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14話 正魔王は、少し面倒くさい

 昼下がり。

 結村(むすびむら)を出たシオンは、ノブナガに言われるがまま、後をついていた。


 もう人の気配も、ほとんどなく、道は静かだった。

 風が抜ける音と、足音だけが続く。


「なぁ」


 シオンが、歩きながら口を開く。


「知の魔王、ダヴィンチって、どんなやつなんだ?」

 

「あぁ。そうだな……」


 ノブナガは、少しだけ考える。

 視線を前に向けたまま。


「一言で言えば、変なやつだ」


「変……どう変なんだよ?」


 すぐに食いつく。


「子供みたいなやつだ」


 シオンは肩をすくめる。


「子供?」

「魔王なのにか?」


「……あぁ」


 ノブナガは短く答える。

 

「子供かぁ……」

「どんなところが子供っぽいんだ?」


「はぁ……」


 ノブナガが、ため息をつく。


「お前は質問が多いな……」


「いや、わかんねぇから聞いてるんだよ」


 当然のように返す。


 ノブナガは、立ち止まり、シオンの方を向く。


「いいか」


 少しだけ、声音が変わる。


「人に聞いたことだけを信じるな」


「自分の目で見て、お前がどう思うか」


 さらに一歩、言葉を落とす。


「どうするかを決めろ」


 視線が、まっすぐに刺さる。


 ノブナガは振り返り、再び歩き出す。


 シオンの手のひらに、じわりと汗がにじむ。


「……なんだよ、それ」


 少しだけ、間。

 

「……まぁ、わかった」


 短く返す。

 それ以上は聞かない。


 沈黙が落ちる。

 足音だけが、続く。


 やがて——。


「着いたぞ!」


 ノブナガが、顎で前を示す。


 シオンが視線を上げる。


「……あ?」


 少し、目を細める。


「意外と普通なんだな」


 一歩、進む。


「魔王の根城って言うから、もっとこう……」


 軽く手を振る。


「デカい城とか、禍々しい山の中とか想像してたわ」


 目の前にあるのは——。


 広い庭。

 整えられた砂利。

 低く広がる、平屋の建物。

 木造の、落ち着いた造り。


 ——カコン。


 ししおどしの音が、静かに響く。

 揺れる竹。

 

 ノブナガが、少しだけ胸を張る。


「俺のアジト”正嶺(せいれい)(やかた)”だ!」


「ダヴィンチじゃないの!?」


 シオンが、思わずツッコむ。


 ノブナガは、きょとんとする。


「何を言っている?」


 当たり前の顔。


「魔王と魔王の邂逅だぞ」


 一拍。


「お散歩気分で行けるわけないだろ」


「……たしかに」


 ——カコン。


 ししおどしの音が耳に残る。


 (……なんか、コイツさっきと雰囲気違くねぇか)


 ふと、違和感を覚える。


「シオン……」


「何だ?」


 呼ばれて、視線を向ける。


 ノブナガは、じっとシオンを見る。

 頭の先から、足元まで。


「その服は、ちょっと浮くな」


「はぁ?」


 意味が分からない。


 ノブナガは、腕を組む。

 真剣に考え始める。


「そうだな……」


 ぶつぶつと呟く。


「顔立ちは悪くない……凛々しい方だ」


「は?」


「なら、漆黒か……いや、逆に赤を差すか……」


「おい」


 完全に無視している。


「煩わしいな」


 ノブナガが、小さく呟く。


「ちょっと仕立てるか」


 ――その瞬間。


天下布武(エンペラードミニオン)


