19 競技の後で
19 競技の後で
(競技が私に合っていなかったのよ。動く的に当てるだけだったら、得点できたのに)
リリーは声を大にして、そう言い訳したかった。予選の的は動かないものだったから、簡単だったのだ。
「残念だったわね」
ナタリーが、笑いながらリリーを迎えた。
「頑張ったわね」
パトラも、笑顔で声をかけてくれた。
「もう、私には無理よ。あれを避けるなんて」
リリーがこぼすと、ナタリーがうなずいた。
「そうね」
「確かに。乗馬だったら転ばないのにねぇ」
パトラがそう言うと、二人は笑いを堪えきれなくなった。
(友だちなのに)
「もう、いいのよ」
リリーは少しふくれながら、二人と一緒に長距離競技の馬のゴールを見に行った。
先頭の馬は、残り三周だった。第三王子が乗っている、あの馬だ。
リリーは手を叩いて応援した。
最後の半周に入ると、王子は観客に手を振りながら、ゆっくりと馬を走らせた。
(さすが王族。見せどころを心得ているわね)
ゴールした馬が水を飲んでいる間に、王子は下馬した。馬装も自ら解いている。
(手慣れているなぁ)
やがて、最後の馬がゴールした。
表彰式を見ていると、リリーのところへ伝言を携えた者がやってきた。
「ハリソン殿下が、よろしければ馬に会いに来てほしいとのことです」
リリーは二人を誘ったが、剣術の予選を見に行くからと断られた。それで、一人で馬に会いに行くことにした。
今日の剣術は予選なので、ロバートは出場しない。
(リンゴを持ってくればよかったなぁ)
まず王子に挨拶をしようとすると、彼はそれを遮った。
「学院だし、堅苦しいのはごめんだ。私はハリソンだ。リリー嬢と呼ばせてくれ」
「はい、ハリソン殿下。どうぞリリーとお呼びください」
「ハリソンだ」
「はい、ハリソン様」
「だから、様は……」
ハリソンが言いかけたところで、馬がリリーを見て高くいなないた。呼び方の話は、そこで終わってしまった。
リリーが手を差し出すと、馬は喜ぶように顔をすり寄せてきた。
「馬に名前をつけた。ジョンだ。名を呼んでやってくれ」
ハリソンに促され、リリーは馬に呼びかけた。
「ジョン」
すると、ジョンはますます顔をすり寄せてきた。
「殿下。そろそろ、そちらのリリー嬢とお話をさせていただいてもよろしいでしょうか」
近くにいた男が声をかけると、ハリソンはリリーに彼を紹介した。
「リリー、こちらは王宮魔法士部隊の者だ」
「ブルースです」
「リリーです」
リリーが挨拶を返すと、ブルースは話を切り出した。
「先ほどの競技を見まして、ぜひお話をと思いまして」
(あの恥ずかしい様を見て、何を話したいと思ったの?)
リリーは警戒し、ぶっきらぼうに返事をした。
「あの競技ですか? 最下位でしたが」
「いえ、もし打ち落とすだけなら、得点は高かったのでは?」
(ブルースって言ったっけ。この人、見る目があるのかしら)
「どうなんでしょう」
リリーが答えると、ブルースは提案した。
「試してみませんか?」
そして、少し声を落として付け加えた。
「部隊への勧誘なんですよ」
「えっ……それは、嬉しいです」
「訓練場へ行きましょう」
「はい」
リリーはハリソンに退出の挨拶をしようとした。ところが、彼は当たり前のように言った。
「話はついたのかな? では、行こうか」
「殿下もですか?」
驚いたリリーは、思わず尋ねてしまった。
先に歩きだしていたブルースも振り向いた。
「殿下は会場に戻られたほうがよろしいのでは」
「リリーの試験を見守りたい」
「仕方ないですね」
ブルースが苦笑すると、ハリソンはリリーに声をかけた。
「行こう、リリー」
何故か、試験を受けるリリーよりも張り切っていた。
訓練場の端に、リリーは一人で立った。試験を受けるのだから、それは当然だ。
けれど、周囲でボールを投げるために構えている騎士たちのなかに、ハリソンまで混じっていた。
(面白がってる!)
何の合図もなく、試験が始まった。いきなりボールが行き交う。
リリーはペン軸を振り、水魔法でボールを打ち落とした。
左右から、何人もの騎士が同時にボールを投げてくる。飛んでくるボールを見るのも、狙いを定めるのも間に合わない。
リリーは慌ててポーチからピンクのガラス製のペン軸を取り出し、左手でも使い始めた。
打ち落とせたのは、半分と少しだった。
「はい、終わりです」
ブルースの声で、ボールを投げる手が止まった。
(半分か。これは無理ね。せっかく仕事が見つかったと思ったけど、真面目に勉強しよう)
リリーがそう考えていると、ブルースが近づいてきた。
「リリー嬢、素晴らしい。ぜひ、うちに来てください」
「え?」
「合格です。それ以上です。採用です」
「よかったぁ……」
リリーは、うなるような声を漏らしてしまった。
(はあ……本当によかった)
「本決まりにするのか?」
ハリソンが尋ねると、ブルースははっきりとうなずいた。
「はい、本決まりです。書類が整ったら、ミシガン伯爵とお話をします」
「そのときは、私も同席する」
ハリソンの言葉に、ブルースは苦笑いを浮かべた。
リリーは二人のやり取りを聞きながら、喜びをかみしめていた。
(よかった。やった! これで家族から離れられる)




