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13話 幸せな家族

 シオンは、いつもより早く目を覚ました。


 外はまだ薄暗い。

 窓から差し込むわずかな光が、部屋の輪郭だけをぼんやりと浮かび上がらせている。

 意識ははっきりしているのに、体が動かない。

 疲れているわけではない。


 ――理由は、わかっている。


 頭の中で、何度も、何度も――あの言葉が繰り返されていた。


 「君は、不幸な本物と、幸せな偽物、どっちが正義だと思う?」


 シオンは小さく息を吐き、ゆっくりと体を起こす。


 そのまま窓へ歩み寄り、外へ視線を向けた。


 まだ朝は早い。

 それでも、街はすでに動き出している。


 「おはよう! 今日はいい魚が捕れた!」

 「あとで買いに行くから、おまけしてくれよ」


 何気ない会話が、そこにはあった。


 「……幸せな偽物か」

 ぽつりと呟く。

 

 シオンは、街の様子を見下ろした。


 穏やかな笑顔。

 軽妙な会話。

 賑わい。


 そのすべてが、シオンには眩しく映る。


 「……いい村だな」

 短く、そう言った。


 正義とは、何か。


 弱いものを守ること――正義。

 人を騙すこと――悪。


 じゃあ――守るための嘘は。

 偽物の幸せは。


 思考が巡る。

 だが、答えは出ない。


 「……まぁ、いいか」

 小さく吐き出す。


 考えても、答えは出ない。


 昨日、ノブナガは言っていた。


 ――「君が助けた、あの子たちの家に来い」

 ――「来れば分かる」と。


 なら――確かめるだけだ。


 シオンは窓から離れ、支度を済ませる。


 扉の前で、足を止めた。


 「……ちゃんと見てやるよ」


 小さく呟き、そのまま外へ出た。

 

 朝の空気は、少しだけ冷たい。

 

 あの兄弟の家へ向かう途中にも、街の声が耳に入る。


「昨日より、身体が楽になった気がするな」

「ちゃんと診てもらったからね」


 ――診療所帰りだと、すぐに分かった。


 その声も、明るい。

 

(……悪くはねぇんだよな)

 

 そう思う。


 歩きながら、周囲を見渡す。

 昨日、屋根から見ていた景色を、今日は下から見ていた。

 

 整えられた街並み。

 並ぶ店。

 家や店の色。


 上と下から見る景色は、すべてが違って見えた。

 

 ふと、足が止まる。


 「……店の並び、違くねぇか?」


 違和感が、引っかかる。


 昨日の景色と、今目の前にあるものが、噛み合わない。

 

 パン屋の隣は魚屋のはずだった。だが今は——レストランがある。

 

 ……順番が、違う。


 シオンは、もう一度だけ街を見渡す。


 壁の色。

 屋根の角度。

 細かい違いが、そこかしこにある。


 記憶と、噛み合わない。


 「……なんだこれ?」


 違和感は、消えない。


 だが――違和感を覚えているのは、自分だけだった。


 考えても、答えは出ない。


 シオンは小さく息を吐き、そのまま歩き出した。


 店が並ぶ通りを抜ける。

 少し歩くと、住宅街に入った。

 シオンは、昨日来たばかりのはずなのに、道に迷っている。


「おかしい……」


 首を傾げながら、そこにある一軒家を見上げる。


「……ここのはずなんだけど、こんな立派な家じゃなかった」

 

 目を細め、家の様子を伺う。

 シオンの記憶より、明らかに大きな家がそこにはあった。

 造りも、しっかりした一軒家。


 (……どういうことだ?)


 その時――。


 扉の向こうから、声が聞こえた。


 「いってきます!」


 兄と弟の声。


 扉が開き、二人が外へ出てくる。

 そのまま、庭へと歩き出した。


 シオンは勝手口へ回り、息を潜めて様子を窺う。


 二人は庭に出ると、一度だけ振り返った。


 弟が、扉に向かって大きく手を振る。


 (……誰だ?)