 空間が、わずかに歪む。

 光が滲む。


 何もなかった場所に、布が形を持つ。


 一着。

 二着。

 三着。


 和装が、次々と現れる。


「……何やってんだ?」


 シオンが、呆れた声を出す。


 ノブナガは当然のように答える。


「見てわかるだろ」


 一着を手に取り、広げる。


「和装を作っている」


「いや、だから何で?」


「また質問か?」


 ちらりと見る。


「少しは自分で考えろと言ったばかりだぞ」


「これは流石に聞くだろ!」


 シオンが、思わず声を上げる。


 ノブナガは、気にせず次の一着を取り出す。


 そして——。


「これなんかどうだ?」


 広げる。


 ——緑と紫が混ざった、妙に主張の強い配色。


 胸元には、大きく亀の刺繍。

 しかも、やたらと精密。

 無駄に迫力がある。


 シオンは、一瞬だけ黙る。

 じっと見る。


「それはねぇ」


 即答。


 ノブナガの眉が、ぴくりと動く。


「何故だ」


「何故だじゃねぇよ」


 指を差す。


「その亀なんだよ」


「良いだろう。力強い」


「主張が強すぎんだよ!」


 間髪入れずに返す。


 ノブナガは、少しだけ考える。


「……確かに、少し早いか」


「何がだよ」


 シオンが呆れる。


 ノブナガは、特に気にした様子もなく、その服を消す。


 次。


 また別の和装を広げる。


「じゃあ、これはどうだ」


「それもねぇ」


 即答。


「これは?」


「ねぇって言ってんだろ」


 テンポよく却下されていく。


 しばらく続き——。


 ノブナガの手が、ようやく止まる。


「……これだな」


 黒地に、赤の刺繍。

 落ち着いている。

 だが、芯がある。


 ノブナガは、満足そうに頷く。

 それを、シオンに投げる。


「よし」


「シオン」


 顎で奥を示す。


「奥に温泉がある」


「風呂に入って、それに着替えろ」


 当然のように言う。


 シオンは、服を見る。

 そして、ノブナガを見る。


「……はぁ」


 少しだけ間。


「わかんねぇけど、わかった」


 呆れたように言う。


 ——


 湯気が、ゆらりと揺れる。


 静かな空間。

 湯に体を沈める。


「……はぁ」


 自然と、息が抜ける。

 肩の力が、落ちる。

 じわりと、体が温まっていく。


「……懐かしいな」


 ぽつりと呟く。


 頭に浮かぶのは、朧隠の里の浴場。

 騒がしくて、落ち着かなくて。


 それでも——。


 どこか、居心地がよかった場所。


「……カゲロウとヤクモ、ちゃんとやってるかな」


 天井を見上げる。


 少しだけ、間。

 湯の音だけが響く。


 ——ガラリ。


 戸が開く音。

 誰かが入ってくる。


 シオンが、ゆっくりと視線を向ける。


「あっ……」


 見覚えのある顔。

 屋根の上で会った、あの男だ。


「おっ」


 男が気づく。


「やっぱり来たか」


 軽く言う。


「ちょっと待ってろ」


 先に体を流す。


 桶の音。

 水の音。

 無駄のない動き。


 一通り洗い終えると、男も湯に入る。


 シオンの向かい。

 距離は、近すぎず遠すぎず。


「……どうだった?」


 肩まで浸かりながら言う。


「うちの殿様は」


 シオンは、一瞬だけ考える。

 ノブナガの顔が浮かぶ。


「あぁ……」


 小さく息を吐く。


「やってることは、気に入らねぇ」


 正直に言う。


 男は、何も言わない。

 続きを待つ。


「でも——」


「こういう正義もあるんだな、って思った」


 静かに言う。


 男の口元が、緩む。


「……そっかぁ」


 納得したように、息を吐く。


「お前、あの人に正義の話しただろ?」


「え?」


 シオンが、顔を上げる。


 男は、湯に浸かったまま続ける。


「あの人な——」


「普段は、明るくて、おおらかで」


「よく笑う人なんだよ」


 視線は天井へ。


「でもな——」


 少しだけ、声が落ちる。


「正義の話になると、人が変わる」


 シオンが、眉をひそめる。


「……なんだよそれ」


 男は、小さく笑う。


「それだけ重いってことだろ」


 一拍。


「あの人にとっての、“正義”ってやつが」


 湯の表面が、わずかに揺れる。


「人と魔族が共存できる世界」


「誰もが笑って暮らせる世界」


 淡々と口にする。


「それを、本気で作ろうとしてる」


 シオンは、少しだけ目を細める。


「……それ、本当に魔王か?」


 思わず出る。


 男が、くくっと笑う。


「それな」


 軽く頷く。


「だからあの人、自分のことを——」


正魔王(せいまおう)って言ってる」


「意味わかんねぇ」


 即答。


 男は、また小さく笑う。


「まぁな」


 軽く流す。

 そして、少しだけ真面目な顔になる。


「でも——」


「救われてるやつがいるのも、事実だ」


 視線が、シオンに向く。


「そこは、間違いない」


 シオンは、黙る。

 昨日の光景が、浮かぶ。


 兄弟。

 笑っていた顔。


「……そうだな」


 小さく呟く。

 自分の中に、少しだけ落とし込む。


 男は、それ以上踏み込まない。


