38. 千葉県郊外古民家ロケ2
黒い人影に続いて二人目のご同輩。それもきちんとした幽霊だった。幽霊だったけど……!
『絶対会話ができるタイプじゃない……!』
たしかに人の形はしていたが、その風体は異様に尽きた。いや、人のこと言える見た目は私もしてないけど!
枯れ木の様な手足とか、無言でこちらを凝視していたこととか、普通じゃないと思えるところはたくさんあったが何より顔だ。
顔が、顔が完全にやばい。
無表情を通り越して、感情と呼べるものが一切存在していなかった。あと目が半分イッてた。
どういう死に方されて、どれだけここにいる方かわからないけども、ちょっと贔屓目に判断しても真っ当な幽霊には見えなかった。
「なんか、思ってたよりこのロケやばくないですか……ここ本当に撮影で使われてます?」
この異常に気づいているのは、さっきの女性が唯一見えてただろう吉原さんだけだ。
もういっそ倒れそうなほど顔から血の気が引いてらっしゃる……。
しかしそんな彼の危機感に、りんこさんもちかちさんも、当然三戸部さんもスタッフの誰もが気づかない。
「え、全然きれいじゃないですか?」
「真っ暗だから雰囲気ありますけど、電気つけたら普通のおうちですよ」
「この人数で電気つけて入ったら企画の趣旨丸つぶれだと思うよ……」
「いや、わかるわ。撮影で使われてるとは思われへんほど空気重いねん……日本家屋の雰囲気のせいかもしれへんけど……」
え!? さっきまで心霊は全部やらせか勘違いとか言ってたのに!?
急に神妙な顔で三戸部さんがそんなことを言い出したので、思わずびっくりしてしまった。
「吉原、先頭歩き」
「ちょ! なんでそれ言ったあとに僕先頭にいかせるんですか!」
「俺、怖くなってきてん」
「僕もですよ!!」
かわいそうに吉原さんはさらに血の気を引かせてしまったが、大先輩にそんなことを言われて断れるはずもなく。
しかしそんな二人のコントの様なやり取りに、現場に張り詰めていた緊張感が少しだけ和らいだ。
四人とスタッフはそのまま玄関から足を踏み入れ、ギシギシ軋む板張りの廊下を進む。
最初に入ったのは十何畳もありそうな客間のような広間だった。
撮影に使われた後だからか、部屋の襖がすべて引き払われていてとっても広い。床の間には掛け軸も飾られていて、いかにもといった風情のある和室だ。
一行がそこに足を踏み入れた、その瞬間だった。
ピキンッ
「うおおぉぉぉ!?」
突然の家鳴りに、三戸部さんが大絶叫を上げて勢いよく後ずさった。
「待って!! 今! 音!! めっちゃした!! めっちゃでかい音したで今!! なあ!!」
大仰に叫び、腰の引けた様子でビビる三戸部さんの姿を見て、思わず呆然とする。
りんこさんたちもちょっと目を丸くして三戸部さんを見つめていた。
うわぁこれは普通にすごい!!
三戸部さんはたぶん、ただの家鳴りだとわかってる。おそらく本当は全然怖がってはない。
その上で彼はリアクション芸として全力でビビって叫んでいるのだ。
怖がりのりんこさんや、ヤバいものを見てしまった吉原さんは、常に周囲全体を警戒して見渡している。見てないところが怖いとばかりに、ひたすらあちこちへ視線を巡らせている。警戒ゆえに足取りも重く、そして緊張からか瞬きも異様に多い。
でも三戸部さんと、あとちかちさんもなんだけど……周囲の確認が圧倒的に早い。素早く部屋全体をチェックし、同じところを何度も見たりしない。そして確認してから足を踏み出すまでに躊躇がない。
行動に恐怖によるためらいがまったく混じってないのだ。
『こ、これがリアクションで食ってきたプロの技かあ!』
いやちょっとすごいなこれは。誰よりも怖がってパニックになってるようにしか見えない! この絶叫とビビり方で、何か起こるかもしれないっていう現場の空気が一瞬で作られた。
悲鳴ひとつでここまで……! なんか素直に感心してしまうな……!
