第103話 伝説対伝説
――帝国学院・研究棟
研究室へ映し出されたリーパーの映像。
その画面へ、魔竜王デッカーと進化を遂げた魔王ガルスの姿が現れた瞬間だった。
「魔王様……!」
シュプールが思わず立ち上がる。
リリアナもフィオレリアも、画面から目を離せない。
だが、その中でただ一人。
ライトだけが、小さく口元を緩めていた。
「やっぱり間に合ったか」
その表情は、どこか安心したようでもあり、予想通りと言いたげでもあった。
エリオスがライトを見る。
「まさか……」
「最初から予測していたのですか?」
ライトは肩をすくめた。
「予測というより、保険ですね」
「ベイルとアローラなら通常戦力は止められる」
「でも、王国がここまで大掛かりな作戦を立てるなら、切り札を隠している可能性は高いと思っていました」
ルミナスも静かに頷く。
「だから、魔王ガルス達か」
「はい」
ライトは映像から目を離さない。
「ベイルへ出撃命令を出した時、別系統で父ちゃんにも依頼を送っていました」
「万が一の場合だけ動いて欲しい、と」
フィオレリアが驚いたように振り返る。
「では……最初から?」
「最初から全部任せるつもりはありませんでした」
ライトは静かに首を横へ振る。
「父ちゃんは、まだ回復したばかりです」
「デッカーさんも魔竜の洞窟を守る立場があります」
「だから本当に最悪の場合だけ、と」
シュプールが苦笑した。
「ライト様らしいですねぇ」
「誰にも言わず、ちゃんと保険を用意してるなんて」
ライトは照れ臭そうに頭を掻いた。
「まぁ、父ちゃんは絶対『最初から俺が行く』って言い出しますから、かなり気は遣いましたけど」
研究室に、小さな笑いが生まれる。
張り詰めていた空気が、ほんの少しだけ和らいだ。
しかし、その視線は再び戦場へ戻る。
今から始まる戦いこそ、本当の決戦だと誰もが理解していた。
◇
――神樹の国シルヴァリス。
勇者の特殊個体と魔帝王ガルス。
互いに一歩も動かない。
風だけが二人の間を吹き抜ける。
「……アレン」
ガルスは静かに呟く。
「ようやく会えたな」
黄金の瞳は何も答えない。
そこにあるのは人格ではなく、命令だけ。
ガルスはゆっくりと右手を握る。
「なら、目を覚ますまで殴り続けるだけだ」
その瞬間。
勇者の特殊個体が消えた。
音すら置き去りにする神速。
だが――
ガキィィィィン!!
漆黒の拳が、黄金の剣を真正面から受け止めた。
衝撃波が戦場全体を駆け抜ける。
「受け止めた……!」
ベイルが息を呑む。
あの勇者の特殊個体の剣を、真正面から受け止めるなど信じられなかった。
しかも素手で…..
ガルスは静かに笑う。
「速くなったな」
「だが――」
その身体中に刻まれた魔帝王の紋章が深紅に輝く。
「俺も進化した」
轟ッ!!
拳が放たれる。
勇者の特殊個体が初めて数十メートル後方へ吹き飛んだ。
大地を削りながら、それでもなお倒れない。
「互角……!」
エルフ達が歓声とも驚愕ともつかぬ声を上げた。
◇
その頃。
剣王の特殊個体が再び竜騎士団へ襲い掛かろうとした…..
瞬間。
巨大な影が空から覆い被さる。
「どけ、小僧」
デッカーの尾が一閃した。
ドゴォォォォォン!!
剣王の特殊個体は岩山ごと吹き飛び、何本もの大樹を薙ぎ倒して止まる。
「面白ぇ」
デッカーは牙を剥き出しに笑った。
「昔は人間共に好き勝手やられたが」
巨大な翼が広がる。
「今度は俺達の番だ」
盾王の特殊個体が巨大な盾を構える。
デッカーは鼻で笑った。
「盾ぇ?」
次の瞬間。
魔竜王の口腔に灼熱の魔力が収束する。
「耐えてみろ」
黒金色の竜息。
――《竜王咆焔》
轟ッ!!
圧縮された超高密度の竜炎が一直線に放たれた。
盾王の特殊個体は盾を前へ出す。
激突。
数秒間だけ拮抗した後――。
バキィィィン!!
巨大な盾へ初めて亀裂が走る。
「割った……!」
アローラが目を見開く。
あの盾へ傷を付けた存在は、戦場で初めてだった。
◇
一方。
魔導王の特殊個体が再び無数の魔法陣を展開する。
それを見たアローラが静かに前へ出た。
「ここは私が」
傷だらけのベイルが横に並ぶ。
「二人で足止めする」
アローラは微笑む。
「ええ」
「今なら負ける気はしないわ」
その背後には、再び立ち上がった魔王軍魔法師団。
そして神樹の国の魔導師達。
魔族とエルフ。
二つの魔法部隊が同時に杖を掲げる。
戦場の空へ、紫黒と翠緑。
二色の魔法陣が重なっていく。
◇
王国軍本陣。
司令官は静かに戦場を見つめていた。
「魔王ガルス……生還していたか」
その声にも、わずかな緊張が混じる。
副官が震える。
「司令、特殊個体が押し返されています!」
司令官は首を横へ振った。
「違う」
「まだ本気ではない」
静かに前を見据える。
「ここからが、本当の戦いだ」
◇
神樹の国の空。
進化した魔王。
魔竜の王。
勇者の特殊個体。
そして、生体兵器となった伝説の勇者パーティー。
誰も経験したことのない戦いが幕を開けた。
その激突は、神樹の国だけでは終わらない。
世界そのものの運命を左右する決戦へと、静かに姿を変え始めていた。




