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11話 誰も外に出ない村

 夕暮れ。

 空は赤く、ゆっくりと沈みかけていた。


 村は、まだ明るい。

 灯りもついている。

 人の気配もある。


 だが——


 店は、ほとんど閉まっていた。


 昼間あれだけ賑わっていた通りから、声が消えている。


 残っている人間も、少ない。


 荷をまとめて帰る者。

 足早に家へ向かう者。


 誰も、長居しない。


 そして——


 通りの奥。


 診療所の前だけに、人が集まっていた。


 列になって、静かに並んでいる。


 騒ぐ者はいない。

 話す声も、小さい。


 ただ、順番を待っている。


 それだけだった。


 シオンは、屋根の上からそれを見下ろす。


 目を細める。


「……あそこだけか」


 小さく呟く。


 村全体が、引いている。

 人の流れが、ひとつの場所にだけ集まっている。


 他は、空いている。

 妙な偏りだった。


 診療所の前。

 人が、ぽつりぽつりと出てくる。


 その中に。

 見覚えのある姿。


 兄と、弟。


「来て良かっただろ?」


「うん。兄ちゃんの言う通りだった」


「なんだか、気分が落ち着いた感じするよ」


 軽く、柔らかく、笑う。


 シオンは、わずかに眉を寄せた。


(……なんだ、あれ)


 昼に見た顔。

 苦しさの中でも、確かに“揺れ”があった。


 それが、ない。


(……さっきの方が、いい顔してたろ)


 思わず、そう思う。


 兄が歩き出す。


「じゃあ、帰るぞ」


「うん!」


 弟が軽く返す。


「昼飯、食いそびれたから腹減った……」


「お前が昼まで寝てたからだろ」


「そっかぁ!なんで寝てたんだろ?」


 笑いながら言う。


 兄が、少しだけ首を傾げる。


「……なんでだっけ?」


 一瞬。


 空白が落ちる。


 だが——


「まぁ、いいだろ」


 すぐに、流す。


「たまにはオムライスでも食いに行こうぜ」


「いいね!」


 軽い。


 何も引っかからない。


 そのまま、歩いていく。


 シオンは、動かなかった。


 目だけで、その背中を追う。


(……忘れてやがる)


 確かに、自分が治した。


 あの苦しみ。

 あの状態。


 なのに。


 その“痕跡”が、どこにもない。


 記憶も、違和感も、全部、消えている。


 シオンは、小さく息を吐く。


 視線を、診療所へ戻す。


 人が出てくる。


 穏やかで、安心しきった顔。


 疑いのない目。


(……なんだこの違和感)


 その瞬間。


「……何見てんだ?」


 すぐ横から、声。


 反射で体が動く。


 振り向くより早く距離を取る。


 屋根の上を滑るように下がり、構えた。


 いつの間にか。


 男が立っている。


 音もなく。

 気配もなく。


「……っ」


 シオンの視線が鋭くなる。


「誰だ」


 低く、短く。


 男は肩をすくめた。


「怖ぇな」


 軽い調子。


 だが——


 立っているだけで分かる。


(……強ぇ)


 シオンはわずかに目を細める。


 男は、ちらりと診療所の方へ視線をやった。


「気になってんだろ、あれ」


 シオンは答えない。


 否定もしない。


「……何か知ってんのか」


 短く問う。


 男は、小さく息を吐いた。


「知ってるけど、説明すんのめんどくせぇ」


 頭をかく。


 やる気のない口調。


「じゃあ、なんで来た」


「お前が見えたからだよ」


 あっさりと。


「こんなとこで忍びが屋根に張り付いてりゃ、そりゃ見るだろ」


 少しだけ口元が歪む。


 シオンは黙ったまま、視線を外さない。


 男は、少しだけ間を置いてから言う。


「任務中じゃねぇから、別にどうこうする気はねぇけどな」


 軽く付け足す。


「……ただ、ほっとくのも面倒だから見に来ただけだ」


 シオンの眉がわずかに動く。


「……で?」


 男が顎で診療所を指す。


「気になるなら、行けばいいだろ」


「……中にか?」


「あぁ」


 男はあっさり頷く。


「夜になりゃ分かる」


 それだけ言う。


 余計な説明はしない。


 シオンは、少しだけ間を置く。


「……何がある」


 男は、面倒くさそうに目を細めた。


「だから、見りゃ分かるって言ってんだろ」


 投げるように言う。


「説明聞くより早ぇよ」


 一歩、後ろに下がる。


「忍びなんだろ?」


 軽く笑う。


「そのくらい、自分で確かめろ」


 シオンは、黙ったまま診療所を見る。


 男は、それ以上何も言わない。


「じゃあな」


 気のない声。


 次の瞬間——


 男の姿が消えた。


 音もなく。

 気配もなく。


 そこには、もう何もいない。


 風だけが、屋根を撫でる。


 シオンは、しばらく動かなかった。


(……夜か)


