15話 七人の魔王
広間。
先ほどまでのざわめきが、まだわずかに空気に残っている。
ノブナガが、ひらりと手を振る。
「じゃあ俺は、ダヴィンチへの土産を作らないといけないからな」
言うだけ言って、一歩引く。
「後は任せた」
くるりと背を向ける。
足取りに迷いはない。
そのまま、奥へと消えていった。
(……自由なやつだな)
シオンは、軽く息を吐き、目を細める。
その時。
「なぁ!」
勢いよく声が飛び込んでくる。
視線を落とすと、いつの間にか足元にしがみついている影。
ヒデヨシだ。
「シオンって忍者なんだろ!?」
顔をぐっと近づけてくる。
「影分身とかできるの!?」
目が、きらきらと輝いている。
「あぁ……」
シオンは、わずかに間を取る。
「忍びにとっては、基本だからな」
次の瞬間。
——ふっ。
空気が揺れる。
三人に増える。
同じ姿。
同じ呼吸。
「うわぁぁ!!」
ヒデヨシが飛び上がる。
「本物だ!!」
身を乗り出す。
「男のロマンそのものだ!!」
全身で喜びを表現している。
だが——
「ヒデヨシ君」
静かな声。
空気が、一瞬で冷える。
市音だった。
「シオン様とミツヒデさんは、お忙しいのです」
微笑んでいる。
だが——視線は凍っている。
ヒデヨシの動きが、ぴたりと止まる。
「……あ」
固まる。
完全にやらかした顔。
「ヒデヨシ」
横から、声が割り込む。
ナリマサだ。
ヒデヨシの肩に手をかけ、そのまま引き寄せる。
「俺が遊んでやるから、こっち来い」
軽く引く。
「このままだと、広間が凍りつく」
「ナリマサさん……」
市音の視線が移る。
ぴたりと、刺さる。
ナリマサが、わずかに顔をしかめる。
「……おっかねぇな」
ぼそりと呟く。
だが手は離さない。
「ヒデヨシ、急げ」
「えー!まだ忍法見たいよー!」
「いいから来いって」
半ば引きずるように連れていく。
足音が遠ざかる。
やがて、静けさが戻る。
市音が、シオンへ軽く一礼する。
「では、私も失礼します」
それだけ残し、音もなく部屋を出ていく。
残されたのは——
シオンと、ミツヒデ。
わずかな沈黙。
空気が、ゆっくりと落ち着いていく。
ミツヒデが歩き出し、座卓へ視線で促す。
シオンもそれに従う。
「……茶でいいか」
「あぁ…」
短く返す。
ミツヒデは無駄のない手つきで茶を淹れる。
湯気が立ち上る。
二つの湯呑が、静かに置かれる。
そのまま腰を下ろす。
「……よし」
視線が、シオンへ向く。
「では——」
「何から話そうか」
ミツヒデは、湯呑に指先を添えながら、わずかに首を傾ける。
「何からって言われてもな……」
シオンが視線を落とす。
「何を知らないのかを、知らない」
正直に言う。
ミツヒデは、短く頷く。
「そうか」
湯気が、ゆらりと揺れる。
「じゃあ」
視線を上げる。
「今から行く、“知の魔王ダヴィンチ”の序列が何番目かは知っているか?」
「は?」
シオンが顔を上げる。
「魔王に、序列とかあるのか?」
ミツヒデの呼吸が、わずかに深くなる。
「……そこからか」
小さく息を吐く。
湯呑を持ち、一口。
静かに置く。
「忍びの里は、世間のことは教えないのか?」
「さあな」
シオンは軽く手を振る。
「教えられるのは、忍術だろ」
一拍。
「それに、拷問と暗殺」
指を折る。
「あと、精神干渉の無効化だろ」
さらに続けようとする。
「それと——」
「もういい」
即座に止める。
ミツヒデは、軽く手のひらを上げる。
それ以上は不要、という意思表示。
「じゃあ、まず」
背筋をわずかに伸ばす。
「序列と、魔王について教える」
空気が、少し引き締まる。
「お……」
シオンがわずかに前のめりになる。
「お願いします」
素直に言う。
ミツヒデは静かに頷く。
「まず、この世界——モンステラには」
一拍。
「現在、七人の魔王がいる」
淡々と。
だが、言葉には重みがある。
「序列一位」
一拍。
「災の魔王シュラ」
空気が、わずかに沈む。
「次に、序列二位、時の魔王三日月」
「序列三位、狂の魔王カリグラ」
「序列四位、侵略の魔王チンギス」
指が、順に折られていく。
「序列五位、知の魔王ダヴィンチ」
「序列六位、正の魔王、ノブナガ」
最後に、わずかに間を置く。
「そして——」
「序列七位、朧の魔王、斜陽だ」
言い切る。
静寂が落ちる。
