1話 その約束は、壊れるために
白嶺の里は、いつも通りの昼を過ごしていた。
山々に囲まれた、小さな里。
よその人間では、まず辿り着けない。
――ここは、召喚士たちが暮らす里だった。
村の中央には、召喚の儀式に使われる広場がある。
広場には石碑があり、いつか解読してみたいと、村の人達が口々に話していた。
その広場の先に、里の出入り口がある。
そこの、門番のおじさんに挨拶をするのが古小烏コトリの日課だった。
白嶺の里を出ると、グネグネと曲がりながら登る坂道があり、その先に、白嶺の里を一望できる”星見ヶ丘”がある。
昼下がり、コトリは慌てた様子で、星見ヶ丘へ駆け上がっていた。
「ごめーん!千代!遅れっ……」
勢いよく走ってきたコトリの足がもつれ、ガクっと体勢を崩す。
「うわっ!」
体が前に傾いて——。
「おっと……」
腕を振って、なんとか踏みとどまる。
心臓が一度、大きく跳ねた。
「ちょっと、手伝いしてて……」
「ちょっと?」
幼馴染の宮尾千代が腕を組む。
そのままぐっと近づき、影が少しだけコトリにかかる。
「朝、待ち合わせしたよね?」
「……はい」
コトリは目を逸らし、足元の石を軽く蹴る。
「今何時かわかる?」
「うーん……お昼過ぎ、かな?」
「かな、じゃないの。お昼過ぎてるの」
ぴしっと言い切る。
コトリは肩をすくめる。
「でもね。あや婆が重そうな荷物持っててね」
両手を広げて、大きさを示す。
「いや、実際、相当に重くて……」
「また?」
千代がため息をつく。
「どうせいつものガラクタでしょ?」
「どうだろう。でも子供たちには人気なんだよ」
「それは知ってるけどさ」
一歩、距離を詰める。
軽く額を小突く。
「だからって、そのせいで遅れるのはよくないよね?」
「はい……ごめんなさい」
素直に頭を下げる。
銀色の髪がふわりと揺れる。
「ほんと、古小烏はお人好しだな」
「それ苗字で呼ぶのやめて!」
顔を上げる。
頬が少し膨らんでいる。
千代がふっと笑った。
「……まぁ」
少しだけ視線を逸らして。
「コトリのそういうとこ、好きだけどね」
「……え?」
足が止まる。
呼吸も、ほんの一瞬だけ止まる。
長い黒い髪をくるっと振り、千代はそのまま背を向けた。
「ほら、行くよ」
「あっ、ちょっと待ってよ!」
慌てて駆け寄る。
並んで歩く。
足音が、自然と揃う。
並ぶ屋根。
ゆらゆらと上がる煙。
遠くで動く人影。
風が頬を撫でる。
あたたかい。
胸の奥が、少しだけほどける。
――その時。
「コトリー!」
声が飛んでくる。
声の出どころがわからず、コトリの視線が泳ぐ。
「……はぁ、やっと見つけた」
草をかき分けて、少年が飛び出してきた。
膝に手をつき、肩で息をする。
「あっ、相沢じゃん」
先に気付いた千代が声をかける。
「なんで苗字?」
相沢ハルは、すぐに返す。
「ハル?どうしたの?」
「はー、はー……え?なんだっけ……」
額を押さえ、考える。
「すっごい走ったから……ちょっと待って……」
深く息を吸って、吐く。
もう一度。
「あっそうだ!」
ぱっと顔を上げる。
「誕生日!明日だろ?」
「あー、誕生日」
「あーじゃないよ!召喚の儀式!」
コトリは少し照れながら頷いた。
「何が出てくるか楽しみだよな!」
ハルが指を折りながら、真剣な顔で続ける。
「トカゲか、カエルか、いやっ、イグアナの可能性も!?」
「……なんで爬虫類ばっかりなのよ」
千代が呆れた様子でハルを見る。
「俺、爬虫類好きなんだ!」
「知らないわよ」
その様子をみて、コトリがクスリと笑う。
それにつられて千代とハルも笑う。
三人の声が、星見ヶ丘の空気に馴染む。
「でも、コトリは、人型の可能性高いよ」
千代が確信した様子で続ける。
「なんせ、サトリさんの娘なんだから」
「ちょっと、緊張するからやめて!」
コトリが手を上げ、恥ずかしそうに俯く。
「いいなぁー!俺も早く儀式したいなぁ」
「ハルももうすぐでしょ?」
「いや、そうだけど……」
少し視線が泳ぐ。
「で、あんた何しにきたのよ?」
千代が、ハルに聞く。
「……え? 応援に来ただけだぞ」
「わざわざその為だけに来てくれたの?」
