40. 「四回目も絶対ひけると思うんだよ!」
「そういえばTOP Tubeのピンクガジェットの動画見たよ! あの心霊企画の」
それはあるテレビ番組での収録が終わったあとのこと。
にこやかにそう声をかけてきたのは、その番組でMCを務めていた大物タレントの坂寄亮児だった。
普通なら大先輩からこんな風に声をかけられれば、喜ぶところだろう。
しかし話しかけられた湯藤は、引きつりそうになる顔を必死でこらえた。
「あ、ありがとうございます……」
「いや、俺ホラー好きでよく動画見るんだけど、あれガチだったね!
まさか、ピンクガジェットが心霊動画撮ったってのも驚いたけど、ここまでの絵を撮ってくるなんてほんとすごいなあ! 昔の地上波でもあそこまでの映像はそうそうなかったよ」
「そ、そうですか?」
相手は自分たちの何倍も芸歴が長い大物芸能人であり、大先輩だ。
たじたじになって答えていると、さらに坂寄は興奮した様子で身を乗り出してきた。
「一回目と二回目もすごかったけど、この間のあれ。あのコラボ動画! あれもほんとにエグかったよ!
あんなにはっきり映ってるし、本当に普通の人にしか見えないのに他のカメラには映ってないとかさ。絶対ありえないじゃない、あんなの!」
「あ、あれは、私たちも本当にびっくりしまして……」
コラボ動画の話が出た瞬間、湯藤の顔が誤魔化せないほど硬直した。
自分たちがなにかしたわけではないが、なにせ相手方がこれが原因で軽く炎上騒ぎになっている。しかもいまだに火種はくすぶっていて、完全には消えていない。
触れづらい話題であることは坂寄も分かっているのだろう。
周囲に人がいないことを確かめると、少し声を潜めてからこう聞いた。
「……ここだけの話なんだけど。ピンクガジェット側の動画、お祓いの後、音声がカットされてた部分あったでしょ。あれ、何が入ってたの?」
純粋に驚いた。
ネットの検証スレなどで音声を一部消していることは指摘されていたが、動画のコメントにまでは書かれてはいない。
本当に興味を持って、あのコラボ動画について調べていないとわからないはずの話だ。
まさかそこまで細かくチェックするほど、自分たちの動画を見ているとは思わなかった。
「いや、なんかマズいもんが入ってて消したんだろうなとは思ったんだけど、すごい気になっちゃってさ。
今日たまたまこうして共演できたし、言えない内容なら無理にとは言わないけど」
無理には聞かないと言われても、業界の大先輩にここまで言われて突っぱねるなどできるはずもない。
どうしようか、と湯藤とメンバーが一瞬顔を見合わせる。目線と雰囲気だけで「問題ないところまでなら……」とアイコンタクトを交わし、湯藤はおずおずと口を開いた。
「あんまり詳しくは言えないんですけど……本当にここだけの話にしておいてくださいね」
まぁ相手はとっくに炎上してしまっているし、音声の『中身』まで触れなければ、狩野側のあの映像よりはずっと触れやすい話だった。
「あそこ、女の子の声が入ってたんですよ。
声は私たちの側から入ってるんですけど、でも私たちの誰も口は動いてないし、現場にいた女性スタッフはマネージャーさんしかいなくて……お祓いしてもらった後で、そんな声が入ってるのを流すのはまずいってことでカットしたんです」
「それほんと!?」
おそらくあの映像から心霊現象が起きたに違いないとは思っていたのだろう。
湯藤の言葉を聞いて、坂寄は興奮したように声を上げた。
「しかしすごいね! 三回連続でこれだけ撮れ高掴めるなんて、持ってるねえ!」
「い、いえ……」
「これが二十年前だったらテレビでも特番組んで大騒ぎするレベルだよ、これ。
今じゃ厳しくなりすぎてもうこんな心霊映像、地上波では流せないけどね」
テレビのコンプライアンスが厳しくなったこと、そして精巧なフェイク動画が簡単に作れるようになったこともあり、今ではテレビからは心霊やオカルト系の番組はほぼ消えてしまっている。
昔を懐かしむように惜しんだ坂寄だったが、すぐに気を取り直したようにこう切り出した。
「実は、俺、テレビ日ノ本さんのネット配信でやってる冠番組があるんだけどさ。
けっこう好きにやらせてもらえてる番組なんだけど……俺が心霊番組やりたいって言ったら、今度特番で心霊スペシャル組んでもらえることになってね」
