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白夜のアラベスク 〜ワガノワ、戦争、そして私たち〜  作者: はまゆう


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17/21

第13話「キーウからの知らせ」

東京 某バレエスタジオ 2022年5月下旬


---


1. スマホの通知


その日は、いつも通りスタジオでのレッスンが終わった後だった。


更衣室でスマホを開くと、ニュースアプリの通知が目に飛び込んできた。


「キエフ・バレエ団プリンシパル、戦闘地域で死亡」


私はその見出しを、何度も読み返した。


間違っているはずだ。誰かの間違いだ。そんなことが、あっていいはずがない。


でも、記事を開くと、そこには確かに彼の名前と写真があった。キエフ・バレエ団で長年ジュリエットを踊り続けた、あのプリンシパルダンサーの笑顔。


彼は、ウクライナ軍に徴兵された後、前線で戦っていたという。そして、帰らぬ人となった。


「舞? どうしたの?」


更衣室に入ってきたリンさんが、私の顔色に気づいた。


「何かあった?」


「...キエフ・バレエ団のダンサーが、戦争で亡くなったって」


私の声が、震えた。


リンさんの顔から、一瞬で血の気が引いた。


2. その衝撃


その夜、私はベッドの上でスマホを見つめていた。


SNSには、彼の追悼の言葉が溢れている。世界中のバレエファンが、彼の死を悼んでいる。


でも、私の頭の中は、それだけではなかった。


(アーニャは、このニュースを知っているだろうか)


(彼女は、このダンサーを知っているかもしれない。同じウクライナのバレエ団で、一緒に踊ったことがあるかもしれない)


スマホを開いて、アーニャとのメッセージ画面を表示する。


前回のメッセージから、もう何週間も経っている。


「アーニャ、元気?」


打って、消す。打って、消す。


何て送ればいいのか、わからなかった。


「大丈夫?」と聞くこと自体が、残酷な気がした。彼女が大丈夫なわけがないのに。


3. スタジオの話題


次の日のレッスン、スタジオの空気は重かった。


誰かが、そのニュースを知っていた。誰かが、口を開いた。


「キエフのプリンシパル、知ってる? あの、美しいジュリエットを踊ってた人」


「知ってる。私、彼の舞台を観たことがある」


「まさか、こんなことになるなんて...」


私たちは、言葉を失っていた。


イリーナは、スタジオの隅で黙ってストレッチをしていた。彼女の顔は、青ざめている。


彼女はロシア人だ。でも、彼女はこの戦争を望んでいない。


「イリーナさん...」


声をかけようとしたけど、やめた。何て言えばいいのか、わからなかったから。


4. ランの言葉


レッスンの後、ランが私のところに来た。


「舞、少し話せる?」


「はい」


私たちはスタジオの隅に座った。ランは、静かな口調で言った。


「辛いニュースだったね」


「はい...」


「私も、キエフ・バレエ団の公演を観たことがある。あのプリンシパルの踊りは、本当に美しかった」


ランの目が、少し潤んでいる。


「でもね、舞。彼はバレエダンサーである前に、一人の人間だった。そして、自分の国を守るために戦うことを選んだ。それを、私たちは尊重しなければならない」


「でも...」


「悲しい。それは当然だよ。でも、彼の死を無駄にしてはいけない。私たちは、踊り続ける。それが、彼への弔いになるかもしれない」


ランの言葉が、ゆっくりと私の心に染みた。


5. イリーナの告白


数日後、イリーナが私に話しかけてきた。


「舞、少し時間ある?」


「はい」


私たちはスタジオの近くのカフェに行った。イリーナはコーヒーを一口飲んでから、話し始めた。


「キエフのニュース、見たわ」


「...はい」


「私はロシア人だから、何て言えばいいのかわからない。でも、言わせてほしい。私は、この戦争を支持していない」


イリーナの声が、震えた。


「ロシアにいる友達は、『特別軍事作戦』を支持している人もいる。でも、私は違う。人の命が奪われる戦争に、賛成できない」


「イリーナさん...」


「日本に逃げてきて、良かったと思っている。でも、同時に罪悪感もある。なぜ私は逃げてきて、彼は戦って死ななければならなかったのかって」


彼女の目から、涙がこぼれた。


私は、何も言えなかった。ただ、彼女の隣に座って、その涙を受け止めることしかできなかった。


6. アーニャからの連絡


その夜、ついにアーニャからメッセージが届いた。


「ニュース、見た」


たった一言。


でも、その言葉の重みを、私は痛いほど理解した。


「アーニャ、大丈夫?」


「大丈夫じゃない。でも、生きてる」


「それだけで十分だよ」


「ありがとう。でも、私たちは踊り続ける。彼の分まで」


そのメッセージを読んで、私は泣いた。


アーニャは、ウクライナにいる。爆撃の危険がある場所にいる。それでも、彼女は踊り続けると言う。


私たちが、ここで止まっているわけにはいかない。


7. 決意


翌朝、私はランのところに行った。


「ランさん、私、公演に出ます」


「...決心したんだね」


「はい。アーニャが『踊り続ける』と言ったから。私も、踊り続けます。彼女の分まで、そして、亡くなったダンサーの分まで」


ランは、優しく微笑んだ。


「それが、私たちの戦い方だね」


「はい」


私はスタジオの中央に立った。


鏡に映る自分の姿を見る。


ワガノワで学んだこと。帰国してから出会った人たち。アーニャからのメッセージ。


全てが、私の中でつながった。


「さあ、練習しよう」


ランの声に、私はバーについた。


かかとを前に。


骨盤から。


音楽に乗って。


今日も、踊る。


それが、私たちの生きる証だから。


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