12 客間でお茶会
12 客間でお茶会
次のお茶会は、いつものあずまやではなく、客間に用意された。
リリーが廊下を通ると、アナベルの部屋には母も侍女も集まり、賑やかな声が聞こえていた。アナベルが、友人との約束にでも出かける準備をしているのだろうと、リリーは思った。
いつもどおり、ロバートは少し遅めに到着した。
(今日は約束がないのかしら?)
お茶会らしい服装だった。リリーはいつものように挨拶を交わし、ロバートにエスコートされて客間へ向かった。
ところが、客間には両親とアナベルが座っていた。
リリーが驚いて立ち止まると、アナベルが声をかけた。
「ロバート様、お待ちしていました」
アナベルはロバートの手を引き、自分の隣の席に座らせた。
リリーはますます混乱し、立ち尽くした。
「早く座りなさい」
父に促され、示された席に腰を下ろすと、すぐに話が始まった。
「リリーに話がある。お前の婚約は解消した」
「え?」
リリーは、その言葉の意味を理解するまでに少し時間がかかった。
(解消? 何故?)
だが、答えは目の前にあった。
「はい……」
かろうじて声が出た。
「ロバート殿とアナベルは、前から好意を持ち合っていたようだ。二人から相談されて、私も迷っていたんだが……ロバート殿がアナベルにふさわしいかどうか、わからなかったからな」
父はリリーの反応を確かめるように、顔を見ながら話した。
「だが、今回の競技会で優勝した。将来を嘱望される剣の腕前を持っていると確信できた。それで、二人の願いどおり、婚約させることにした」
(優勝できない程度の人なら、私と結婚させるつもりだったってこと?!)
リリーは膝の上で手を握った。
(優勝したのは、私が……私の力なのに……)
今そう言っても、誰も信じないだろう。
(ロバート様は、ずっと私を騙していたの? 私、学院でもロバート様のためになるならと、勉強を頑張ったのよ。寂しくても、邪魔しないようにしていたのに……)
アナベルとリリーなら、優先されるのはいつもアナベルだった。家族も使用人も、アナベルを一番にしていた。
それでも、ロバートだけは違うと思っていた。婚約者である自分を優先してくれると信じていた。
だが、違っていた。
黙ってうつむいていると、涙が手の上に落ちた。
「わかってくれてよかったわ。あなたの婚約も、また考えるから」
母が言った。
(次ね、ってことね)
リリーの前に書類が差し出された。リリーはそれに署名した。
「お姉様、このあと、ブラックレイク侯爵様もいらっしゃるのよ」
アナベルの言葉を聞き、リリーは退出を求められているのだと悟った。
立ち上がり、短く挨拶した。
「失礼します」
部屋を出ると、廊下でルビーとエメが話していた。
「今回のお茶会は、準備しがいがあったわね」
ルビーが言った。
「ほんと。いつもと違って、十分で終わらないお茶会だもの」
エメが答えた。
ルビーが声を落とした。
「それにしても、気がつかなかったのかしらね」
「そうそう。お茶会を早々に抜けて、アナベル様と会っていたのにね」
エメが楽しそうに言うと、ルビーも笑った。
「でも、これなら冗談ではなく、アナベル様なら複数の夫を持てるかも!」
「まさか。それはないでしょ」
「でも、子どもの頃から、旦那様も奥様もおっしゃっていたでしょ。皆がアナベルと結婚したがるよ、一人に決められないねって」
「そうね。子ども相手の冗談よね」
話は、そのまま子爵位のことへ移った。
「子爵位はリリー様ではなく、アナベル様へ譲るつもりだそうよ」
ルビーが言った。
「ブラックレイク家も、それを期待して今回のことを認めたんでしょ。もともと子爵位目当ての婚約でしょ? そうでなければ、誰がリリー様と?」
エメが言うと、ルビーはうなずいた。
「それもそうね」
リリーは二人の声を聞きながら、廊下を歩いた。
(そうだったのか。私とロバート様の婚約には、私が子爵位をいただくということも大きかったのね)
ブラックレイク侯爵にとって、子爵位を継ぐリリーとの婚約は、次男のロバートを貴族に留める手っ取り早い手段だったのだろう。
(子爵位を継がない私には、価値がないということね)
アナベルと自分を比べれば、男性はアナベルと結婚したいと思うのだろう。そのうえ子爵位までついてくるなら、なおさらだ。
(だから、お父様はアナベルを連れて競技会にいらしたのね。お祖父様は、子爵位は私のものだとおっしゃっていたけれど……)
リリーは唇を結んだ。
(私以外は皆、知っていて、応援していたってことなのね)
裏庭へ行くと、大きなカラスが歩いてきた。
リリーがなでると、カラスは小さく鳴いた。
「クワァ、クワァ」
(治れー)
リリーはそう念じながら、少し強くなでた。魔力と涙が一緒にあふれた。
しばらくすると、カラスは大きく鳴いた。
「クワァー」
翼を広げて飛んでいくと、代わりにサンデーがやってきた。
「ニャーニャ。ニャーヤー」
鳴きながら近づいてきたサンデーを抱き、リリーはなで続けた。柔らかな毛に触れているうちに、心が静まってきた。
(誠実さの表れだと思っていた十分のお茶会は、不誠実さの証だった)
(私だって、アナベルの熱を下げてあげない。それは私の意思。私の意地悪)
リリーは腕の中のサンデーを見つめた。
(私を意識に入れないのは、両親の勝手だから非難はしない。でも、私が同じことをして非難されるのも、ごめんだわ)
サンデーの背を、ゆっくりとなでた。
(目に入れてもらえないなら、入るようにしよう)
そう決めたリリーは、侍女のルビーとエメを呼んだ。




