39. 千葉県郊外古民家ロケ3
それからさらに慎重にちかちさんたちが確認した結果、あの勢いで勝手にドアが閉まるのはおかしいという結論に至り、現場には重苦しい空気が流れていた。
まぁ思いっきり閉めてしまったし、雰囲気としてはホラーでよくある館に入った瞬間後ろの扉がバァンって閉まるあれだったな、よく思えば。
異様な緊張感の中、探索を再開した一行が向かったのは、最後の噂の場所だった。
「ここ最後の噂の場所、二階の小部屋です。誰もいないはずなのに触られたとか、話し声や足音が聞こえたとか。ここがダントツで噂が多い場所ですね」
階段を上った先にあったのは、申し訳程度に家具が置かれた八畳程度の小部屋だった。
屋根の傾斜に合わせて天井が低く斜めになっており、むき出しの梁や小窓もあって秘密基地感がある部屋だ。
昼間に見れば和風ロフト風でおしゃれだなぁと思えたかもしれない。
「天井すごい低いですね。物置とかに使ってたのかな」
「昔の日本家屋の特徴ですね……見た目は普通ですけど、でもなんか空気悪くありませんか?」
「構造的に換気は悪くないはずなんですけど……ちょっと息苦しいというか」
りんこさんたちが身を縮めながら呟く。
手入れはされているはずなのに、どうも空気が重く淀んでいるように感じられた。
「うわっ!!」
突然の大声に全員がそちらを向くと、三戸部さんが桐箪笥の上へと懐中電灯を向け、腰を抜かしていた。
そこにあったのは艶やかな着物を着た藤娘の日本人形だ。
「なんでこんなところに日本人形飾るん!? 怖すぎやろ!!」
そう言って大げさに怖がってるけども……すぐ横で見ていた私は気づいてしまった。
わざとだ、これ……。
今、人形を見つけてから悲鳴を上げるまでに、明らかに間があった。
日本人形があると認識し、ここで驚いとこうと判断して声を上げたのが丸わかりだった。
三戸部さん、さっきの勝手口のドアも偶然って思ってそうなんだよなぁ。っていうか絶対思ってる。
生憎このロケはいつもの撮影と違い、本格的な撮影のため現地でカメラの映像の確認ができない。
あと確認できたとしても、いつもよりロケ時間が短く、時間が押してるのでいちいち見ている暇もない。
上手く映ってたら不自然な閉まり方だって、わかってくれると思うんだけど……。
「俺ここで検証すんの無理や! 三十分もこれと見つめ合うとか絶対呪われるわ!!」
そう叫んで、三戸部さんが人形から距離を取ろうと後退りした――直後、その奥。
『ひぇっ!?』
先ほどの割烹着の女の人が、今にも呪い殺しそうな恐ろしい形相で三戸部さんを睨んでいた。
どうやってそこに!? さっきまでいなかったじゃん!!
こんな狭いとこで襲ってこられたら逃げ場なんてないんだけど!!
同じく女性に気付いた吉原さんも、顔を真っ青にして強張らせる。
「み、三戸部さん……! しず、静かに……!!」
「なんや吉原! またなんか聞こえたんか!? やっぱやばいでこの部屋!」
待って、待って!! 三戸部さんの芸風的にはしょうがないとしても今それはまず――
『ひっ!!』
次の瞬間、女の人が三戸部さんへと一直線に飛び掛かった!
ちょ、ま、やばっ!!
とっさに飾ってあった手毬をひっつかみ、勢いよくぶん投げる。
投げた手毬は女性の顔へと目掛けて飛んでいき――そのまま顔をすり抜けて、壁へとぶつかって跳ね返った。
『なんで!?』
嘘じゃん!! 私は物にぶつかったら絶対吹っ飛ばされるのに!!
幽霊は物を通り抜けられず、動かせない。だから動いてるものにぶつかったらどんなに軽いものでも負ける。飛んでくるペットボトルの蓋すら跳ね返せず、そのまま体が吹っ飛ばされるはずだ。
私は絶対そうなるのになんでそんな幽霊みたいなことできるの!!
「きゃあ!!」
「い、今! そっちから何かっ!」
わかるよ突然手毬がぶっ飛んでびっくりしたよねでも今それどころじゃないんだよ!!
幽霊になってから痛みなんて感じないし、首が落ちようが折れた足をぐりぐり回そうが平気だけど、だからって襲い掛かってくる殺気全開の狂気の霊相手に素手で戦えるかってったらそうはいかないんだよね!!
こわいこわい怖いけどここで逃げたら絶対りんこさんたちも危ないし!!
『うううううでやあ!!』
考えない! 怯まない! 動け!! こんなん相手にビビって怪談の頂点にたてるかあ!!
やけくそだった。
何も考えず、半ば目すら瞑って、勢いよく全力で拳を突き出した。
たぶん生前喧嘩したこともない私の拳は、勢いだけのへなちょこのそのストレートは、女の胸を的確にとらえ――そのまま殴り抜けた。
吹っ飛んだ。
あろうことか、幽体だけど人体が三メートルは吹っ飛んだ。
当たった感触は一切なかったが、吹っ飛んだ女性はそのまま壁に激突し、すぅっとその姿を消した。
「は……?」
「ど、どうしたんですか、吉原さん」
「え、あ、いや……ええ……?」
たぶん一連を見てた吉原さんが困惑してらっしゃる。
でも混乱してるのは私の方なんだよね!!
