第104話 水のレガリアに迫る影
――神樹の国シルヴァリス
戦場は、もはや一国同士の争いではなかった。
伝説が伝説とぶつかり合う、神話の再演。
轟音が止むことはない。
ガルスと勇者アレンの特殊個体が再び激突する。
拳と剣。
衝突する度に衝撃波が山肌を削り、神樹の枝葉が激しく揺れた。
「目を覚ませ、アレン!」
ガルスの拳が唸る。
しかし勇者の特殊個体は無表情のまま剣を返す。
一撃、一撃がかつて魔王軍を壊滅寸前まで追い詰めた勇者そのもの。
ガルスの肩へ深い斬撃が刻まれる。
鮮血が舞う。
それでも魔王は笑った。
「そうだ……その剣だ」
「だからこそ、お前をこんな姿のままにはしておけねぇ!」
漆黒の魔力が爆発する。
魔帝王へと進化した魔力が大地を包み込み、勇者の特殊個体を押し返した。
◇
「ガァァァァッ!」
魔竜王デッカーが天空を裂く。
四枚の翼が一振りされるだけで暴風が生まれ、王国軍の人造ゴーレムが吹き飛ばされていく。
しかし、その前へ盾王の特殊個体が立ちはだかった。
巨大な盾が竜王咆焔を受け止める。
バチバチと魔力が弾ける。
「まだ耐えるか!」
デッカーは牙を剥き、巨爪を振り下ろした。
盾と竜爪が激突する。
鈍い轟音。
遂に盾王の特殊個体の左腕が弾け飛ぶ。
だが次の瞬間。
後方の聖女の特殊個体が淡い光を放つ。
失われた腕が金属を編み直すように再生していく。
「面倒な女だ!」
デッカーは舌打ちした。
「先にあいつを落とさねぇと終わらねぇ!」
◇
その頃。
「風よ!」
「水よ!」
エルフ魔導師団と魔王軍魔法師団が同時に詠唱を完成させる。
翠緑と紫黒。
風と雷、二つの属性が融合し、巨大な渦となって魔導王の特殊個体へ襲い掛かる。
「今!」
アローラが叫ぶ。
ベイルが地を蹴る。
「魔剣奥義――深淵断罪」
漆黒の斬撃が一直線に走った。
魔導王の特殊個体は防御結界を展開する。
だが、その結界をエルフ達の精霊術が僅かに乱し、アローラの雷槍が貫く。
そこへベイルの一撃。
ズガァァァァン!!
魔導王の特殊個体の胸部装甲が初めて砕け散る。
「効いた!」
エルフ兵達が歓声を上げる。
しかし。
砕けた装甲の奥から現れたのは、人間の姿だった。
無数の管が絡み付き、苦しげに脈打っている。
「……!」
ベイルの動きが止まる。
「魔導王メフィルド……お前……」
一度は魔王国で共に生活した仲間…..
怒りとも悲しみともつかぬ感情が込み上げる。
アローラも唇を噛んだ。
「アストリア王国……あなた達は、どこまで命を冒涜すれば気が済むの……!」
◇
一方――
帝国学院。
研究棟の騒ぎが収まり始めた頃。
学院の外れ。
人気のない林の中へ、黒い影が音もなく降り立った。
全身を闇色の外套で覆った者達。
その胸元には、黒曜石を模した紋章が刻まれている。
「確認」
「水のレガリア反応、学院内に固定」
「対象――ルミナス・ネレイア」
一人が低く告げた。
別の影が小さく頷く。
「王国参謀レイヴン様の命令だ」
「殺すな」
「生きたまま確保しろ」
「黒曜計画に、水のレガリアは必要だ」
十数人の影が同時に頷く。
彼らは王国が極秘に育成した闇工作部隊。
表の軍にも記録されない、存在しない兵士達だった。
「学院結界は?」
「内部協力者が一部を解除する」
「侵入経路確保済み」
「行動開始」
影達は闇へ溶けるように散開した。
誰一人、その存在に気付かない。
◇
学院長室。
ルミナスは窓の外を静かに見つめていた。
「……嫌な流れだ」
「戦場だけでは終わらない」
エリオスも頷く。
「水のレガリアを公にした以上、王国も動き始めるでしょう」
その時だった。
コン、と小さな音。
窓辺に一羽の青い小鳥が舞い降りる。
ルミナスは目を細めた。
「精霊?」
小鳥はすぐに霧となって消えた。
残されたのは、一滴の水だけ。
その水面へ景色が映る。
黒い外套。
学院へ向かう影。
「……!」
ルミナスの表情が変わる。
「侵入者だ」
エリオスが即座に立ち上がる。
「どこの者だい?」
「分からない」
「だが、狙いは私だ」
静かな声だった。
しかし、その瞳には先程ラザールへ向けたものとは違う鋭さが宿る。
「エリオス」
「生徒達を避難させて」
「私は迎え撃つ」
◇
研究棟。
リーパーの映像を見つめていたライトが、不意に顔を上げた。
「……来た」
シュプールが首を傾げる。
「何がですぅ?」
ライトの表情から笑みが消えていた。
「学院にも戦場が移る」
その一言に、研究室の空気が一変する。
遠く離れた神樹の国では、魔王と勇者が激突している。
そして帝国学院では、水のレガリアを巡る新たな戦いの幕が、静かに上がろうとしていた。