 視線を、診療所へ向ける。


 静かなままの建物。


(……行くか)


 夜。


 村は、静かだった。


 灯りはついている。

 窓の奥に、人の気配もある。


 だが——


 通りには、誰もいない。


 店も閉まっている。

 声もない。


 外を歩く者が、ひとりもいなかった。


 シオンは、屋根の上からそれを見下ろす。


 目を細める。


「……一人も出てねぇのかよ」


 小さく呟く。


 風が、通りを抜ける。


 それだけだった。


 シオンは、視線を診療所へ向ける。


 石造りの建物。


 昼と変わらないはずなのに、妙に重く見える。


 入口は閉まっている。


 人の出入りもない。


 しばらく、全体を見る。


 配置。高さ。影の落ち方。


「……どこから入るか」


 小さく言う。


 視線を動かす。


 入口。側面。裏手。


 そして——


 二階。


 窓が、ひとつ。


「……あそこか」


 決める。


 次の瞬間。


 シオンの姿が、屋根から消えた。


 音はない。


 影の中へと落ちる。


 着地と同時に、地面を滑るように走る。


 壁際をなぞる。


 足音は、ない。


 そのまま、壁に手をかける。


 体を引き上げる。


 指先だけで支え、二階へ。


 窓の縁に手をかける。


 止まる。


 一瞬だけ、耳を澄ます。


 ——何も聞こえない。


 シオンは、わずかに目を細めた。


 窓を、ほんの少しだけ開ける。


 そのまま、体を滑り込ませた。


 診療所の中は、暗かった。


 灯りは落ちている。

 人の気配も、表には出ていない。


 昼間の賑わいが嘘みたいに、静まり返っている。


「……特に変わった様子は無いな」


 小さく呟く。


 そのまま、しゃがみ込む。

 床に手をつき、耳を近づける。


 ……わずかに、音。


「……何か聞こえる」


 シオンは顔を上げる。


 すぐに動く。


 足音を消し、影に沿って進む。

 階段へ。


 下へ降りる。


 呼吸を浅くする。

 気配を落とす。


 角で止まる。


 覗く。


 廊下の奥。


 白衣の女が立っていた。


 銀色の髪。

 暗がりの中でも、はっきりと分かる。


 その奥。


 もう一人。


 姿ははっきり見えない。


 シオンは、壁に寄り、耳を澄ます。


「……検診忘れの子供がいましたが、問題ありません」


 女の声。


「そうか」


 低い声が返る。


「はい」


「検診忘れの原因は?」


「子供二人で暮らしているそうで、忘れていたのかと……」


「わかった。対策しよう」


「ありがとうございます」


 少しの間。


「……ノブナガ様」


 その言葉に、シオンの目がわずかに細くなる。


(……まずいな)


 一瞬で判断する。


(ここ、魔王の管理下か)


 余計なことは考えない。


(長居は危険だ)


 体を引く。

 来た道を戻る。


 音は立てない。

 気配も残さない。


 階段を上がる。


 二階。


 窓へ。


 手をかける。

 足を乗せる。


 その瞬間。


「俺に用事か?」


 声。


 すぐ後ろ。


(……っ!?)


 シオンの体が、一瞬だけ強張る。


 気配がなかった。


 全く、感じ取れなかった。


 ゆっくりと振り向く。


 そこに、男が立っていた。


 無駄がない。

 立っているだけで、すべてが整っている。

 ——歪み、ひとつもない男。


 距離が、近い。

 いつからいたのか分からない。


(……気づけなかった)


 一歩、下がる。


 間合いを取る。


「忍びか……」


 男が、静かに言う。


 シオンは、視線を外さない。


 呼吸を整える。


「……お前が、ノブナガか?」


 短く問う。


 男は、わずかに頷く。


「あぁ……」


(……最悪だな)


 頭の中で、状況だけを整理する。


 逃げられる距離じゃない。

 隠れる余地もない。


 沈黙が落ちる。


 互いに動かない。


 空気だけが、張り詰める。


 ノブナガが、わずかに口元を緩めた。


「少し、話をしようか」

ここまで読んでいただきありがとうございます。


続きが気になった方は、

ブックマークで追っていただけると嬉しいです。

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