表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/42

5話 影が重なる、その一瞬

 夕影庭は、夕方になると、少しだけ世界の形を変える。


 差し込む光はやわらかく傾き、木々の影が、長く伸びていた。

 その影は、地面に溶けるように広がり、輪郭と境界を曖昧にしていく。


 どこからが現実で、どこまでが影なのか。

 その境界さえ、少しずつ曖昧になっていく。

 風は穏やかで、葉の音は、ほんの少し遅れて届く。


 時間が、ゆるやかにほどけていく場所。

 ここにいると、胸の奥にしまっていた感情が、静かに浮かび上がってくる。


 その場所に、一人の少女が立っていた。


 伸びた影の中で、夕日の奥を、じっと見つめている。

 ——少し、早く来すぎたかもしれない。


 小さく息をつく。


 その静けさの中に、足音がひとつ。

 遅れて、影が揺れる。

 振り返るより先に、分かってしまう。

 来たんだ、と。


 胸の奥が、わずかに跳ねた。

 ゆっくりと、少女は振り向く。


 夕日の中に、もう一つの影が差し込む。

 その距離は、まだ少しだけ遠い。


 けれど——


 確かに、同じ場所に立っていた。


「夕影庭はやっぱり夕刻だよな」


 ヤクモの声に、少しだけ遅れて葉が揺れる。


「お待たせ」


 夕日の光が、あかりの影を長く引き伸ばした。


「待ってないよ。ありがとね」


「何が?」


「来てくれてだよ」


「あかりが呼んだんじゃん」


「だから、お礼言ってるの」


「あっそう。あかりと俺の仲だし、今更いらなくない?」


「……うん」


 足元で、二人の影がわずかに重なって、すぐに離れる。


「で、大事な話って何?」


「何だと思う?」


「うーん……愛の告白とか?」


 風が止まる。


「だったらどうする?」


「その時考える」


「じゃあ告白しちゃおうかな」


 夕日が、ほんの少しだけ傾く。


「……するの?」


「……しない」


「しないんだ」


「……うん」


 あかりは視線を逸らす。

 その先で、影だけがゆっくり揺れていた。


「じゃあ、何の話?」


「あのね……朱火様から任務が出てね」


「そうなんだ。何の任務?」


「ヤクモに同行しろって」


「は? なんで?」


「えっと…侵略王って危ないじゃん」


「そうかな。俺はカリグラとかシュラの方が危ないと思うけど」


「侵略王だよ?」


「響きだけかもよ。俺はシオンが行くノブナガの方が信用できない」


 遠くで鳥が鳴く。その音も、どこか遅れて届く。


「なんで俺に同行なんだろ?」


「ヤクモの能力だと、いざって時に一人で戦えないでしょ?」


「だからって、あかりが来る必要なくない?」


「私、めちゃくちゃ強いよ」


「うん。それは知ってる」


「あ……うん」


 二人のあいだに、わずかな沈黙が落ちる。


「ヤクモに調律してもらえれば、侵略王相手でも…」

「相打ちくらいはいける…かな」


「それは頼もしいな」


 夕日の色が、少しだけ深くなる。


「まぁ……任務なら仕方ないか」

「それに、ちょっと嬉しいな」


「え?」


「あかりが一緒なら、俺の力を示しやすい」

「俺の能力って、信頼でいくらでも強くなるから」


「あー……そうだね」


 影が、また少し伸びる。


「ありがとう」


「任務だから仕方なくついて行くんだよ」

「勘違いしないでよね」


「ツンデレだ。ここ笑うところ?」


「違うわ!」


 風が、少しだけ強く吹く。

 伸びた影が揺れて、形を崩した。


「ねぇ…」


 夕日が、少しだけ沈む。

 影が、さらに長く伸びた。


「何?」


「もし…」

「もしだよ」

「この戦いで、誰かが命を落としたとして…」

「私たち……ちゃんと、また“ここで”会えるかな?」


 風が止まる。

 葉の揺れる音だけが、少し遅れて届く。


「俺たちは忍だから、任務で命を落とすなんてよくあることだ」


「……そうだね」


 あかりの視線が、わずかに落ちる。


「だけど、俺は誰にも死んで欲しくない」

「シオンも、カゲロウも、あかりにも」


「うん」


「もちろん俺も死ぬ気は無い」

「誰かが危ない時は、絶対に助けに行く」


 夕日の光が、ヤクモの横顔を照らす。

 あかりは、少しだけその横顔を見る。


「ヤクモらしいね」


「あっ、、でも」


「ん?」


 あかりは一歩だけ近づく。


「カゲロウは不死身だった」


「たしかに」


「カゲロウには助けて貰おう」


「なんでよ」


 揺れていた空気が、少しだけ軽くなる。


「あかりはさ…」


「何?」


 ほんの少しだけ、間。

 

 ヤクモが視線を戻す。


「俺が守るよ」


 夕日の色が、少しだけ深くなる。


「え?プロポーズ?」


「それは無い」


「きっぱり!?」


「同行して貰うんだから、絶対に死なせない」


 一瞬だけ、二人の影が重なる。

 あかりは、ほんの少しだけ言葉を探して——


「……ありがとう」


 あかりは、少しだけ視線を逸らす。


「任せとけ」


「……て、戦うの私なんだけど」


「不束者ですが、よろしくお願いします」


「ふふふ」

「あはは」


 二人の笑いが、静かに広がる。

 風が戻り、伸びた影が、ゆっくりと揺れる。


「じゃあまた明日」


 ヤクモが軽く手を振る。


「うん…また明日」


 あかりも、小さく手を振る。


 ヤクモはそのまま背を向けて歩き出す。

 夕日の中に、その影が溶けていく。

 あかりは、その背中を見ていた。


 呼び止めることもなく、ただ、じっと。

 伸びた影が、ゆっくりと離れていく。


 やがて、完全に重ならなくなる。


 それでも——


 あかりは、しばらく動けなかった。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


続きが気になった方は、

ブックマークで追っていただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