を構える。
狙いはただ一つ。
水のレガリア。
学院から最強の守護者が離れた今、王国は再びその牙を剥こうとしていた。