地上波での放送が厳しくなってしまったとはいえ、世間からホラーやオカルトの需要が減ったわけではない。
むしろ誰でも簡単に配信でき、動画を作れるようになったからこそ、『本物』を求める需要は増していた。
では今ではどこから供給があるのかと言うと、動画に限って言えばほぼネットだ。
規制の緩いネット番組や動画配信サービスへと、心霊番組はそのまま移行しているような状態だった。
「よかったらピンクガジェットにオファー出すから、受けてくれないかな? 三回引いたんなら四回目も絶対ひけると思うんだよ! 無理にとは言わないから、よかったら考えといてよ」
そのころ、ピンクガジェットの事務所内では、さすがに心霊企画はもうやめた方がいい、という空気が出つつあった。
確かに動画はバズり、注目を集めることには成功した。
少なからずファンも増えたし、MVの再生数の伸びにもつながったことは否定できない。
だが現場では連続で撮影中断するほどの事態がおき、コラボ動画では相手方の炎上騒ぎさえ起きている。
加えてピンクガジェットの売り出したい方向性としても、心霊企画は明らかにズレていた。
しかし、である。
今回の相手は芸能界の大御所である坂寄だ。
直々の指名オファーを断るとなれば、大先輩の顔を潰すことになりかねない。
ましてや内容だけ言えば断る方がどうかしていると言っていい、破格の良案件だった。
今後の心霊企画はやらないとしても、今回のオファーを断るという選択肢は事務所側にもなかった。
となれば問題は一つ。
誰が行くか、だった。
先方からの希望は、『これまでの心霊企画に参加したメンバーから二人』。
スケジュールの都合上、行けるのは友近、凜子、そして第一弾の企画に参加した津田谷桃の三人。
率先して友近が行くと言ったため、そうなると残り一人。
凜子か、津田谷か。
もちろん凜子は絶対に行きたくなどなかった。
なかったが、話し合いの段階で泣きそうになっている津田谷の顔を見て、自分は嫌だと言えないほどには、凜子はお人好しだった。
「……りんこちゃん、大丈夫?」
「大丈夫じゃない……」
「だよね……」
青褪めた顔で浅い息を繰り返す凜子の背中を、友近が優しくさする。
まだ現地についていないのに、すでにもう限界が近い。
「でもね……どんなに怖い場所でもね、こっちには本物の首が取れた幽霊が憑いてるんだって思うとね、ちょっと強がれる気がするの……」
「それ、毒をもって毒を制そうとしてるだけじゃない? 余計怪我が酷くなるやつだよ」
「言わないで!」
そんな悲壮感漂う決意をもって到着したロケ地は、人里離れた場所にある立派な古民家だった。
夜中に見る日本家屋はそれだけで十分恐ろしい雰囲気はあったが、現役で撮影に利用しているだけあって荒れてはおらず、昼に見ればただの趣のある邸宅にしか見えないだろう。
ロケバスを降りた二人は、いつものように挨拶回りを始める。
共演者である吉原が何故か少し視線が泳いでいた気がして気になったが、心霊企画と言っても概ねいつもの夜間撮影と変わらない雰囲気だった。
そして最後に挨拶に向かったのが、リアクション芸のベテランであり、今回のロケのメイン出演者である三戸部庄蔵だった。
「本日はよろしくお願いします!」
「こちらこそ、よろしくお願いします。大変やね、こんなんアイドルが来るような収録ちゃうでしょうに」
「そんなことないです! いただけるお仕事ならどこへでも行きます!」
芸歴も上の大先輩であるにもかかわらず、若い友近達にも気さくに笑顔で挨拶を返してくれる。
しかし。
「テレビに出てくる心霊映像なんてやらせか勘違いのどっちやから」
からからと笑いながら言われたその言葉に、凜子の顔が引き攣った。
かつてテレビで心霊番組が全盛期だった時代、幾度となく現場を踏んできた三戸部なりの経験則であり、彼にとって幽霊など捏造された存在でしかないのだろう。
だが凜子は知ってる。自身の身で思い知っている。
――誰もいない背後からいきなり掴まれた感触。
――誰も聞いていないのにカメラに入った至近距離の声。
あれはけっしてやらせでも、勘違いでもないと。
しかし大先輩に向かって反論できるはずもない。
なんとか強張った笑みで挨拶を終えたところで、ディレクターの「撮影始めまーす!」という合図が現場に響き渡った。