シオンが、ゆっくりと息を吐く。
「……斜陽さん、七位なんだな」
少しだけ意外そうに言う。
ミツヒデは、特に表情を変えない。
「まぁな」
淡々と返す。
「これは単純な強さじゃなく、“警戒度”で決められている」
指先で、湯呑の縁をなぞる。
「朧の魔王は、他の魔王の領土に積極的な襲撃をしない」
「だから、下に来るのは、必然だ」
シオンは、軽く頷く。
「なるほどな」
納得する。
だが——
すぐに、次の疑問が浮かぶ。
「じゃあ」
顔を上げる。
「一位のシュラは、そんなに危険なのか?」
ミツヒデの視線が、わずかに変わる。
ほんの少しだけ。
空気が、重くなる。
ミツヒデは、わずかに視線を落とす。
「災の魔王は——」
一拍。
「あれは、別次元だ」
「……“戦う相手”ではない」
静かに言い切る。
「歩いているだけで、周囲がすべて更地になる」
わずかに間。
「まさに、災害そのものだ」
シオンが、眉をひそめる。
「……それは、ヤバいな」
率直な感想。
だが、すぐに疑問が浮かぶ。
「でも、そんなに強いなら」
腕を組む。
「他の魔王を全部ぶっ倒して、世界を手に入れたりしないのか?」
ミツヒデは、首を横に振る。
「災の魔王には、そういった思想はない」
一拍。
「むしろ逆だ」
視線が、わずかに鋭くなる。
「抗うもの、争うものに——制裁を下す」
シオンの目が、わずかに細くなる。
「……いいやつなのか?」
半分冗談。
だが、少しだけ本気。
ミツヒデは、即座に否定する。
「違う」
一言。
「あれには、何もない」
静かに続ける。
「ただ、壊すだけだ」
短い沈黙。
シオンが、小さく息を吐く。
「……確かに、一番怖いな」
さっきより、少しだけ重い言い方。
ミツヒデは何も返さない。
話題を切り替えるように、シオンが口を開く。
「じゃあ、二位の三日月も危険なのか?」
その瞬間——
ミツヒデの動きが、ほんのわずかに止まる。
「……わからない」
低く答える。
「は?」
シオンが、素直に反応する。
ミツヒデは、視線を外さない。
「時の魔王、三日月に関しては」
一拍。
「存在そのものを、観測することができない」
静かに言う。
シオンの眉が寄る。
「じゃあ、なんで二位なんだよ」
当然の疑問。
ミツヒデは、わずかに目を細める。
「観測できないからだ」
短く、言い切る。
「……どういうこと?」
シオンが、眉を寄せる。
ミツヒデは、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「観測ができないということは——」
一拍。
「接触も、できないということだ」
「それって、いないのと同じじゃねぇ?」
率直に言う。
ミツヒデは、否定しない。
「そうかもしれない」
一拍。
「ただ——」
ほんのわずかに、声が落ちる。
「たまにいるんだ」
視線が、わずかに遠くを見る。
「時の魔王の気まぐれで——」
一拍。
「“接触された”者がな」
沈黙が落ちる。
空気が、少しだけ冷える。
「……接触されたら、どうなるんだ?」
シオンが、低く問う。
ミツヒデは、淡々と答える。
「不可解な状態になる」
「ある者は、存在そのものが消える」
「ある者は、理由もなく死ぬ」
「ある者は、意識だけを奪われ、身体だけが捨てられたように残る」
言葉が、静かに積み重なる。
「またある者は——」
ほんのわずかに間。
「精神を壊される」
シオンが、小さく息を吐く。
「……なんか、怖ぇな」
率直な感想。
ミツヒデは、頷く。
「理解できないものは、恐れられる」
一拍。
「神隠しと同じだ」
「……なるほどな」
シオンは、わずかに視線を落とす。
そして、顔を上げる。
「じゃあ、三位のカリグラも」
「狂の魔王って、物騒な名前だし」
「同じ感じなのか?」
ミツヒデの表情が、わずかに変わる。
「……違う」
短く否定する。
「カリグラは、災害でも——」
「不可解でもない」
静かに続ける。
「あいつは——」
ほんの少しだけ、間。
言葉を選ぶように。
「……近いうちに」
視線が、まっすぐにシオンへ向く。
「ノブナガ様が、堕とす予定だ」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
続きが気になった方は、
ブックマークで追っていただけると嬉しいです。




