07 治してあげる
07 治してあげる
リリーは速歩で馬場を何周も走り、少しだけ駈歩をさせた。それから常歩で馬場を回り、手綱を緩めて馬の好きに歩かせた。
馬の背中から、四本の足の動きが伝わってくる。リリーが少しだけ治療して痛みを取り除くと、歩き方が安定した。
馬に揺られながら、リリーはロバートのことを考えた。
剣術の試合は、リリーの競技時間と重なっていた。長距離競技は朝一番に出発し、その参加者たちが走っている間に、ほかの競技の予選が行われるのだ。
だが、翌日の決勝なら応援に行ける。
(いつも気を遣ってくださるロバート様のために、競技中に負傷したら、こっそり治してあげるといいのでは?)
リリーは馬の背で、その考えを気に入った。
(そうだ。そうしよう。ペン軸を持っていかなくちゃ)
ロバートが優勝するのは難しいかもしれない。それでも、もし優勝したら、婚約者として祝福しに行こう。
そう考えると、馬にブラシをかけている間も、リリーはにやにやしてしまった。
その晩、リリーは父に声をかけた。
「お父様、競技会に出る馬を、学院の厩舎に預けたいのですが」
「なんだ! 好きにしろ」
父はリリーの話を最後まで聞こうとしなかった。
「はい、学院の厩舎に」
「好きにしろと言った」
「はい」
リリーが返事をすると、兄のパーシーが口を挟んだ。
「あの馬を連れていくって? 引いていくのか? ご苦労だな」
アナベルがパーシーに尋ねた。
「馬を引くって? お兄様がしてくれる、あれのことですか?」
最近、アナベルは馬に乗っているようだった。ただ、馬の背に乗り、誰かに引いてもらっているだけらしい。それでも、多少の運動にはなるのだから、リリーはよいことだと思っていた。
「使用人に頼むな。皆、忙しい」
父が言うと、アナベルがリリーを見た。
「お姉様は考えなしですね」
どこかで聞いた言葉だった。リリーはすぐに思い出した。侍女がリリーの悪口を言うときに使っていた言葉だ。
あの日、侍女たちはそう言っていた。
「ほんとに考えなしよね。十分で終わるお茶会の準備をさせるなんて」
(アナベルの前でも、あんなことを言っていたのね)
パーシーも同意した。
「そう、リリーは考えなしだ」
「そんな話はやめなさい」
母が口を挟むと、家族は別の話を始めた。そこにリリーが加わる余地はなかった。
いつものように会話からはじき出されたリリーは、どうやって馬を学院へ連れていくか考えた。
(乗っていくしかないわね)
馬を連れていく当日、リリーは馬車を断り、馬に乗って学院へ向かった。道中は常歩で、馬が痛がらないよう気をつけながら進んだ。
厩舎に近い西門から入り、馬を厩舎に預ける。それから、こっそり少しだけ治療した。
更衣室で乗馬服から制服に着替えると、始業時間ぎりぎりだった。
ナタリーとパトラが馬を見たいと言うので、放課後、リリーは二人を厩舎へ連れていった。
リリーの姿を見ると、馬はうれしそうに顔を寄せてきた。
「触ってもいいよ」
リリーが二人に声をかけたが、ナタリーとパトラは首を横に振り、後ずさりした。
「だって、大きいんだもの」
パトラが言うと、ナタリーもうなずいた。
(こんなにかわいいのに……)
リリーは馬をなでながら、不思議そうに二人を見た。




