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8話 「守るか、捨てるか、壊すか」

 ——ああ


 声が、落ちた。


 場違いなほど、軽い。


 それだけで——


 空気が止まる。


 風が、動かない。


 葉が揺れない。


 音が、ひとつも消える。


 世界が、ほんの少しだけ遅れる。


 そこに——


 “いた”。


 最初からそこにいたみたいに。


 気づいた時には、もう立っていた。


 淡い紫の髪。


 ゆるく波打つ毛先。


 光を受けているのに——


 どこか、色が噛み合っていない。


 影が、ほんのわずかに遅れて落ちる。


「……なにそれ」


 ナリマサが呟く。


 軽い声。


 でも、その奥がほんの少し低い。


 女は答えない。


 ただ、ゆっくりと視線を動かす。


 サトリへ。


 ナリマサへ。


 順番に——


 確かめるみたいに。


「もう、そこまで来てるんだ」


 楽しそうに言う。


 誰に向けたわけでもなく。


 それでも——確かに“聞かせている”。


「……はぁ」


 ナリマサが頭をかく。


「一番めんどくさいの来たな」


 女が、首を傾げる。


「めんどくさい?」


 言葉をなぞる。


 意味を確かめるみたいに。


 そして——


 小さく笑う。


「そうだね」


「君にとっては、そうかもね」


 興味は、すぐに薄れる。


 視線はサトリへ戻る。


「いいね」


 ぽつりと。


「ちゃんと分かってる」


 一歩、近づく。


 足音はしない。


 距離だけが縮まる。


 サトリは動かない。


 視線を逸らさない。


「止められないよ」


「君じゃ無理」


 断定。


 迷いがない。


 ただ、事実だけを置く。


 空気が沈む。


「……そうか」


 サトリが短く返す。


 女の目が、細まる。


「否定しないんだ」


「事実ならな」


「いいね」


 嬉しそうに笑う。


「そういうの、好きだよ」


 指先で、空をなぞる。


 何もない場所に、線を引くみたいに。


「壊れ方、選べるよ」


 一拍。


「守るか」


「捨てるか」


「壊すか」


 どれも同じ軽さで、置かれる。


 選ばせるというより——


 ただ並べているだけみたいに。


「……なら」


 サトリが一歩踏み出す。


「守るだけだ」


 迷いはない。


 女は、しばらくそれを見ていた。


 観察するみたいに。


 そして——


「いいね」


 もう一度、言う。


 今度は少しだけ優しく。


「好きだよ」


 ほんの一瞬。


 わずかに残念そうな色が混じる。


 でも——すぐに消える。


「君はそうだよね」


 納得するみたいに、頷く。


 そして、すぐに興味を切る。


「それも好きだよ」


 軽く言って、


「じゃ、頑張って」


 ——ふっ


 気配が消える。


 音もなく。


 最初からいなかったみたいに。


 遅れて、


 世界が動き出す。


 風が流れる。


 葉が揺れる。


 音が戻る。


「……なんだよ、あれ」


 ナリマサが呟く。


 わずかに息を吐く。


「……ほんと、めんどくせぇ」


 頭をかく。


 そして、視線を戻す。


 サトリへ。


「続き、やる?」


 軽く言う。


 サトリは答えない。


 ただ——


 一歩、踏み出す。


 砂が、わずかに沈む。


 空気が、張り詰める。


 音が、遠のく。


 ナリマサの目が、細くなる。


 口元の力が、わずかに抜ける。


 構えは、ない。


 それでも——


 “いつでも動ける位置”にいる。


 次の瞬間には、


 何かが起きる。


 そう分かるほどに、


 空気が、変わる。


 静かに。


 確実に。


 戦いが——


 始まろうとしていた。

続きが気になったら、ブクマで追ってもらえると嬉しいです。

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