「当たり前じゃん!」
一歩踏み出す。
「友達だろ」
その一言で、コトリの表情が柔らぐ。
「……ありがとう」
「まぁ、緊張はしてるけど」
空を見上げる。
「お父さんもいるし、不安は無いかな」
「ハルと違ってコトリは案外冷静なのよ」
千代が腕を組む。
「なら良かった」
ハルが肩の力を抜く。
「でもね……初めての召喚はめっちゃ怖いよ」
「 「え?」 」
同時に顔を上げる。
「なんか出てくるしね」
さらっと言う。
「それは出てくるだろ。召喚なんだし」
即座に返す。
「ふふふ。千代は面白いね」
「でしょ」
少し得意げに笑う。
「まぁ……でも」
千代が少しだけ声を落とす。
「コトリなら大丈夫だよ」
「どうして?」
「コトリはおっとりしてるけど」
「真面目だし、大丈夫」
「褒めてる?」
「褒めてる褒めてる」
手をひらひら振る。
「うたがわしいな」
小さく笑う。
「でも、ありがとう」
「……どういたしまして」
そっぽを向く。
「ハルもありがとう」
「えへへ!」
頭をかく。
「頑張れよ」
「うん」
頷く。
「頑張る」
――その時。
足元の土が、ぼこっと盛り上がった。
空気が、ほんの一瞬だけ揺れる。
「うわっ!?」
一歩下がる。
次の瞬間——。
土煙と一緒に、少女が飛び出してきた。
クリーム色の髪はぼさぼさに跳ね、顔にも、服にも土がついている。
小麦色の肌に、元気の塊みたいな笑顔。
地面から、そのまま飛び出してきたみたいだった。
「千代ー!大ニュース!」
「モグ……何?」
千代が眉を寄せる。
「もう少し興味持ってよ!」
モグはしゃがみ込み、地面を叩く。
「わぁーどうしたの?」
千代は、明らかにやる気のない声で言った。
抑揚が、ほとんどない。
「ふふふ」
「いいねいいね」
「あのね、ここまで穴掘ってきたんだけど……」
トントン、と足で叩く。
「モグラなんだから普通じゃん」
「いやそうじゃなくて……!」
顔をぐっと近づける。
「すっごい広い空洞があったんだよ」
「もう、それはそれは広いの」
両手を大きく広げる。
「へぇー」
千代が流す。
「……で?」
「で?じゃないよ!」
モグが地面を叩く。
——ドン。
少し重い音。
その振動が、わずかに足に伝わる。
「出口が無いんだよ」
「どこまでも続いてるみたいな」
「どこまでもってどこよ?」
「わかんない」
「でも、地下なのに、風が吹いてるんだよ」
一瞬。
風が通り抜ける。
さっきより、少しだけ冷たい。
どこか、奥から吹いてくるみたいに。
コトリは無意識に腕をさする。
「……それ、なんか嫌だな」
ハルが苦笑する。
コトリも、小さく頷く。
胸の奥が、少しざわつく。
「それより」
千代がため息をつく。
「その状態で話すのやめて」
モグの服を指さす。
「土落としてからにして」
「えーっ!?」
動いた拍子に土が舞う。
「ほら飛んでる」
「ふふふ」
コトリが笑う。
「なんかいいね」
「何が?」
「こういうの」
三人を見る。
この空気。
この距離。
全部、ここにある。
「そうかな?」
「なんかわかる」
「でしょ」
少し照れる。
「ねぇ……」
声を落とす。
三人の視線が集まる。
「私たちってさ」
一拍。
風が止まる。
「これからも、ずっと一緒かな」
今度の風は、少しだけ冷たい。
「当たり前じゃん」
ハルが言う。
「こんな田舎だし、他に行くところも無いでしょ」
「それが理由!?」
千代が笑う。
「まぁでも」
少し真面目な顔で。
「一緒でしょ」
「……約束ね」
コトリが小さく言う。
「なにコトリ……寂しいの?」
「違うよ!」
慌てて首を振る。
「嬉しいの」
「みんなで楽しく過ごせるのが」
一瞬、間。
「……遅刻したくせに」
「ごめんってば!」
「ふふ……まぁいいよ」
「許す」
「俺たちはずっと友達だ!」
「約束する」
「……そうね」
千代が頷く。
「約束」
その言葉は、あまりにも当たり前で。
あまりにも軽くて。
だからこそ——。
壊れるなんて、思いもしなかった。
——このあと、すべてを失うまでは。
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