22 今年の剣術競技会決勝
22 今年の剣術競技会決勝
「おはよう、パトラ」
リリーが声をかけると、パトラは振り向いた。
「リリー、おはよう。ナタリーも、おはよう」
挨拶を交わすなり、リリーは二人に教室の隅へ引っ張っていかれた。
「どうだった?」
パトラが尋ねると、ナタリーも顔を寄せてきた。
「どうだったの? 王子様」
「何よ、ナタリー。馬を見に行ったのよ」
「それにしても、相手が王子殿下だったとは」
ナタリーは胸をなで下ろす仕草をした。
「そうね。でも、あの子、いい家……でいいのかな? とにかく、いいところへもらわれていったわ。名前までもらっているのよ。ジョンっていうの。体も大きくなっていたから、いい調教師がいるでしょうし、かわいがってもらっていると思う。うちにいるより、ずっといいわ」
「よかったね」
パトラはそう言ってから、リリーを横目で見た。
「王子様とは何もなかったの?」
「なかった」
「やっぱり」
パトラとナタリーが顔を見合わせて笑うので、リリーは泣き真似をした。
「ひどいわ」
「そろそろ始まるわ。行こう」
パトラが促すと、ナタリーも応じた。
「うん、行きましょ」
リリーはうなずき、二人と一緒に会場へ向かった。
会場には大勢の人が集まっていた。
(やはり、王子殿下が出るから見物するのよね)
リリーは観覧席を見回し、父とアナベルを見つけた。
(あら、お父様。ジョンを見たら驚くわね。どう振る舞うかしら? ちゃんとできるかしら?)
そこまで考えて、ふと疑問が浮かんだ。
(ちゃんとするって、この場合、どういうこと?)
リリーは父とアナベルがいつも視界に入るよう、体の向きを調整した。
最初に出場したのは、去年も出ていた選手だった。乗っている馬は、別の馬に変わっている。
巧みな手綱さばきで、癖のあるコースを進んでいく。去年、リリーが進路を間違えた、あの変なコース設定の罠にもかからなかった。
(上手ね。私だって、二回目だったら馬を従わせることができるかも?)
ほかの出場者も、やはり皆、上手だった。
そして、ハリソンがジョンに乗って出てきた。
父は不思議そうに見ていた。入場のときにも何か引っかかっていたようだが、今、改めてジョンを見つめ、その顔に驚きが浮かんだ。
(どうするのが正しいのかしら? 気づかないふり? いい馬でしょう、とか何とか言ってみる?)
父の様子に気を取られていたリリーは、慌てて競技場へ目を戻した。
(あっ、ジョンを見なくては)
ジョンは競技を楽しんでいるようだった。ハリソンの指示に応じて動く姿は軽やかで、息も合っている。
一方、父は動揺を隠せずにいた。アナベルがはしゃいで何やら話しかけても、ろくに返事ができないようだった。
(ふん、小心者ね)
しばらくすると、剣術の競技が始まった。本戦だけあって、出場者は全員強そうだった。
二年生の選手と三年生の選手が向かい合う。
試合が始まると、二人は剣を打ち合わせた。互いの剣に阻まれ、なかなか相手の体には届かない。
やがて、二年生の剣が三年生の腕に当たった。三年生は痛そうに後ろへ下がったが、すぐに前へ出て、再び打ち合った。
次は、二年生が打たれた。痛そうだったが、試合は続いた。
そのうち、二年生の動きが遅くなった。三年生の剣がその首元に向けられ、勝負がついた。
続いて、三年生のロバートが登場した。一回戦の相手は、小柄な一年生だった。
その一年生は動きが速かった。それに比べて、ロバートは遅い。どうにか相手の剣に自分の剣をぶつけ、防いでいる。
だが、ついに防ぎ損ねた。剣が脇腹に当たる。
(あっ、終わってしまう)
リリーは急いで治療魔法をかけた。
「いいぞ、ロバート! よく我慢した!」
観客席から声が上がった。アナベルもロバートの名を呼んでいる。
次の一撃は、脇腹をかすめた。ロバートがうずくまってしまい、リリーはまた治療魔法をかけた。
相手の一年生は、首をかしげていた。
(確かに、ロバート様は弱いみたい。全然、打ち合いが続かない)
「いいぞ、ロバート! 耐えろ!」
観客の一人が叫んだ。
「リッチー、決めろ!」
相手を応援する声も上がる。
(治療を止めたら、これが本来の実力なのね。もう手出しはしないようにしよう)
リリーはペン軸を握る手を止めた。
そして、相手の剣が再び脇腹に入り、ロバートは膝をついた。そこで勝負がついた。
ロバートは、どうにか体を起こした。けれど、アナベルは駆け寄らなかった。
(どうして?)
「どうした! それくらいで痛がるな!」
観客席から厳しい声が飛んだ。
「今年はどうしたんだ?」
別の観客が首をひねる。
「あっけないけど、こんなものだよな」
「実力相応だ」
そんな声も聞こえてきた。
リリーは、思っていたほどいい気持ちになれなかった。それどころか、去年の自分がしたことが気にかかった。
これほど弱いロバートを、自分は勝たせてしまったのだ。
(去年、ロバート様に負けた人たちに、悪いことをしたわね……試合に出てきたら治療魔法をかければいいかしら?)
けれど、すぐにその考えを打ち消した。
(いや、そういうものじゃない。どうしよう……)
リリーが悩んでいる間に、競技は決勝戦を迎えた。
騎士団長の息子と、三年生の強そうな選手が対戦する。
二人は何度も剣を打ち合わせ、目まぐるしく位置を変えた。ロバートが負けたからか、アナベルは騎士団長の息子を応援していた。
いつまでも試合が続くのではないかと思っていると、二人の間に審判が入り、引き離した。どうやら、引き分けで二人とも優勝らしい。
(こういうルールがあるのかしら? いいやり方ね)
剣術をあまり知らないリリーにも、はっきりとわかった。この二人とロバートでは、比べものにならない。
(ああ、去年の私を殴りたい)




