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プロローグ ー時間が、静かにほどけていくー

 『クレッセンティア』――そう呼ばれている場所だ。


 コトリがこの世界に来て、二年が経つ。

 

 “時の境界”にあるこのギルドで、彼女は日々、依頼をこなしていた。

 

 今日は、久しぶりの休みだった。

 

 ここ最近は忙しく、疲れが溜まっていたのだろう。

 目を覚ました時には、すでに昼を過ぎていた。


 さすがに空腹を覚え、コトリはギルド内の食堂へ向かう。


 中に入ると、見慣れた背中が目に入った。


 コトリの後輩――風磨。


 食事を終えたばかりなのか、片手にお茶を持ち、外を眺めている。


「風磨くん」


 声をかけると、風磨はゆっくり振り向いた。


「こんにちは。コトリさん」


「ここ、一緒に座ってもいい?」


 コトリは、親子丼の乗ったトレイを片手に持ちながら、向かいの席を指す。


「いいですよ。俺、もう食べ終わってるので――」


 席を立とうとした風磨の袖を、コトリが軽く掴んだ。


「一人で食べるの、ちょっと寂しくて。付き合って」


 一瞬だけ間があく。


 風磨は小さく息をついてから、「……少しだけですよ」そう言って、お茶を手にしたまま座り直した。


 二人は、何を話すでもなく、ただ同じ席に座っていた。


 コトリが食事を終え、トレイを戻し、お茶を持って戻ってくる。

 

 そこで、ようやく口を開いた。


「ねぇ、風磨くん」


「はい?」


 風磨は、手にしたお茶を一口啜り、コトリへ視線を向ける。


「今更なんだけど、下の名前、なんていうの?」


 唐突な質問だった。


 けれど、本人はいたって真面目だ。


 風磨は一瞬きょとんとし、それから少し困ったように笑う。


「……本当に今更ですね」


 コトリは、手を合わせて「ごめんね」と笑った。


 「なんか、“風磨くん”って呼びやすくて、聞きそびれちゃって」


 「まぁ、いいですよ。隠してるわけでもないですし」


 風磨は、少しだけ間を置いて――。


「俺の名前は――」


 口を開きかけた、そのとき。


「ちょっと聞いてよ〜!」


 金色の髪を揺らしながら、一人の少女が二人の間に割り込んできた。


「もー最悪なんだけど! あの依頼主さ、絶対あとから条件足してきたって!」


 そのままずかずかと歩み寄り、空いていた椅子にどさっと座る。


 二人の顔を見比べて、首をかしげた。


「あれ、なに話してたの?」


 少女の勢いに圧倒され、コトリはすぐに答えられなかった。


「えっと……なんだっけ」


「さぁ……」


 風磨も、あえて合わせるように肩をすくめる。


 二人は顔を見合わせ、曖昧に笑った。


 それを見て、少女はにやりと口元を歪める。


「怪しいな。……二人だけの秘密の話?」


「ち、違うよ!」


 コトリはテーブルに手をつき、勢いよく否定した。


 少女はくすくすと笑いながら、頬杖をつく。


「まぁいいけどさ」


 少しだけ間を置いてから、少女はふと思い出したように言った。


「そういえばさ……二人って、モンステラ出身なんでしょ?」


「そうだよ。それがどうかした?」


 コトリが首を傾げながら答える。隣で風磨も、小さく相槌を打った。


「私、モンステラに興味あってさぁ」


 少女は、楽しげに身を乗り出す。


「だってさ、モンステラって――本物の魔王がいるんでしょ?」


 コトリは少しだけ視線を泳がせる。


 記憶が曖昧なのか、それとも最初から知らないのか。


 椅子を揺らしながら、思い出すように口を開いた。


「魔王かぁ。昔、お父さんに聞いたことあるけど……」


 少し考えてから、曖昧なまま答える。


「……たしか、三人か四人くらい、いたと思う」


 その横で、風磨が小さく息をついた。


「七人だよ」


 ぽつりと告げる。


 だが、すぐに言葉を続けた。


 「……いや、七人“だった”か」


 その瞬間、風磨の表情に、ほんのわずかな陰りが差した。


 「七人!?」


 コトリは思わず声を上げる。


 揺らしていた椅子が大きく傾き、ひっくり返りそうになったが、ぎりぎりで踏みとどまった。

 

 「……そんなにいたんだ」


 「俺がこっちに来る前は、三人まで減ってたけど……」


 「じゃあ私、当たってるじゃん」


 コトリは、なぜか胸を張って言う。


 「いいなー。私も本物の魔王に会ってみたいな」


 少女は、金色の髪をくるくると指に巻きつけながら、うらやましそうに二人を見た。


 「……魔王になんて、会わないに越したことはないですよ」


 風磨は静かに言う。


 その一言には、やけに重みがあった。


 だが――


 その空気を気にする様子もなく、コトリが続ける。


 「私がモンステラを離れたあとに、そんなことがあったんだね」


 コトリと風磨が、お茶を飲んで一息つく。


 そのタイミングで、少女がおもむろに口を開いた。


 「……ねぇ、聞かせてよ」


 まっすぐに、風磨を見る。


 「どんなことがあったの?」

 「なんで魔王は三人になったの?」


 少女の顔が、ぐっと風磨に近づく。


 「私も聞きたいな!」


 コトリも身を乗り出し、風磨へ視線を向けた。


 風磨は、わずかに視線を落とす。


 ほんの短い沈黙。


 「……俺も、全部をちゃんと見てたわけじゃないので」


 風磨は、いつもの後輩らしい口調で言う。


 「……たいした話、できないと思いますよ?」


 それでも――


 二人の視線は、外れない。


 「――ちゃんと見ててよ」


 少女が、口をとがらせる。


 「それでもいいよ」


 コトリが、身を乗り出して言った。


 逃げ場は、ない。


 「……じゃあ」


 風磨は、ゆっくりと顔を上げた。


 その目は、さっきまでと、ほんの少しだけ違っていた。


 「……最初から、話しますね」


 その瞬間。


 時間が、静かにほどけていく。

続きが気になった方は、ブックマークで追っていただけると嬉しいです。

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