23 デザートはムース
23 デザートはムース
リリーは会場の隅へ移動し、ナタリーとパトラとおしゃべりをした。
ロバートのことは、どうでもよかった。いや、どうでもいいと言い切れるほど、気持ちの整理がついているわけでもない。去年、自分が負けさせてしまった人たちのことを思うと、どうしようもなかった。
(考えても仕方ないわ。忘れよう)
「ねえ、リリー。怒らないでね」
パトラが恐る恐る切り出した。
「ロバート様のこと、まだ好きだったりする?」
リリーは驚いて、すぐには返事ができなかった。その様子を見て、ナタリーも心配そうに顔を寄せた。
「気を悪くしないでね。でも……」
「ううん、そんなことない」
リリーは首を横に振った。
「思い出すとむかむかして、思い出してはむかむかして、我ながら馬鹿みたいだけど、全然好きじゃないの。今になると、好きだった気持ちも勘違いだった気がするくらい。ただ、試合が気になっていたのは確か。失敗するところを見たかったから」
「そういうことか」
パトラが言った。
「確かに、あの負け方はないわね」
ナタリーが言うと、リリーはうなずいた。
「そうでしょう?」
「でも、去年が異様だったのかも」
パトラが首をかしげた。
「まあ、剣術が上手いとか下手とか、私たちにはわからないけどね」
ナタリーが肩をすくめた。
話は、やがて卒業とその後のことに移った。
ナタリーには婚約者がいて、いずれ伯爵夫人になる。パトラは、隣国の子爵と話が進んでいるらしい。その人は、こちらの国とあちらの国で手広く商売をしているという。
「ねえ、お節介かもしれないけど、いい人がいるの。紹介したいんだけど」
ナタリーが言うと、パトラも続けた。
「私も」
二人は声を揃えた。
「リリーは美人だし、成績もいいし、魔法も上手だから」
リリーは笑って答えた。
「あのね、まだ内緒だけど、当てがあるの。家族にも内緒」
「リリーがそう言うなら、いいけど……」
「ほんとよ」
ナタリーが身を乗り出した。
「実は、私のお父様はリリーを気に入っているの」
「二人ともありがとう。できるだけ早く、二人には教えるわ」
そう言って、リリーはポーチからペン軸を出して見せた。魔法士として、という意味だったが、通じただろうか。
二人は無言でうなずいた。
そして、楽しみにしていた夕食の時間になった。
メインの皿が下げられるまで、誰も何も言わなかった。それなのに、料理だけは微妙にご馳走なのが、笑いと寂しさを誘う。
(きっと、両親はロバート様を夕食に誘っていたのね。打たれても打たれても負けない、ロバート様を。今年も優勝するだろうって)
リリーは、ちらりとアナベルを見た。
(今日は、アナベルに会っても痛みは消えなかったのよね。ロバート様、残念でしたね)
父は、リリーを気にしているようだった。
(多分、馬のことを聞きたいのでしょうね。でも、話しかけやすくしてあげるつもりはないわ)
デザートはムースだった。大きな型で固めたものが運ばれてきた。食卓で切り分けるつもりなのだろう。華やかなお祝いの席を飾るためのムースだ。
(普段は小さな器に、一人分ずつ固めてあるのに)
リリーはムースが好きだった。お代わりがほしいくらいだ。
(さて、ここでいきなり攻撃してみましょう)
「ロバート様は、お怪我をなさったのですか? 怪我をしてもアナベルがいるから安心でしょうけど」
誰も答えなかった。
「失礼しました。婚約者でもないのに、立ち入ったことを。妹の婚約者ですので、心配でして」
「そうよ、お姉様。図々しいわ。ロバート様は私の婚約者ですわ」
アナベルはそう答えたが、終わりのほうは自信がなさそうになった。
「そうですね。大事なアナベルの婚約者ですね」
リリーがにっこり笑って念を押すと、母が反応した。
「それがね、リリー。よく考えてみたのだけど、あなたはロバート様が忘れられないでしょう?」
「もちろん、忘れていませんよ。名前も顔も、よく覚えています。誕生日に粗末な贈り物をして、それを返せというような人です。忘れるわけないですよ。当たり前でしょう。そのうえ、弱いし」
「ひどいお姉様」
「何てことを言うの」
アナベルと母の声が重なった。
「アナベルは、ロバート様が大事なんですよね」
リリーは母に向かって言った。
「婚約者とのお茶会を終わらせて、密会するくらい、好きで大事なんです。弱くてもいいんです」
「それは……」
母が言いよどんだので、リリーは続けた。
「先ほども、自分の婚約者だと誇らしげに言っていました。弱くても、最初に負けても、ロバート様はアナベルの婚約者です」
きちんと言っておいた。将来性がないとわかった途端に押し付けられては、たまらない。
「それはそうと、リリー」
父が話しかけてきた。
(あら、勇気を出したのね)
リリーは何も言わず、黙って父の顔を見た。




