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最後の王子  作者: 秋山らあれ
13/13

13.後日





 _____________メインデルト、春



 北国メインデルトの民は皆、春を唄う鳥達が南方の国から戻って来ると、春の到来を口々に喜び合う。融けきらぬ雪の狭間からは、数えきれない程の小さな芽が顔を覗かせる。彼等はこれから、恐るべき再生力により力強く天を仰ぎ、そして花を咲かせ、来春へと繋がる生命力を産み出すのだ。小さなもの達には、実に人間の想像を絶する程の驚くべき力が秘められているのだが、愚かな人間達は意にも止めない。

 木々の間を、美しい声でけたたましい程に囀り飛び回る鳥達は、決して春の訪れを唄っているわけでは無いのだ。彼等は皆、次代に続く生命の為に、争いの声を上げているに過ぎないのだ。


 クルトニア帝国軍によるメインデルト侵略は、結局の処、最高司令官の頓死により失敗に終わった。司令官の弟であった第五皇子アルディスは、兄皇子の死後、降参し捕われの身となったが、その翌日未明獄中で自害した。彼は細身の短剣で自らの喉を一文字に掻き切っていたという。皇子の遺骸の傍らに毒薬の仕込まれた小さなペンダントの落ちているのが見付かったが、それが使われた形跡は全く無かった。恐らくは苦しんだであろう筈だが、皇子の双のまなこは緩やかに閉じられており、首の深い傷さえ無かったなら、その穏やかな表情は眠っているが如きだったという。

 又、クルトニアの参謀であったブラコフ候の死に様は壮絶であった。皇子アルディスの自害から幾らも立たぬ日、彼は獄中の壁に自らの頭を幾度も打ち付け、そうして自らの頭蓋をかち割り息絶えたという。

 

 第五皇子の自害は、重臣達の間で激しい議論の醸し出される元となった。殊、彼に短剣を与えたのが誰あろう、当時はまだ王女の身であったアムリアナ女王であった事が周囲の知る処となり、臣達から強い反感と怒りを買う事となった。当時、何の言い訳も釈明もしなかった女王に代わり、その場を納めたのは女王の守役を務めるルデラント卿であった。


 暦が移り変わり新たな年が訪れても、クルトニア側が何らかの動きを見せる事は無かった。メインデルトに取っては都合の良い事であり、その緊張状態の中メインデルト側は国の守りを着々と固め、その上かなりの人数の傭兵を雇い入れる事も出来た。だがそれも結局は、春の訪れの遅いこの北国を被う雪が減り始めた頃には必要の無い事となった。大陸一の軍事国家と唄われたクルトニアは、東の王国ロイドバルドの手に落ちたのだ。あまりに呆気無い帝国の終焉であった。

 ロイドバルド王はその折、クルトニア皇帝は無論の事、帝家筋の者は女子供に至るまで残らずその命を奪ったと伝えられる。ロイドバルド獅子王の残虐な素顔と極東のロイドバルドの、それまで謎に包まれていた脅威が大陸中に知れ渡るのは、実にクルトニア帝国滅亡のその折の事であった。


 ロイドバルド側は又、メインデルトに対しクルトニアの二人の皇子の首級の引き渡しを要求して来た。その態度は決して威圧的なものでは無く、雪の融け切らぬメインデルトを訪れた使者達は、亡きメインデルト前王と王太子の首級を持参していた。  

 メインデルトは第四皇子並びに数人の上官等の首級を引き渡したが、第五皇子のそれはとうとう引き渡さなかった。女王が頑強に拒んだのである。ロイドバルドの使者は、始めの内は穏やかながらも首級の引き渡しを強く要求し続けていたが、女王直々の丁重な懇願に折れ、皇子の遺体検あらためのみを行いメインデルトを後にした。





 その日、ルデラント卿は太陽セラが姿を見せる前に目覚めた。前王と前王太子の首級も無事に棺へと納められ、長々と続いていた弔いの儀式も漸く終わった。

 彼はふと思い立つと、起き上がり自分でさっさと身支度をし、王城内に与えられている自室を出た。途中花瓶に活けられていた花束を丸ごと引き抜くと、それを片手に抱えて外に出た。薄暗い庭園を突っ切り、やがて小さな木立の中へと彼は姿を消した。

 早起きな小鳥達の囀りの中、ルデラントは迷わずどんどん奥へと歩いて行く。その先はちょっとした空き地へと続いており、そのちょうど中央にある石碑の上には、花びらの落ちかけた花々が散らばっていた。石碑はごく新しいものであった。


 ルデラントは思い起こしていた。アムリアナ姫の、苦し気に声を押し殺して泣きじゃくっていた姿を...。あのクルトニアの皇子がアムリアナに向けていた哀し気な、それでいて愛し気だった瞳と、その不思議な程に穏やかであった死に顔を.....。その冷えた亡骸を、アムリアナは事情を知るルデラントと、ほんの数人の従者のみに手伝わせ、自らの手で棺に納め、故人の物であった長剣をその手に握らせた。

