23話 いってきます
——止まった。
風が、止まる。
音が、消える。
揺れていたはずの炎も、煙も、空気も——すべてが、その瞬間のまま、固まっていた。
世界が、切り取られたみたいに静止する。
「……え」
コトリが、小さく息を呑む。
「なに……これ?」
振り返る。
ライも。
燃え続けていたはずの村も。
すべてが——動いていない。
時間だけが、置いていかれている。
その中で。
ひとりだけ——
動いている存在がいた。
まるで最初からそこにいたみたいに、
淡い紫色の髪の女が、立っている。
コトリは、その女を見る。
そして——
「あの……あなたは、誰ですか?」
落ち着いた声だった。
震えはない。
もう、崩れてはいなかった。
女は、少しだけ目を細める。
嬉しそうに。
観察するように。
「三日月」
すぐに答える。
「……三日月」
コトリが、その名前を頭の中で繰り返す。
どこかで聞いたことがある気がしたが、思い出せない。
「……これは、なんですか?」
周囲を見る。
止まった世界。
「時間が、止まってる……?」
三日月は、少しだけ首を傾げる。
「んー……止めた」
あっさり。
「時間」
付け足すみたいに。
「でもまぁ、気にしなくていいよ」
興味なさそうに言ってから——
コトリを見る。
「それよりさ」
少しだけ口元が緩む。
「こっちの方が大事」
「最後の選択」
一拍。
「ちゃんと選んでね」
「……選択?」
「うん」
三日月は軽く頷く。
指を一本、立てる。
「守るか」
もう一本。
「捨てるか」
もう一本。
「壊すか」
ふっと笑う。
「シンプルでしょ?」
「……意味が、分からないです」
コトリは素直に答える。
三日月は一瞬きょとんとして——
くすっと笑う。
「……あ、そっか」
「分かんないか」
「いいよ、じゃあ教えてあげる」
「まぁ、気分いいし」
軽く。
本当に軽く。
「守るは——まぁ、そのまま」
「ここで頑張る感じ」
「捨てるは——どっか行く」
「ここじゃないとこ」
「壊すは——」
一瞬だけ間を置いて。
少し楽しそうに。
「全部、なくす」
一拍。
「そっちの方が、綺麗だし」
さらっと言う。
重さが、ない。
だから逆に、重い。
「で?」
首を傾げる。
「コトリちゃんは、どうする?」
コトリは、少しだけ顔を上げる。
「……それって」
一拍。
「選ばなかったら、どうなるんですか?」
三日月は少しだけ目を細める。
「んー……どうだろ」
考える素振り。
でもすぐにやめる。
「選ばないって、できないからね」
あっさり。
「どれかになるよ、勝手に」
コトリが、わずかに息を呑む。
「……それって」
「ずるくないですか?」
三日月が、きょとんとする。
そして——
くすっと笑う。
「そう?」
首を傾げる。
「まぁ、そういうものだよ」
軽い。
納得させる気は、ない。
「……壊すって」
コトリは言葉を選ぶ。
「本当に、全部……なくなるんですか?」
三日月は一瞬だけ考えて——
「うん、たぶん」
軽く言う。
「でも、それもいいと思うよ」
さらっと。
「なくなったら、なくなったで」
コトリの表情が、わずかに強張る。
「……よくないです」
小さく。
でも、はっきり。
三日月は、少しだけ楽しそうに目を細める。
「そっか」
否定しない。
「じゃあ、選ばないね」
あっさりと。
「で?」
もう一度、問う。
「コトリちゃんは、どうする?」
コトリは、黙る。
視線を落とす。
——守る。
ここに残る。
——捨てる。
ここを離れる。
——壊す。
すべてを終わらせる。
胸の奥が、静かに揺れる。
その中で——
浮かぶ。
——千代。
——ハル。
一瞬だけ、あの時の笑顔。
——ずっと一緒だよね
約束した。
三人で。
当たり前みたいに。
でも——
今は、もう。
一緒にいられない。
無事かどうかも、分からない。
胸が、少しだけ痛む。
「……それでも」
小さく、息を吐く。
あの約束は。
終わっていない。
まだ——続いている。
「……また」
小さく、呟く。
「また、三人で笑うために」
だから——
今は。
前に進む。
次に浮かぶ。
——生きなきゃいけない子
あや婆の声。
母の声。
守ってくれた、すべて。
繋いでくれた命。
コトリは、ゆっくりと顔を上げる。
「……私」
一拍。
「生きたいです」
はっきりと。
揺れない声で。
「みんなが、守ってくれたから」
「繋いでくれたから」
「だから……」
——静寂。
呼吸だけが、残る。
そして。
「ちゃんと、生きたい」
三日月が、少しだけ目を細める。
「……へぇ」
楽しそうに。
どこか、納得したみたいに。
「じゃあ」
「結論は?」
コトリは、息を吸う。
喉が、少しだけ震えた。
それでも——
「……捨てる」
小さく呟き——
顔を上げる。
「私は、生かされた意味を知りたい」
「前を向いて、歩いていきたい」
「だから——」
一拍。
「捨てる!!」
強く。
言い切った。
三日月の口元が、緩む。
「——やっぱり」
嬉しそうに。
「コトリちゃん、選んでくれると思ってた」
くすっと笑う。
「クレッセンティア」
ぽつりと。
「次、行くとこ」
軽く言う。
「まぁ、行けば分かるよ」
そして——
「……あ、この子も連れてきなよ」
ライを見る。
「その子、“呼ばれてる側”だから」
「どこにいても、ちゃんと繋がる」
軽く。
「便利だよね」
そして——
コトリを見る。
「……で?」
「行く?」
軽く。
でも——戻れない問い。
コトリは、目を閉じる。
父の笑顔。
母の声。
あや婆の手。
全部。
全部を、胸に刻む。
そして——
目を開ける。
「はい」
小さく。
でも、確かに。
「……いってきます」
その言葉が。
静止した世界に、細いひびみたいに走った。
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