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21話 生かされたなら

 ——暗い。


 湿った空気。

 崩れた土の匂い。


 ナリマサは、地下の空洞を歩いていた。


 靴が、ぬかるみに沈む。


「あぁ……だる」


 ぼそりと、呟く。


 頭をかく。


「白虎は無いわ。からだ痛え」


「はぁ……」


 息を吐く。


 それでも、足は止めない。


 上に出るために。

 ただ、それだけのために歩く。


 しばらく進むと——


 数人の人影が見えた。


 構えているのが、気配で分かる。


 それでもナリマサは、気にせず歩く。


「村を襲わせたのは」


 軽く言う。


「お前らか?」


 問い。


 だが、興味は薄い。


 返ってきたのは——


「違う。それは任務に含まれていない」


 淡々とした声。

 感情のない返答。


「……あっそ」


 ナリマサは、肩をすくめる。


「いいじゃん」


 それだけ言って、通り過ぎる。


 誰も、動かない。


 任務にないから。


 その判断を、ナリマサは少しだけ気に入った。


 暗い道を、ひたすらに進む。


 やがて——


 光が見えた。


 出口。

 崩れた地上へと繋がる穴。


 ナリマサは、縁に手をかける。


 ざらついた土の感触。


 身体を引き上げる。


 地上に出た瞬間——


 熱気が、まとわりついた。

 焼けた空気が、傷口にしみる。


 焦げた匂い。

 煙。

 焼けた木の軋む音。


「……はぁ」


 小さく息を吐く。


「ほんと、やりすぎだろ」


 視線を巡らせる。


 崩れた家。

 黒く焦げた柱。

 倒れたまま動かない人影。


 その中で——


 ひとつの家だけ、まだ形を残していた。


 焼け残った、半壊の家。


 その奥に。


 人影。


「……こいつか」


 一拍。


 銀の髪。銀の瞳。


 記憶と、重なる。


 一歩、踏み出す。


 軋む床板。


 焦げた木が、足元で崩れる。


 ナリマサは、気にせず中へ入る。


 煙が、薄く残っている。


 視界が、少しだけ滲む。


 その中で——


 宵が、いた。


 綺麗だったはずの銀髪は乱れ、顔はぐしゃぐしゃに崩れていた。


 その腕の中に。


 誰かを、抱えている。


「……おい」


 近づく。


「これはお前がやったのか?」


 問い。


 返事は、遅れて返ってくる。


「……お姉ちゃん」


 宵は、顔を上げない。


「ねぇ」


「起きてよ」


 揺らす。


 優しく。

 壊れ物みたいに。


 ナリマサは、視線を落とす。


 抱えられている方を見る。


 ——動かない。


 血に濡れている。


 死んでいる。


「……それ」


「誰だ?」


 宵の口が、ゆっくり動く。


「お姉ちゃん」


「そうじゃない。名前は?」


「……ねこ。げつばくねこ」


 たどたどしく。


「わたしの……だいじな、おねえちゃん」


 一拍。


「でも……ぜんぜん、起きないの」


 ナリマサの目が、わずかに細まる。


「……月縛、猫」


 その名前で。


 思い出す。


 今回の任務。

 保護対象。


 ——猫と、その娘。


「……あー」


 頭をかく。


「これ……失敗してんじゃん」


 ぼそりと。


 そのまま、猫を見る。


 そして——


 ふと、思い出す。


 男の顔。


 笑っていたやつ。

 最後まで、立っていたやつ。


「……あいつのか」


「はぁ……こっちも引かなかったのか」


 小さく、呟く。


 視線を、遠くへ向ける。


 丘の上。


 小さな影。


 座り込んでいる。


 ——コトリ。


「……今なら」


 ぽつりと。


「回収できるが……」


 一拍。


 沈黙。


 そして——


「……めんどくせぇ」


 吐き捨てる。


 視線を外す。


 その時。


 背後からの視線を感じた。


 振り向く。


 さっきの連中。


 月縛の刺客。


 一人が、前に出る。


 刀を抜く。


 狙いは——


 宵。


「……はぁ」


 ナリマサが、ため息をつく。


「俺も任務以外のことはしたくないんだ」


 一拍。


「めんどくせぇからな」


「引いてくれないか?」


 返答はない。


 ただ、振り下ろされる。


 刃。


 宵は——気づかない。


「ねぇ、お姉ちゃん」


「まだ寝てるの?」


 そのまま。


 振り下ろされる——


 その前に。


 ——パンッ


 乾いた音。


 次の瞬間。


 刺客の身体が崩れ、倒れる。


 動かない。


 ナリマサは、再び宵の方を見る。


 そして、猫を見る。


「……どっちが死んでるか、分かんねぇな」


 ぽつりと言う。


 猫の顔は。


 驚くほど、穏やかだった。


 優しいまま。


 止まっている。


「……似てんだよな」


 小さく、呟く。


 サトリの顔が、重なる。


 守ろうとしてた顔。


 同じだ。


 そのまま、少しだけ考えて。


「……まぁ、いいか」


 ナリマサは、宵から猫をそっと引き離す。


 抵抗は、ない。


 ただ、力の抜けた腕が、離れるだけだった。


 猫の身体は、軽かった。


 あまりにも。


 一瞬だけ、手が止まる。


 だが——何も言わない。


 家の中へと戻る。


 軋む床。


 崩れかけた壁。


 その奥に残っていた椅子へ。


 静かに、座らせる。


 髪を払う。

 崩れた姿勢を、少しだけ直す。


 まるで。

 眠っているみたいに。


「これも任務だ」


 一拍。


「保護できなかったからな」


 背を向ける。


 宵を抱え上げる。


 軽い。


 壊れそうなほどに。


 そのまま外へ出る。


 数歩、離れる。


 振り返らない。


 銃を抜く。


 ——パンッ パンッ パンッ


 乾いた音が、響く。


 弾が、木材を砕く。


 崩れかけた柱が、さらに歪む。


 そこへ——


 火を投げる。


 炎が、ゆっくりと広がる。


 最初は、小さく。


 だが、確実に。


 木を、壁を、屋根を、舐めるように。


 包み込んでいく。


 空気が、揺れる。


 熱が、膨らむ。


 ぱち、ぱち、と。


 燃える音が重なる。


 家ごと。


 何もかもを。


 焼き尽くすように。


「……これでいいだろ」


 雑に言う。


 振り返らないまま。


 宵が、顔を上げる。


「……お姉ちゃん」


 炎の中を見て。


「ねぇ」


 叫ぶ。


「お姉ちゃん!!」


 泣き崩れる。


 声は、震えている。


 それでも——


 どこか、噛み合っていない。


 ナリマサは、少しだけ眉をひそめる。


「……おい」


 低く言う。


「ちゃんと見ろ」


 一拍。


「生かされたなら、ちゃんと生きろ」


 宵の動きが、止まる。


 俯く。


 声を出さずに。


 ただ、震える。


 ナリマサは、少しだけ視線を外す。


「……行き場ねぇなら」


 ぼそりと。


「ついて来いよ」


 それだけ言う。


 振り返る。


 歩き出す。


「……ちょうどいい理由が欲しかったんだよ」


 誰に言うでもなく、小さく呟く。


 そのまま、足を進める。


 ふと。


 最後に、振り返る。


 丘の上。

 コトリが、まだそこにいる。


 数秒だけ、見ている。


「……まぁ、いいか」


 それだけ言って。


 ナリマサは、歩き出した。

続きが気になったら、ブクマで追ってもらえると嬉しいです。

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