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12話 偽物の幸福

 ノブナガが、ゆっくりとシオンへ歩み寄る。

 気づいた時には、すでに間合いの内側だった。


 視界に影が落ちる。

 目の前。

 ノブナガはそのまま、シオンの顔を覗き込んだ。


「君、風磨シオンだろ?」


 ノブナガは、軽く顎に手を当て、ただ確かめるように言う。


「玄さんに聞いた、特徴と一致する」


 シオンの眉が、ほんのわずかに動く。


「……玄さんを知ってるのか?」


 ノブナガは、肩をすくめた。


「もちろん。魔王と忍びは共闘関係だからな」


 それ以上は語らない。


 シオンは、一瞬だけ黙る。


 探るように、相手を見る。


 だが——


 すぐに視線を外す。


「……なぁ」


 シオンはわずかに視線を動かし、室内を示す。


「ここ、なんなんだ?」


 ノブナガも、同じ方向へ視線を向ける。


「ここか、まぁ……」


 わずかに間を置く。


「……説明するより、見た方が早いな」


 そう言って、指を軽く動かす。

 その仕草に応じるように、奥から一人の女が静かに歩み出た。


 シオンの視線が、女へ移る。


「君は、月縛一族げつばくいちぞくって知ってるか?」


 ノブナガは、視線を外さずに言う。


 シオンは、ほんの少しだけ首を傾ける。


「……知らねぇな」


「そうか」


 短く返す。


 その時。


 女が、ゆっくりと顔を上げる。

 その視線が、シオンと正面から噛み合った。


 ——弄月ろうげつの瞳。


 シオンの視界がわずかに揺れる。


 ——だが、すぐに止まる。


「……なるほどな」


 シオンが、低く、静かに言う。


「今ので分かった」


「……忍びに、この手の技は効かねぇ」


 女の瞳が、動揺からか、わずかに揺れる。


 ノブナガが、興味深そうにシオンを見る。


「ほう……優秀だな」


 値踏みするような視線。


 シオンは鼻で笑い、肩の力を抜く。

 わずかに、ため息が混じる。


「……何が、正義の魔王だ」


 吐き捨てる。


「ガッカリだな」


「……これが、正義かよ」


 一歩、前へ。


 視線は建物へ向く。


「この村のやつら——」


「洗脳されに来てるんだな。ここへ」


 沈黙。


 ノブナガの口元が、わずかに動く。


「察しがいいな」


 穏やかな声。


 シオンは奥歯を噛みしめる。

 一度だけ診療所を見て、すぐに視線を戻す。


「どおりで、記憶が無いわけだ」


「記憶、いじってるんだろ」


 ノブナガは頷く。


「あぁ。いらない記憶は消した」


「こんなのの、何が正義だ……」


 ノブナガは否定しない。


「君の言いたいことはわかる。だが——」


「これの、何が悪い?」


 シオンの表情が止まる。


「……は?」


 ノブナガが一歩、踏み出す。


 距離は変わらない。

 だが、圧だけが増す。


「君の正義とは何だと聞いている」


 逃がさない視線。


 シオンは歯を食いしばる。


「そんなの——」


「弱いものを助けることが、正義に決まってる」


 言い切る。


 ノブナガは首を傾げる。


「じゃあ何故、俺の正義を否定する?」


「同じだろ」


 ——言い切ったはずなのに、わずかに詰まる。


「……同じじゃねぇよ!」


 踏み込み、声を荒げる。


「何故だ?」


 ノブナガは変わらない。


「助けているだろ」


「村の人間の顔を見ただろ?」


 視線が揺れる。


 昼の光景が、脳裏をよぎる。


 列に並ぶ人々。

 診療を終え、出ていく者たち。


 誰もが——穏やかだった。


 あの兄弟も。


 苦しんでいたはずなのに、笑っていた。


「幸せに見えなかったか?」


(……それは)


 一瞬、迷う。

 ——だが、


「違う!」


 振り払う。


「そうだとしても、今、生きてる人の気持ちを無視してる!」


「こんなのは偽物だ!」


 言い切る。


 ノブナガは目を細める。


「そうか」


「じゃあ一つ聞くが……」


「君は、不幸な本物と、幸せな偽物」


「どっちが正義だと思う?」


 呼吸が止まる。


(……なんだよ、それ)


 言葉が出ない。


 ノブナガは続ける。


「この村は元々、魔王カリグラの領土だった」


 視線を外す。


「民は飢え、人の生活とは思えない暮らしをしていた」


「だから、奪った」


「奪って、飯を与えた。服を与えた」


「家を与え、家族を与えた」


 あの兄弟が、よぎる。


「辛い記憶は消した」


「今は、幸せに暮らしている」


 視線が戻る。


「それの、何が悪い?」


 拳を握る。


(……間違ってる)


(でも——)


 言葉にならない。


「それでも……」


「こんなのは、偽物だ……」


 ノブナガは息を吐く。


「では、考え方を変えよう」


 一歩、近づく。


「今、この時代に生きている世代が死に」


「あの子たちの子供の世代になったら」


「それでも君は、偽物だと言えるか?」


 目が揺れる。


「……それは」


 続かない。


「仮に、その時に洗脳を解いたらどうだろうな」


「そこには、不幸な記憶は残らない」


「幸せだけが残る村とは言えないだろうか?」


 完全に、言葉が止まる。


「これは正義だと」


「言えないだろうか?」


 沈黙。


 シオンは答えられない。


 ノブナガは、わずかに頷く。


「よし。わかった」


 背を向ける。


「明日」


 足を止める。


「君が助けた、あの子たちの家に来い」


 シオンが顔を上げる。


「……何故だ?」


 ノブナガは、振り向かない。


「来ればわかる」


 それだけ言う。


 次の瞬間。


 その気配は、消えていた。


(……わかんねぇよ)

ここまで読んでいただきありがとうございます。


続きが気になった方は、

ブックマークで追っていただけると嬉しいです。

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