第102話 降り立つ希望
――神樹の国シルヴァリス
戦場は、一瞬にして地獄へと変わった。
勇者パーティーを生体パーツとした特殊個体。
その五体は、もはや人でもゴーレムでもない。
王国が生み出した、最悪の兵器だった。
「ぐああああっ!」
エルフ兵が剣王の特殊個体に斬り伏せられる。
ただ一振り。
それだけで十数名が吹き飛び、大地には巨大な斬撃痕が刻まれた。
盾王の特殊個体は、一歩踏み出すだけで大地を砕き、神樹の根さえ押し返していく。
魔導王の特殊個体が指先を向ければ、無数の魔法陣が空を覆い、降り注ぐ業火が森を焼き払った。
聖女エレナの特殊個体は、傷ついた王国軍人造ゴーレムへ淡い光を降らせる。
砕かれた装甲が再生し、停止した魔力核が再び赤く灯る。
「修復能力まで……!」
エルフ近衛軍団長の顔が絶望に染まる。
そして中央。
勇者アレンの特殊個体だけは、一歩も動かなかった。
その黄金の瞳は感情なく戦場を見渡し、まるで全体を統率する指揮官のように立っている。
「……来るぞ!」
ベイルが叫ぶ。
次の瞬間。
勇者特殊個体が消えた。
「速っ――!」
ベイルが反応した時には、白銀の剣は目前まで迫っていた。
ガギィィィィン!!
魔剣スレイブで受け止める。
しかし衝撃は凄まじく、ベイルは数十メートルも吹き飛ばされ、大地を削りながらようやく止まった。
「団長!」
竜騎士達が駆け寄ろうとする。
だが、その前へ剣王の特殊個体が躍り込む。
瑠璃色の旋風。
二本の刃が踊るたび、竜騎士達が次々と倒れていく。
「くそっ……!」
ベイルは血を吐きながら立ち上がる。
強い。
アビスナイトに進化を果たし、以前とは比べ物にならない程の力を手に入れた….それでも比較にならない。
かつて魔王軍を壊滅寸前まで追い詰めた特殊個体達。
その力は、今も変わらず健在だった。
◇
「魔法師団!」
アローラが叫ぶ。
「私へ魔力を集中!」
数百人の魔法師が一斉に魔力を送り込む。
空が紫黒へ染まる。
巨大な雷竜が空を駆ける。
「落ちなさい!」
轟ッ!!
雷竜は魔導王特殊個体へ直撃した。
凄まじい閃光。
誰もが息を呑む。
しかし。
煙が晴れた先。
魔導王の特殊個体は、無傷のまま立っていた。
「……そんな」
アローラの顔から血の気が引く。
特殊個体の前に展開されていたのは、聖女の特殊個体が張った純白の結界。
彼女の最強魔法でさえ、防がれてしまった。
「終わりだ」
王国軍司令官が静かに呟く。
◇
「アローラ!」
ベイルが叫ぶ。
勇者の特殊個体が彼女へ迫っていた。
アローラも迎撃魔法を展開する。
だが間に合わない。
黄金の剣が振り下ろされる。
「――っ!」
その瞬間。
ベイルが飛び込み、魔剣で受け止めた。
ズガァァァン!!
大地が陥没する。
「ベイル!」
「逃げろ!」
ベイルの両腕から血が噴き出す。
押し返せない。
勇者特殊個体は片手だけで魔剣を押し込み続けていた。
「ぐっ……!」
限界だった。
魔剣に亀裂が走る。
アローラも全魔力を解放するが、魔導王と剣王の特殊個体が同時に迫る。
「ここまで……ね」
彼女は静かに目を閉じた。
ベイルが静かに呟く。
「ライト様……申し訳ありません」
二人とも理解していた。
ここで終わる。
そう思った、その時だった。
――ゴォォォォォォォッ!!
戦場全体を揺るがす、圧倒的な咆哮。
空気そのものが震えた。
勇者の特殊個体ですら、その動きを止める。
「……何だ?」
王国軍司令官が初めて表情を変えた。
雲が裂ける。
巨大な影が空を覆う。
「飛竜……?」
いや、違う。
ワイバーンではない。
山ほどもある漆黒の巨体。
四枚の巨大な翼。
全身を覆う黒金の鱗。
尾の一振りだけで嵐を生み出す存在。
魔竜王――デッカー。
「嘘だろ……」
エルフ兵が震える。
「魔竜王……」
伝説にしか存在しないとされていた、魔竜の王。
その巨体が戦場へ降り立つ。
ズンッ!!
着地だけで大地が割れ、人造ゴーレム数体が吹き飛んだ。
そして。
その巨大な頭部の上。
一人の男が静かに立っていた。
黒い長髪。
褐色の肌。
額に怪しく輝く瞳。
漆黒の鎧。
かつて魔王と恐れられた威厳を纏いながら、その身体には以前にはなかった紋様が浮かび上がっている。
深紅の瞳が、勇者の特殊個体を真っ直ぐ見据えた。
「待たせたな」
低く響く声。
ベイルの目が見開かれる。
「……魔王様」
アローラも涙ぐむ。
「魔王様……!」
男は静かに口元を緩めた。
「駄龍とのリハビリは骨が折れた」
「誰が駄龍だ!殺すぞ!」
怒りを露わにするデッカー。
「だが、おかげで間に合ったようだ」
「無視すんな!」
進化を遂げた魔王。
魔帝王ガルス。
かつて勇者パーティーの特殊個体に敗れ、王国へ囚われ、生体兵器の素材とされた男。
その魔王が今、再び勇者達の前へ立つ。
ガルスは勇者アレンの特殊個体を見据え、小さく呟く。
「アレン……」
「必ず俺が救ってやる」
勇者の特殊個体は答えない。
感情なき黄金の瞳だけが、静かにガルスを捉えていた。
戦場は再び静まり返る。
かつて世界最強と謳われた勇者パーティー。
そして、進化を遂げた魔王ガルスと、魔竜王デッカー。
伝説と伝説が、再び神樹の国シルヴァリスで激突しようとしていた。