『なんで!? いやほんとにちょっと、なんで!! 殴った感触も全然なかったよ!? ありえないくらいぶっ飛んだんだけど今!!』
事態を呑み込めない私と吉原さんをよそに、ちかちさんたちはさっき私がぶん投げた手毬の検証を始めていた。
「これ、棚から自然に落ちた位置じゃないですよね」
「はい……誰かが勢いよく投げたような軌道でした」
「でもそこの箪笥の前、誰もいなかったですよ……」
スタッフさんたちにとっても、こんなにも明確に物理的な現象が起きるのはちょっと予想外だったんだろう。
仕込みがないことを知っているスタッフさんたちの顔は険しい。
一方、三戸部さんはまだちょっと訝しげというか疑わしげなようだった。
「検証どうします……?」
「ここで撮影やめても尺が足りんやろ。時間もあるんやし、予定通りやらんと」
平然とそう言う三戸部さんだけど、さっきから三戸部さんが一番狙われてるっぽいんだよな……。
『…………』
……なんか……今なんとなく、思いついてしまったんだけど……。
もしかしてもしかしなくても、あの女の人、騒いだり呪いだとか叫んだタイミングで襲ってきてないだろうか。
家に入って来た時は別として、あの女の人が出てきたタイミング。
三戸部さんやりんこさんが絶叫した時、そして三戸部さんが呪われるとか嫌な感じがすると騒ぎ立てた時だ。
もしかしてあの霊、騒がれたりすると怒り狂うタイプなんだろうか。
解体工事が中断したとかいうのも、工事の騒音に激怒したからとか……いや、わかんないけど。
けどもしそうなら三戸部さんの様な大声リアクション芸人と相性悪すぎる!
心の中で叫ぶも届くはずもなく、結局撮影はそのまま続行されることになった。
まずは一階の大広間に降り、それぞれの検証場所を決めるトークを撮影するらしい。
ぞろぞろと階段を降りて一階へと向かうさなか、三戸部さんが先に降りる吉原さんの背中に、励ますように声をかけた。
「吉原、お前大丈夫かほんまに」
「だい、大丈夫です……僕は、たぶん……ただ三戸部さん。三戸部さんは気をつけたほうが……」
「気をつけろってどういうこっちゃ!! お前、俺が何年――」
三戸部さんが笑い混じりに答えた、その瞬間だった。
階段下、先に降りていた吉原さんと三戸部さん。その間に。
あの女性が浮き上がるように現れた。
その顔は先ほどとは比べ物にならない、もはや人の原型を留めていないほどに凄惨な形相に変わっている。
やばい、と思う暇もなかった。
女の人が一気に階段を駆け上り三戸部さんへと襲いかかる。
まだ二階にいる上、目の前にはりんこさんとちかちさん。二人が並んで階段を塞いでいる。ここから女の人を止める術も追い払う術もない。
間に合わない!!
「だめ!!」
「ぅわっ!」
「きゃあ!!」
だからせめてと、階段を降りようとしている二人を止めようと、服を後ろから思い切り引っ張った。
驚いた二人がつんのめって足を止める。
そして私の大声に気づいて吉原さんが振り返った瞬間。
猛然と階段を駆け上がった女の人は、三戸部さんの首元をひっつかんで、一階へと引きずり落としていた。
「うおおぉぉっ!?」
「いだっ!!」
だが運よく、宙を舞った三戸部さんの体を、振り返っていた吉原さんが受け止める。
とはいえ落下の衝撃は受け止められず、大きな音を立てて二人は階段下に倒れ込む形になってしまった。
「三戸部さん! 吉原さん!!」
「大丈夫ですか!!」
「いっ、たたたた……悪い吉原、大丈夫か?」
「は、はい……三戸部さんこそ大丈夫ですか?」
「おお……いや、ちょっと足捻ったみたいや……」
踏み外したのが数段程度だったことと、吉原さんがクッションになったおかげで大事には至らなかったらしい。
足を捻った程度で済んだのは逆に運が良かった。
「せやけどおかしいな……足、踏み外したんやなくて、急に首元引っ張られたような……服がどっか引っかかったんか……?」
そう言って、三戸部さんは顔を歪めつつ訝しげに首をさする。
それを見た吉原さん、そしてスタッフさんの顔から、一斉に血の気が引いた。
「っ……み、三戸部さん、それ……!」
「ん? なんや、どうした?」
「く、く、首……!」
「首? どっかおかしなってるか? 痛めた気はせえへんのやけど……」
そう言う三戸部さんに、スタッフの一人が震える手でスマホのインカメラの画面に向ける。
そこに映った自分の首元を見て、三戸部さんは言葉を失った。
そこには人の指が力任せに引っ掴んだような、真っ赤な指の痕がはっきりと、痛々しいほどに残っていた。
「な、な、なんやこれ!!」
「出ましょう!! 全員一旦外に! 撮影中断!」
ディレクターさんの悲鳴のような指示で、スタッフさんたちが一斉に機材を抱えて動き出す。
……中断とは言っているけど、再開はこれ絶対無理だろうな。
次にあの女の人が来たら、今度こそ本当に誰か大怪我しかねない。
それにしても……。
『保養所の黒い影といい、この古民家といい……世の心霊スポットってこんなにやばいやつしかいないの……? こんなのが今の怪談の主流なら私のこれからが不安過ぎるんだけど……!』