 しばらく、沈黙。


 湯の音だけが続く。


 やがて——。


「……そういや」


 男が口を開く。


「まだ名乗ってなかったな」


 一拍。


「ナリマサだ」


 シオンが、視線を向ける。


「俺は、シオンだ」


 短く返す。

 それ以上は、いらなかった。


「……少し、のぼせてきたな」


 ナリマサが、湯から肩を上げる。


「そろそろ出るか」


「あぁ……」


 シオンも頷く。


 軽く湯から上がる。

 床に足をつけると、じわりと熱が残る。


「この後、どうしたらいいんだ?」


 体を拭きながら、シオンが聞く。


 ナリマサは、適当に手を動かしながら答える。


「和装、もらったろ?」


「あれ何なんだ?」


 即座に返す。


 ナリマサは、小さく笑う。


「さぁな」


「よくわかんねぇけど、あの殿様のこだわりだ」


 肩をすくめる。


「付き合ってやってくれ」


「は?」


 シオンが眉をひそめる。


「……まぁ、いいけど」


 諦めたように言う。


 二人は着替えを済ませ、その場を後にする。


 廊下を歩く。


 畳の上。

 足音が、静かに吸われる。


「今からどこに行くんだ?」


 シオンが、隣を歩きながら聞く。


「とりあえず、うちの奴らを紹介する」


 ナリマサは前を見たまま言う。


「ついて来い」


 そのまま、歩く。

 奥へ。


 やがて——。

 広間へと出る。


「おぉー!」


 声が響く。


「似合ってるな、シオン!」


 ノブナガが、満足そうに笑う。


 シオンは、軽くため息をつく。


「そうかよ」


 短く返す。


「新しい人!?」


 ぱたぱたと足音。


 小柄な影が、勢いよく近づいてくる。

 落ち着きがない。

 だが、人懐っこさだけは、真っ直ぐだった。


「嬉しいな!」


 目を輝かせている。


「俺はヒデヨシ!よろしくな!」


「お、おう……よろしく」


 勢いに押される。

 少しだけ、後ろに引く。


「ヒデヨシ君」


 落ち着いた声。

 空気が、少しだけ締まる。


「シオン様は、お客様ですよ」


 ゆっくりとした足取りで、一人の女性が歩み寄る。


 整った所作。

 無駄のない動き。

 隙がない。

 それだけで、場の温度が一段下がる。


「あまり困らせてはいけません」


 静かに言う。


 シオンの視線が、自然と向く。


 ——美しい。

 整った顔立ち。

 微笑みかけてくれているのに、目の奥に厳しさを感じる。


「はじめまして」


 軽く頭を下げる。


「ノブナガの妹の市音と申します」


「……はじっまめて」


 思わず、言葉を噛む。


「何?照れてんの?」


 ナリマサが横から茶化す。


「うるせぇよ」


 すぐに返す。


 その瞬間——。


「あなたのそういうところ、よくありませんよ」


 市音の声。


 やわらかい。

 だが——冷たい。


 ナリマサが、わずかに肩をすくめる。


「おっかねぇな」


「何か?」


 視線だけで刺す。


「なんでもねぇよ」


 即座に引く。

 空気が、少し緩む。


「……あとは、ミツヒデか」


 ノブナガが、軽く言う。


 その時。


「ただいま戻りました」


 声。


 ——いつの間にか。


 一人、そこに立っていた。


 気づいた時には、そこにいる。

 存在の輪郭が、わずかに遅れてくる。


 気配がなかった。

 足音もない。


 シオンの視線が、鋭くなる。


(……いつからいた)


「おー、戻ったか!」


 ノブナガが手を上げる。


「シオン!」


 そのまま、笑顔で言う。


「紹介する」


 一拍。


「お前の教育係の、ミツヒデだ!」


「 「は?」 」


 声が重なる。


 シオンと、ミツヒデ。

 同時だった。


 ミツヒデが、静かにノブナガを見る。


「ノブナガ様」


 淡々と。


「教育係など、一度も聞いておりません」


「だろうな!」


 即答。


「今思いついた!」


 満面の笑み。


「お兄様……」


 市音が、呆れたように目を細める。


 ノブナガは、気にしない。

 そのまま続ける。


「まぁ、なんだ」


 シオンへ向き直る。


「お前は、もう少しこの世界を知れ」


 一拍。


「そのためには——」


 ミツヒデを見る。


「こいつが適任だ」


 指を向ける。


「よろしく頼むぞ!ミツヒデ!」


 ミツヒデは、少しの間を置き——。


「……承知いたしました」


 静かに頭を下げる。

 その視線が、シオンへ向く。


 一瞬。


 間が落ちる。

 感情が、ほとんど見えない。


「……よろしくな」


 短く、言う。

 それだけだった。


 シオンは、じっとミツヒデを見る。


「……あぁ」


 短く返す。

 それ以上は、いらなかった。


 ——そのやり取りを見て。


 ノブナガが、ひとりだけ満足そうに頷いた。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


続きが気になった方は、

ブックマークで追っていただけると嬉しいです。

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