 重臣達の再三の説得にも拘らず、アムリアナが最後までアルディス皇子の棺をロイドバルドに引き渡さなかった時、臣達の中にはあからさまに激怒しだす者達もいた。そしてクルトニア皇子の棺をメインデルト城内に納める事に賛成する者は一人としていなかった。誰もが猛反対をした。当然の事であった。結局ルデラントの執り成しにより、皇子はこの木立の奥へと埋葬されたのである。


 ルデラントは手にしていた色とりどりの花束を石碑の上にそっと置くと、その表面にそっと触れた。刻まれた文字を指でなぞる。

 「“心清き者、心穏やかなる者、

    シルキア王家最後の王子ここに眠る”.......か...」

 ルデラントは、声にならない程の声で石碑に刻まれた文字を呟いた。

 シルキア王家最後の王子_______、アムリアナ姫の希望により、石碑にはそう刻まれた。間違ってもクルトニアの名を刻む事は出来かねたであろう。彼の名も、アルディス・ユーリディンとしか刻まれなかった。そして一節の詩が刻み込まれていた。異国語の詩であった。シルキア王家に伝わって来た詩なのだと、アムリアナはルデラントに語った。彼の脳裏に木の実色の瞳と、同じ色の髪をした青年の姿が浮かんで消えた。敵であったにも拘らず、今では憎しみをこれっぽっちも感じる事の出来ない人物であった。年の頃は、太陽セラが辿るこの天の道のりの一回り分さえも違わなかった。彼を思う時、ルデラントの胸の内には哀しみ以外の感情は浮かんで来ない。


 日が差し始めた頃、ルデラントは人の気配に後ろを振り返った。侍女かしずきを一人連れただけのアムリアナが、花を抱えてひっそりと立っていた。ルデラントは微笑み、無言で頭を下げた。アムリアナは軽く手を挙げ侍女を下がらせると、石碑の前まで歩み寄り、抱えていた花束をそっと供えた。

 「やはり、貴方だったのね、こうしてユーリの元を訪れてくれていたのは....」

 喪服を身に纏うアムリアナは、石碑を見詰めたまま遠い瞳をしていたが、やがてルデラントを振り返って微笑んで見せた。

 「ありがとう、エイドリアン」

 「私だけではありませんよ、陛下」

 「え?」

 アムリアナは微かに首を傾げた。金色の巻き毛が揺れた。

 「下働きの者の、幼い娘達もよくここに足を運んできます。何でも嘗て、アルディス皇子は凍えていたその子供達に御自分のマントを与えた事があったとか...」

 「そう....」

 柔らかな笑みを浮かべたままルデラントの言葉に相槌を返すアムリアナの表情に、然程の変化は見られなかった。唯、翳りのある物静かな微笑みを浮かべるのみ。


 「ねえ、エイドリアン」

 「はい、陛下」

 アムリアナは石碑に腰掛け、愛し気にそれに触れながらルデラントを見上げた。

 「ユーリの言う通りになったわね」

 「は....?」

 「クルトニアは滅びた。ユーリが言った通りに.....」

 ルデラントは、アルディス皇子の別れ際の言葉を思い起こし頷いた。確かに皇子の言った通りになった。アルディス皇子はそれを見通していたのだ。流血は流血を生み...、略奪する者は略奪される....。侵略に侵略を重ね、略奪の限りを尽くしたクルトニアは、結果攻め滅ぼされた。あの言葉を呟いた皇子は、一体どんな思いで生き、どんな思いで他国の侵略に手を染め、血に手を染め、そして死んでいったのであろう....。囚われの身となった時、生に縋り付く事を拒み、死を望んだ皇子の胸の内の一端が、ルデラントには分かる様な気がした。


 アムリアナは空を見上げ、木々の間から差し込んで来る光に蒼い瞳を細めた。

 「美しいお天気になりそうね」

 彼女は唄う様にそう言うと、立ち上がってマントを払った。

 「少し歩かないこと?エイドリアン」

 「よろしいですとも、陛下。喜んでお供致しましょう」

 アムリアナは微笑み片手を差し出した。その手を取るとルデラントは眩しそうに瞳を細めた。メインデルトは再生する。新たな君主を頂き、侵略の傷痕から力強く立ち上がろうとしている。このうら若い女王の支えになりたいと、ルデラントは思う。そして生涯守りたいと......。

 メインデルトの遅い春は、漸くその地を訪れた様であった。


 


  最後の王子   終

 

 最後までお付き合い下さいましたお心広い奇特な皆様、心よりお礼申し上げます。そして、後味の悪い思いをされている皆様には、心よりお詫び申し上げます。


 これは元々、ある物語のサイドストーリーとして書いた物でありました。ですが読み返してみましたら、別に本編無しでも充分話は通じるじゃあないか!と思い、今回皆様にご披露させて頂いた次第です。尤も本編では、アムリアナは元より、アルディス、エドキス兄弟も名前しか登場致しませんが.....。いつか本編の方も皆様にご披露出来たらと思っております。


 それでは、皆様のご幸福を祈って.....

 秋山らあれ

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