第107話 天使降臨
――神樹の国シルヴァリス
轟音
衝撃
爆炎
神樹を中心とした空間そのものが、四つの伝説の力によって歪み始めていた。
「ハァァァァッ!!」
ガルスの拳が唸る。
魔帝王へと進化した漆黒の魔力が拳へ凝縮され、勇者アレンの特殊個体へ叩き込まれる。
だが
ギィンッ!!
黄金の剣が、その拳を真正面から受け止めた。
火花が散る。
両者は一歩も引かない。
「流石だな……!」
ガルスは笑う。
「生身だった頃のお前より、力だけなら上か」
勇者の特殊個体は答えない。
無機質な黄金の瞳だけが、目の前の敵を排除することだけを命じていた。
瞬間
剣が消えた。
「!」
ガルスは反射的に身を捻る。
頬を掠める黄金の斬撃。
避けきれなかった左腕から鮮血が舞う。
「まだ速くなるか!」
だが、その傷を気にも留めず、ガルスは懐へ飛び込む。
「そこだ!」
漆黒の拳が、相対する勇者の特殊個体の腹部へ突き刺さる。
轟ッ!!
勇者の特殊個体が大地を滑り、神樹の根を何本もへし折りながら後退した。
それでも倒れない。
その姿に、エルフ兵達は息を呑む。
「あれほどの攻撃を受けても……!」
◇
一方、天空では。
「こっちを見ろ、人形!」
デッカーが大空を裂いて急降下する。
聖女の特殊個体は静かに両手を重ねた。
純白の魔法陣が幾重にも展開される。
無数の光槍。
それが一斉にデッカーへ降り注いだ。
「甘ぇ!」
四枚の翼が豪快に羽ばたく。
暴風だけで光槍の軌道を乱し、その隙を縫うように巨体が肉薄する。
聖女は即座に結界を展開。
純白の壁が竜王を阻む。
しかし。
「そんな薄っぺらい壁で止まるか!」
デッカーは咆哮した。
「竜王咆焔ッ!!」
黒金色の竜炎が至近距離から炸裂する。
轟音。
結界が軋む。
バキッ。
小さな亀裂。
続いて二本…..三本。
「砕けろォォォォッ!!」
爆発的な魔力が解放される。
純白の結界はついに耐え切れず、音を立てて砕け散った。
「……!」
初めて聖女の特殊個体の身体が後方へ吹き飛ぶ。
デッカーは追撃を許さない。
巨大な尾がうねり、聖女を地面へ叩き付ける。
ズガァァァァン!!
大地が陥没する。
そこへ巨大な前脚が振り下ろされた。
「終わりだ!」
ドゴォォォン!!
土煙が舞う。
煙が晴れると、聖女の特殊個体は竜爪の下で力無く倒れ伏していた。
どれだけ光の力が守ろうと、巨竜の膂力はそれを上回る。
魔竜王デッカーの勝利だった。
「よし!」
ベイルが拳を握る。
「デッカー様が聖女を無力化した!」
「これで、もう回復はできない!」
アローラも安堵の息を漏らす。
「ガルス様……!」
◇
「デッカー!」
ガルスが叫ぶ。
「十分だ!こっちを終わらせる!」
「おう!」
デッカーは、ニヤリと牙を剥く。
「五分で終わらるぞ!」
「その後は二人でぶん殴って正気に戻す!」
ガルスは笑った。
「任せろ!」
そして、再び勇者の特殊個体へと駆ける。
しかし、今度は一人ではない。
聖女を無力化したデッカーが上空から援護に入る。
竜息
竜爪
尾撃
勇者の特殊個体はその全てを剣一本で捌いていく。
「ちっ……!」
デッカーが舌打ちする。
「本当に化け物だな!」
「だから勇者なんだ」
ガルスは低く答えた。
「だからこそ――俺が止める」
二人の連携は完璧だった。
ガルスが正面から圧力を掛ける。
その死角をデッカーが襲う。
勇者の特殊個体は徐々に押され始めていた。
白銀の装甲に傷が増える。
胸部装甲にも亀裂が走る。
「勝てる……!」
エルフ兵から歓声が上がる。
王国軍本陣でも動揺が広がる。
「特殊個体が……押されている!」
司令官だけが静かだった。
「……来る」
「何?」
「勇者は、まだ終わっていない」
◇
その瞬間だった。
勇者アレンの特殊個体が動きを止める。
黄金の瞳が、ゆっくりと深紅へ変わっていく。
ガルスの表情が変わる。
「……なんだ!」
勇者の胸部から、眩い白金の光が噴き上がった。
ゴォォォォォッ!!
空そのものが白く染まる。
神樹が揺れる。
大地が震える。
「この魔力は……!」
アローラが顔を上げる。
ルミナスの水のレガリアにも匹敵する、いや、それをも凌ぐほどに純粋な光。
勇者の背中から。
ゆっくりと。
純白の翼が一対、広がった。
さらにもう一対。
合計四枚。
神々しい光を放つ天使の翼。
そして頭上には、黄金に輝く光輪が静かに顕現する。
「……天使」
エルフ達の誰かが呟いた。
誰もが息を呑む。
その姿は、もはや生体兵器ではない。
まるで神話に語られる、天の使徒そのものだった。
ガルスの額を汗が伝う。
「王国……アレンに何をした…..」
デッカーも低く唸る。
「勇者を……天使化させやがったのか……!」
勇者の特殊個体は、ゆっくりと剣を構える。
その一振りだけで、空間そのものが悲鳴を上げた。
深紅の瞳が、二人を静かに見据える。
そして。
翼を大きく広げる。
眩い光が戦場を覆い尽くした。
その瞬間、ガルスとデッカーは本能で悟る。
――ここから先こそ、本当の死闘が始まるのだと。