 直後。


 扉の奥から、人影が現れる。

 穏やかな表情で、二人を見送っている。


 「いってらっしゃい。気をつけて行くのよ」

 「あまり遅くならないようにな」


 柔らかな声。

 自然な、温もりのある声だった。


「大丈夫。ちゃんと俺が見てるから」

 兄は片手をあげて笑う。


 「お父さんも、お母さんもお仕事頑張ってね」


 弟がそう言った、その瞬間――。


 シオンの中で、違和感が“確信”に変わった。


 一般的には、何もおかしくない。

 幸せな家族の形が、そこにあるだけだった。


 ――だからこそ、おかしい。


 家の扉が閉まりきる前に、兄と弟は店がある通りの方へ歩き始めていた。


 シオンは、一歩踏み出し、兄弟に声をかける。


「おい」


 二人が振り向く。


「……えっと、お兄ちゃん、誰?」


 弟が、まるで初対面の相手を見るように、シオンの顔を覗き込む。


 そのまま、ゆっくりと兄へ視線を移した。


「……兄ちゃんの知り合い?」


「知らねぇよ」


 迷いのない即答だった。


(……やっぱりか)


 昨日、確かに会ったはずの記憶が――。

 最初からなかったかのように、消えている。


 だが、それには触れない。

 確かめるべきは、そこじゃない。


 シオンは、家の方を指さし、問いかける。


「さっきのは、誰なんだ?」


「親に決まってんだろ」


 兄が、また即答で答える。

 迷いも、疑いもない。

 

 見ればわかる。

 ――本来なら、聞くまでもないことだ。

 寧ろ、この質問自体が、馬鹿な質問なのだろう。


 それでも、シオンは聞かずにはいられなかった。


 ――「俺たち、親はいなくて……」


 昨日の言葉が、頭の中に浮かぶ。


 だが今日は――。


 “最初からいた”前提で、そこにある。


(……違う)


 確信はある。


 だが――。


 それを口にしたところで、何かが変わる気はしなかった。


 それどころか。


 今あるこの光景を、壊すだけかもしれない。


 ――だから、追及はしない。


「……そうか。そうだよな。すまなかった」


 兄は、興味を失ったように肩をすくめる。


「……変なやつ」


 二人は、そのまま歩いていく。

 振り返ることはなかった。

 やがて、人ごみの中へと消えていく。


 シオンは、その背中を見送ったまま、しばらく動かなかった。


 ゆっくりと、視線を家へ戻す。


「……ちょっと調べるか」

 小さく呟く。


 シオンは足音を殺し、壁に沿うように位置を取る。

 勝手口の扉の横に立ち、体を寄せる。


 そして――。


 中の様子を、そっと覗き込んだ。


 お母さんと呼ばれた女が、手際よく食事を用意している。

 食卓では、お父さんと呼ばれた男が椅子に腰を下ろし、二人で会話をしている。

 

 目に映ったのは、ごく自然な夫婦だった。


「あの兄弟は仲がいいね」

「えぇ。いつも一緒だわ」

「今日は何処にいったのかな?」

「さぁ……どこかしらね」

「どこだろうね」

「ふふふ」「あはは」

 

 妙なタイミングで二人の笑い声が重なる。

 あえて、他愛のない会話をしようとしているような。

 

「……なんだこれ」


 何とは言い切れない違和感がシオンの中に残る。

 そのまま、ゆっくりと体を離し、シオンはその場を離れる。


 店の並び、兄弟の家、あの夫婦。

 ——繋がらない。


 頭の整理がつかないまま、あてもなく歩いていると――。


「どうだった?」


 突然、後ろから声がした。

 

 シオンは、反射的に振り向き、すぐに距離を取る。


 ——いた。


 路地の奥。

 壁にもたれるように、ノブナガが立っていた。


 いつからいたのか分からない。

 気配は、やはりなかった。


「……あれは、何だ?」


 短く問う。


 ノブナガは答えない。


 ただ、静かにシオンを見る。

 シオンは、そのまま続ける。


「あの兄弟は、昨日、確かに親がいないと言ってた」


 視線を外さない。


「……それに、家も違う」


 ノブナガが、ゆっくりと口を開く。


「俺は、どうだったかと聞いている」


 静かな声。


「幸せそうじゃなかったか?」


 シオンの言葉が、止まる。

 

