第105話 踏み躙られる尊厳
――神樹の国シルヴァリス
戦場を覆っていた絶望は、少しずつ形を変え始めていた。
「押せぇぇぇぇっ!!」
ベイルの咆哮が響く。
魔王竜騎士団が左右から剣王の特殊個体を包囲する。
その真正面では、魔竜王デッカーが巨大な翼を広げていた。
「今度は逃がさねぇぞ!」
竜爪が振り下ろされる。
剣王の特殊個体は双剣で受け流そうとするが――
「遅ぇ!」
巨大な尾が横薙ぎに叩き込まれた。
ドゴォォォォン!!
剣王の特殊個体は大地へ激突し、何本もの古木を薙ぎ倒して転がる。
その隙を逃さない。
「終わりだ!」
ベイルが飛ぶ。
漆黒の魔剣が一直線に振り下ろされた。
「深淵断罪――!」
魔剣が胸部装甲を完全に破壊する。
装甲が砕け、その奥…..管に繋がれた剣王の傍で蠢いている魔力炉が露出する。
「……剣王カイゼル」
誰にも聞こえないほど小さく呟き、ベイルは魔力炉を断ち切った。
眩い光。
剣王の特殊個体は静かに崩れ落ちた。
◇
一方。
「邪魔だぁぁぁ!!」
デッカーの咆哮が天地を揺らす。
盾王の特殊個体が巨大な盾を構える。
しかし今度は違った。
ガルスとの戦いで勇者が引き付けられ、聖女も離れている。
修復が届かない。
「砕けろ!」
竜王咆焔。
黒金の奔流が真正面から盾へ叩き込まれた。
バキッ――
一本
二本
亀裂が走る。
「まだだ!」
デッカーは翼を羽ばたかせ、そのまま巨体ごと突撃した。
轟音。
盾ごと特殊個体を押し潰し、大地へ叩き付ける。
そこへエルフ近衛軍が一斉に放った神樹の根が絡みついた。
「今です!」
アローラが両手を掲げる。
数百の雷槍が一点へ集中する。
轟ッ!!
魔力核が爆ぜ、盾王の特殊個体もまた動きを止めた。
◇
続く相手は。
魔導王の特殊個体
「メフィルド……」
アローラは静かに前へ出る。
かつて同じ時間を過ごした者。
生体兵器として利用される姿など、見ていられなかった。
「今は…..眠りなさい」
魔王軍魔法師団。
エルフ魔導師団。
二つの魔法陣が完全に重なる。
「融合術式――」
紫黒と翠緑の光が一本の光柱となる。
「天樹雷鳴」
轟ッ!!
天から落ちた雷は魔導王の特殊個体だけを包み込んだ。
結界
装甲
魔力炉
その全てを焼き尽くす。
やがて煙が晴れる。
膝をついた魔導王の特殊個体は、静かに崩れ落ちた。
アローラは小さく目を閉じる。
「……メフィルド」
戦場に残った特殊個体は、二体。
勇者アレンと聖女エレナの特殊個体。
◇
勇者はなおもガルスと剣を交えていた。
聖女は静かに二人の後方へ立ち、淡い光を纏っている。
「あと二人……!」
エルフ兵達に希望が戻り始める。
しかしガルスだけは表情を崩さなかった。
「油断するな」
低く呟く。
「一番厄介なのは、ここからだ」
勇者と聖女。
勇者パーティの中心。
最も強く、最も連携していた二人だけが残ったのだから。
◇
その頃――
帝国学院。
夜の帳が学院を包む。
闇に紛れ、黒い外套の集団は学院結界をすり抜けた。
「侵入成功」
「第一段階完了」
黒曜の紋章を胸に刻む工作員達。
その中心に立つ男が、小さな金属箱を取り出した。
「対レガリア拘束装置」
カチリ、と蓋が開く。
中には漆黒の結晶。
「起動」
魔力が流れ込んだ瞬間。
ブゥゥゥゥン……
耳鳴りにも似た低い振動が学院全域へ広がった。
◇
学院長室。
ルミナスの身体が突然揺らぐ。
「……っ!」
右手へ浮かんでいた蒼い紋章が、不自然に明滅した。
水の精霊達が苦しげな声を上げ、一斉に霧散する。
「これは……!」
ルミナスが膝をつく。
「レガリアの魔力が……遮断される……!」
エリオスの顔色が変わった。
「そんな馬鹿な!」
ルミナスは必死に魔力を巡らせる。
しかし応えない。
湖のように満ちていた魔力が、底へ吸い込まれていくように消えていく。
「魔力が……」
「レガリアが反応しない……!」
ルミナスはすぐに理解した。
王国は何らかの方法でレガリアを封じたのだと。
コン。
静かな足音。
学院長室の扉が、ゆっくり開く。
黒い影が十数人。
「発見」
「対象確認」
「水のレガリア保持者、ルミナス・ネレイア」
「捕獲を開始する」
◇
「誰だ!」
エリオスが前へ出る。
学院副学院長としてではない。
一人の魔導士として杖を構えた。
「ルミナスには指一本触れさせん!」
炎が奔る。
雷が迸る。
一瞬で三人の工作員を吹き飛ばす。
しかし。
「第二装置、展開」
黒い球体が床へ落ちた。
ブゥゥン!
空間そのものが歪む。
エリオスの魔法陣が音もなく崩壊した。
「魔法まで……!」
「レガリアだけではないのか!」
学院中の魔力そのものが乱されている。
「しまった……!」
背後へ回り込んだ工作員が短剣を振るう。
エリオスは身を挺してルミナスを庇った。
ザシュッ!
肩から鮮血が舞う。
「エリオス!」
ルミナスが叫ぶ。
「大丈夫……だよ」
息を切らしながらも、エリオスは立ち上がる。
「ルミナスだけは……」
だが次の瞬間。
四方八方から拘束鎖が放たれた。
ガシャン!!
エリオスの両腕と両足を縛り上げる。
「くっ……!」
さらにルミナスの足元にも黒い鎖が巻き付く。
魔法が使えない。
精霊も呼べない。
レガリアも封じられた。
「対象、無力化完了」
工作員達が一斉に二人へ迫る。
その時――
研究棟の廊下から、静かな足音が響いた。
コツ
コツ
コツ
誰かが、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。
そして学院長室の扉の向こうから、一つの声が静かに響いた。
「お前らは……どれだけ人の尊厳を踏み躙れば気がすむんだ」
その聞き慣れた声に、ルミナスとエリオスは同時に顔を上げた。
「ライト……!」




