16 婚約式のお茶会
16 婚約式のお茶会
ロバートとアナベルの婚約を祝うお茶会が開かれることになった。会場はブラックレイク侯爵家だった。
(私の気持ちを、どん底まで落としたいのかしら)
母とアナベルは新しいドレスを注文したが、リリーは学生なのだから制服で充分ということになった。
今の家での扱いを考えれば、当然のことだった。
当日は、実に素晴らしい晴天だった。家族は馬車二台に分かれて侯爵家へ向かった。
両親とアナベルで一台。リリーと兄、弟で一台だった。パーシーもカールも、新調した立派な礼服を着ていた。
家族の中でリリー一人が学院の制服姿だったが、誰も違和感を抱いている様子はなかった。
(ここまで徹底していると、逆に清々しいわね)
一行はかなり早めに到着した。アナベルの身支度の仕上げを、侯爵家でさせてもらうためだった。
通された客間でしばらく待っていると、パーシーとカールはライアンに何やら誘われ、部屋を出ていった。
一人きりになったリリーのもとへ、ブラックレイク侯爵夫人が入ってきた。
「こんにちは、リリー。よく来てくれたわね。このたびの婚約解消の件、申し訳なく思っているわ。あなたがどんな気持ちでいるかも、わかっているつもりよ。でもね、母親としては、どうしても息子の幸せを優先したかったの」
(よくもまあ、そんなことが言えるものね)
謝罪の形は取っていたが、リリーには自己弁護にしか聞こえなかった。
「月に二度のお茶会のほかに、年に二、三回、家族ぐるみのお茶会でもご一緒していたでしょう? でも、そのときのロバートは、あまり楽しそうではなかったの。あなたはいつもうつむいていて、自信がなさそうで……正直に言えば、我が家の嫁としては、少し物足りなく感じていたのよ」
侯爵夫人の前で失礼があってはいけないと、リリーは必死に言葉を選び、一つ一つの所作に気を配っていた。それが、夫人には暗い娘に見えていたのだ。
(令嬢としての礼儀を守っていただけなのに。アナベルのように、あざとく調子よく振る舞えば、ご満足だったのかしら)
侯爵夫人は話を続けた。
「もちろん、あなたに子爵位が譲られると聞いていたから、最初は婚約に賛成していたわ。でも、その子爵位はアナベルに譲られるらしいと耳にしてね。その話をしたら、ロバートは心から喜んだのよ。私は、それでよかったのだと思ったわ」
予想はしていた。それでも、ここまではっきり言われると、不愉快だった。
(つまり、私は子爵位という見返りがあるから選ばれて、それがなくなったら捨てられたのね)
「それに、去年の競技会の剣術のことも聞いたわ。ロバートが言っていたの。『アナベルが応援してくれたから、力が湧いた』って。不思議と、打たれても痛みも怪我も感じず、最後まで戦い抜けたそうよ」
(それこそが、私の治療魔法の力よ)
リリーは心の中で冷たく笑った。
(もう二度と、あなたの息子を勝たせるために手を貸さないわ。ロバート様が大成することはないでしょうね)
「だから……どうか、私たちを恨まないでちょうだいね」
リリーは水魔法で目元に涙をにじませ、しおらしくうなずいてみせた。
「それから、もう一つ。ロバートはね、あなたが嫉妬からアナベルに何かひどいことをするのではないかと、心配しているの」
(あいにく、あの妹のために指一本動かす気もありません)
「もちろん、私はあなたがそんなことをする人ではないと信じているわ。でも、母親だから、つい心配になってしまうの。だから、あなたに憎まれても構わないと思って、今日ははっきり伝えに来たのよ」
(ええ、お望みどおり、しっかりと憎んで差し上げます)
リリーはうつむいたまま、胸の内で言葉を続けた。
(ブラックレイク家との縁は、たった今、完全に切れました。切れましたとも! ああ、なんてせいせいするのかしら)
「お言葉、重々承知いたしました。すべては、至らぬ私が原因でございます。恨んでいないと言えば嘘になりますが、お二人の末永いお幸せを、心よりお祈り申し上げております」
リリーがそう告げると、侯爵夫人は満足げに言った。
「そう。わかっていただいてよかったわ」
夫人はお茶を飲み干し、部屋を出ていった。
確かに、学院に入る前のリリーは暗かった。自分には価値がないと思い込んでいたからだ。
(だけど、あなたの無能な息子を優勝させるくらいの力は、あるのだけどね)
お茶会はかなりの盛況だった。若い参加者が目立つのは、アナベルがクラス全員を招待したためらしかった。
着飾った生徒たちの中には、第三王子のハリソンの姿もあった。
「いやあ、クラスの皆が集まるなら、私も出席したいよ。絶対、楽しいでしょう?」
そう言って笑うハリソンは、アナベルの話していたとおり、気さくな人柄のようだった。
リリーは会場が盛り上がった頃合いを見計らい、前へ出た。
「ロバート様、そして可愛い妹のアナベル。お二人の婚約に、私からお祝いを贈らせてください」
そう言って、水魔法を発動した。
バラ園の上空に、渾身の魔力調整を施した細かな霧雨を降らせる。さんさんと降り注ぐ太陽の光が、無数の水滴を照らした。
次の瞬間、青空に鮮やかな光の帯が浮かび上がった。
虹だった。
「お二人の、幸せへの架け橋です」
リリーが微笑むと、真っ先にハリソンが盛大な拍手を送った。それにつられるように、周囲の貴族たちからも次々と拍手が湧き起こった。
「素晴らしい! なんという見事な魔法操作だ!」
ハリソンが感嘆の声を上げると、拍手はさらに大きくなり、会場を包み込んだ。
リリーは一礼し、そのまま静かに会場の裏へ退いた。
あの虹は、偶然作れるようになったものだった。
水魔法で雨を降らせようと練習していたら、ある日、たまたまきれいな虹ができたのだ。
それを見たクーロとサンデーは大喜びした。クーロは虹の上を何度も渡るように飛び、サンデーはその下をうれしそうにくぐり抜けた。
一羽と一匹が、虹のこちら側とあちら側ではしゃぎ回る姿が、たまらなく愛しかった。
その姿をまた見たくて、リリーは何度も虹を作る練習を重ねたのだ。
(私の最高の魔法だと思っているわ)




