第20話「壁」
東京 2022年11月
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1. 新しい問題
リハーサルが順調に進んでいたある日、健一さんが重い表情で私たちを集めた。
「みんな、話がある」
スタジオに集まった20人近いダンサーたち。イリーナ、真由美、私、そして新しく参加した若いダンサーたち。みんな、健一さんの顔色を見て、何かがおかしいと感じていた。
「公演の経費についてなんだけど...」
健一さんは、一枚の計算書を掲げた。
「会場レンタル費、照明・音響スタッフの報酬、衣装代、広告費、ビデオ・写真撮影のカメラマン報酬...ざっと計算したら、総額で700万円近くかかる」
ざわめきが広がった。
「それを、出演者で頭割りすると...」
「一人、30万から40万円」
その言葉に、スタジオが静まり返った。
2. 反発の声
「ちょっと待ってください」
声をあげたのは、最近参加した若いダンサー、美咲だった。彼女はまだ20歳で、バレエを続けるためにアルバイトをしながらレッスンを受けている。
「このお金で、フォークダンスみたいなオリジナル作品をやるんですか? 私、そんなの嫌です」
「美咲...」
「だって、30万も払うなら『ライモンダ』みたいな有名な作品をやりたいですよ。それなら価値がある。でも、オリジナルでフォークダンスの要素を入れただけの作品に、そんな大金を払えるわけないじゃないですか!」
彼女の言葉に、何人かのダンサーがうなずいた。
「確かに...」
「私も、そう思う」
「お金を払う価値があるのは、ちゃんとした作品ですよ」
3. 対立の構図
「でも、『ライモンダ』をやるには、もっと人数がいるし、衣装も大がかりだよ」
別のダンサーが言った。
「それに、オリジナル作品だからこそ、私たちのメッセージを込められるんだ」
「メッセージ? そんなの、お客さんには伝わらないよ」
美咲が反論する。
「お客さんが見たいのは、ちゃんとしたバレエなのよ。私たちの事情なんて、関係ない」
「美咲の言うこともわかるけど...」
「じゃあ、どうするんだ? 30万払って、誰も知らないオリジナル作品をやるのか?しかもフォークダンス!」
スタジオに、緊迫した空気が流れた。
4. イリーナの意見
「静かにして」
イリーナが立ち上がった。彼女の声は、冷たく、そして力強かった。
「お互いに感情的になるのはやめよう」
彼女は、計算書を見つめながら言った。
「確かに、30万は大きな金額だ。でも、これはバレエダンサーにとって、決して特別なことではない。子どもの頃から、発表会で同じくらいのお金を払ってきたはずだ」
「でも...」
「街のバレエ教室の発表会でも、衣装代や会場費で25万から40万かかる。私はロシアでも、日本でも、何度もその経験をしてきた。この金額は、バレエの世界では『普通』なんだ」
イリーナの言葉に、美咲は口をつぐんだ。
5. 美咲の本音
「でも...」
美咲が、小さな声で言った。
「私は、ずっとそのお金を払ってきた。子どもの頃から、発表会のたびに親にお金を出してもらって。でも、今はもう大人だ。自分で稼いで、払わなきゃいけない」
彼女の声が、震えていた。
「それなのに、このお金を払って、誰も知らないオリジナル作品をやる意味が、私にはわからない。有名な作品なら、それだけで価値がある。でも、オリジナルは...」
「美咲」
真由美が、彼女の手を握った。
「私も、同じ気持ちだよ。でも、私たちはただの出演者じゃない。この作品を作る側なんだ」
「作る側?」
「そう。有名な作品を踊るだけじゃ、私たちの想いは伝わらない。でも、オリジナルなら、私たちの言葉を込められる。それに、お客さんだって、新しいものを見たいと思ってる人もいるはずだ」
美咲は、しばらく黙っていた。
6. 健一さんの決断
「少し、時間をくれ」
健一さんが言った。
「この公演の方向性について、もう一度考え直す。明日、改めて話そう」
その日は、解散となった。
スタジオを出る時、美咲が私に言った。
「舞は、どう思う?」
「私は...」
(正直に言えば、私も迷っている)
(でも、この公演に込めた想いは、本物だ)
「私は、やる価値があると思う。たとえお金がかかっても、この公演で伝えたいことがあるから」
「そう...」
美咲は、それ以上何も言わずに去っていった。
7. 健一さんの提案
翌日、健一さんは新しい提案を持ってきた。
「作品の第一部を、『ライモンダ』や『白鳥の湖』の有名な抜粋にしよう。あるいは1演目を全幕か。そして、第二部をオリジナル作品にする。それなら、お客さんにも馴染みがあって、私たちのメッセージも伝えられる」
「それって...」
「みんなが納得できる方法を探すのが、リーダーの役目だと思う」
スタジオに、安堵の空気が流れた。
「それなら、いいです」
美咲が言った。
「お金を払う価値があると思います」
8. 経費の問題
「でも、経費は変わらないよ」
別のダンサーが言った。
「会場費も、スタッフ報酬も、カメラマン代も。衣装はチャコットのレンタルで1着3〜8万かかる。30万は、削れない」
「わかってる」
健一さんはうなずいた。
「でも、この公演が成功すれば、次のステップにつながる。投資だと思って、前を向こう」
「投資...」
「そう。自分自身への投資だ。バレエダンサーとして、これからも生きていくために」
その言葉に、みんながうなずいた。
9. 新たな決意
「わかった」
美咲が言った。
「私も、参加します。30万、払います。でも、その分、最高の舞台にしましょう」
「美咲...」
「有名な作品も、オリジナルも、どちらも全力でやる。それが、私たちの責任だ」
拍手が起こった。
「みんな、ありがとう」
健一さんが言った。
「これで、前に進める」
10. 壁を越えて
その日から、リハーサルは再び活気を取り戻した。
有名な作品の抜粋と、オリジナル作品の両方を練習する。負担は増えたけれど、みんなの目は輝いていた。
「ねえ、舞」
リハーサルの後、美咲が声をかけてきた。
「さっきは、ごめん。感情的になって」
「いいよ。みんな、それぞれ事情があるから」
「うん。でも、私たちは同じ舞台に立つんだよね。だったら、協力しなきゃ」
「そうだね」
私たちは、笑い合った。
(壁は、まだある)
(でも、それを乗り越える方法は、きっとある)
(それが、私たちの成長なんだ)