「それは……まぁ……」


 言い切れない。

 ノブナガは、小さく頷く。


「あれが、お前の言う偽物だ」


 淡々と告げる。


「家も、父も、母も……」


「そして——」


 わずかに間を置く。


「兄もだ」


「……は?」


 想定外の発言に、シオンの眉が寄る。


 ノブナガは、視線を逸らさない。


「気付かないのも無理はない」


 穏やかに言う。


「あの兄は、自分が本物の兄だと思い込んでいるからな」


「……どういうことだ?」


 ノブナガは、少しだけ視線を落とす。


「あの弟は、戦争孤児だった」


「俺がカリグラからこの村を奪った時——」


 一拍。


「兄が、赤子を抱いたまま死んでいた」


 シオンは、黙る。


「だから、俺が死んだ兄の偽物を作った」

 

「その記憶を調整して、本物の兄として生かしている」


 当然のように言う。


「……人間を、作ったのか?」


 ノブナガは、首を横に振る。


「人間ではない」

「よく似た偽物だ」


 そのまま、ゆっくりと歩き出す。


「ついて来い」


 振り返らずに、それだけ言った。


 シオンは一瞬だけ迷い——。


 すぐに後を追う。


 二人は路地を抜ける。

 少し歩くと、開けた場所に出る。


 何もない空き地。

 そこでノブナガが足を止める。


「これが、俺の創造の力だ」


 そう言って、手をかざす。


天下布武エンペラードミニオン


 次の瞬間。


 空間が、揺れる。

 光が、滲むように広がる。


 地面の上に、輪郭が浮かび上がる。


 壁。


 柱。


 屋根。


 それらが、一瞬で組み上がっていく。


 ——家が、現れる。


 完全な形で。

 何もなかった場所に。


 ノブナガは、振り返る。


「俺は、自分のイメージできるものなら、何でも具現化できる」


 淡々と説明する。


「この力で、人の偽物を作った」


 一拍。


「幸せな偽物をな」


 シオンは、言葉を失う。


 視線は、家に向いたまま。

 しばらくして、ようやく口を開く。


「……あれで、生きてると言えるのか?」


 小さく。

 自分に言うように。


 ノブナガは、肩をすくめる。


「さあな」


「だが、少なくとも死んではいない。それに——」

「幸せそうに生きてる」


 シオンは、黙る。


 視線を落とす。

 答えが、出ない。


 ノブナガが、一歩近づく。


「なぁ、シオン」


 視線が、合う。


「俺のところに来い!」


「はぁ?」


 思わず、声が漏れる。


「何でそうなるんだよ」


 ノブナガは、少し間を置き、シオンを真っすぐに見る。


「俺は、自分の正義が一番正しいと思っている」


 一拍。


「それは、お前も同じだろ?」


 シオンは、少しだけ視線を逸らす。


「まぁ……」


 完全には否定しない。


 ノブナガは、頷く。


「だったら——」


 一歩、踏み込む。


「俺に、お前の正義を証明してみろ」


「このやり方が間違っていると思うなら」


「他に道があるなら」


「それを、俺にぶつけろ」


 シオンは、逸らした視線をノブナガに戻す。


「……それで、お前に何のメリットがある?」


 疑うように問う。


 ノブナガは、迷わず答える。


「俺は、この世界を——」


 一拍。


「誰もが笑って暮らせる、いい世界にしたい」


 静かに言う。


「人間も、魔族も関係ない、いい世界だ!」


「お前の正義が本物なら」


「それは、俺の作る世界の礎になる」


 シオンは、小さく息を吐く。


「……スケールでけぇな」


 呆れ半分。


 ノブナガは、少しだけ口元を上げる。


「誰に言っている」


 一拍。


正魔王せいまおうだぞ」


「……なんだよそれ」


 シオンは、少しだけ考える。


 視線を落とし——すぐに上げる。


「まぁ、どっちにしてもそのつもりだった」


 軽く言う。


「同行はする」


 ノブナガの表情が、わずかに緩む。


「そうか」


 短く言う。


 そして——。


「では、早速なんだが」


 そのまま振り向き、口元だけで笑う。


「知の魔王、ダヴィンチに、会いに行くぞ!」


「……は?」


 間の抜けた声が、落ちた。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


続きが気になった方は、

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