とかなんとか思ってたのだが、一瞬でその感動は吹き飛んだ。
『お゛……』
出た。
あの割烹着の女の人が、いる。
奥の縁側から部屋をじっと覗き込んでる。しかも形相がやばい。
何の表情もなかった先ほどと違い、白く濁った目を落ちそうなほどかっぴらいて、三戸部さんを凝視していた。
やばいやばいやばい!! これ絶対相手の気になにかふれてるやつ!!
「み、三戸部さん! ……あ、お、女の子より先に悲鳴上げるのはどうなんですか」
「悲鳴に男女差別を持ち込むな! 怖いもんは男かて怖いんや!」
吉原さんも女の人に気付いて、三戸部さんを落ち着かせようとしたんだろう。
誤魔化そうとしたその会話がコントみたいなやり取りとなり、それで場が少し落ち着いた。
女の人はその様子を微動だにせず睨み続けていたが、しばらくしてそのまますっと姿を消した。
『……いや、やばいな。あれ。行動が読めなさすぎて怖すぎる……!』
あの幽霊相手に何ができるかはわからないが、なるべくりんこさんたちの側離れないでいよう……。
それからも撮影は続き、家をぐるっと回るように探索を進めていく。
軋む廊下。重厚な仏間。がらんとした客間。どこも手入れが行き届いていて綺麗だが、空気がやけに重々しく冷たい。人が暮らす家にあるはずの温かさが一切なかった。
昔ながらの古めかしい台所の探索が終わり、いよいよ三つの噂のうちの一つである井戸へと向かう。
台所奥にある勝手口のドアを出ると、そのすぐ先、目の前にその井戸があった。
暗闇の中、重く冷たい石井戸が頼りないライトで浮かび上がるその光景は、見るからにおどろおどろしい雰囲気だった。
「いやこれ無理や! 雰囲気からしてヤバいやん!!」
井戸を懐中電灯で照らしながら三戸部さんが叫んだと同時。
『ひえっ……』
また出た! でもって顔が! 顔が!!
裏庭の奥。ぼうっと浮かび上がる割烹着の女性の姿。
落ちそうなほどかっぴらいた目、ギリギリと音がしそうなほど歪めた口。
悪意というよりも、怨念そのものといった恐ろしい形相に思わず慄く。
ガァン!
『んぎゃあ!!』
「きゃあああああ!!」
「うおおぉぉ!!」
井戸の底から、固いものを打ち鳴らすような音が響いた。
まずりんこさんが悲鳴を上げて逃げた。同時に三戸部さんも大声を上げてすぐさま台所へと走る。吉原さんも押されるように逃げ、最後にちかちさんが背後を警戒しながら殿を務めて走る……なんでちかちさんだけ逃げ方が撤退戦なんだろう。
「今、井戸の底から音したよな!? 誰も触っとらんやろ! あの井戸やばいで! あんなん絶対呪われとるやん!!」
全員が台所へと逃げ込み一息ついた後、大声で三戸部さんがそう叫んだ瞬間だった。
裏庭からこちらを見ていた女の人の様子が一変した。
目を吊り上げ、歯をむき出しにして、殺意と憎悪にまみれた恐ろしい形相になり――こちらへ襲い掛かるように走ってきた!
『ぅわああぁぁあぁぁぁ!!』
バァンッ!!
「きゃあああぁぁぁぁ!!」
「えっ、なに」
「い、今誰か扉触ったか!?」
「触ってないですッ!!」
見た瞬間、考えるより先に扉をひっつかみ全力で叩き閉めていた。
あ、また実体化できた。
……もしかして実体化って、命の危機を覚えたときというか、衝動的になんとかしなきゃって強く念じたときにできるのかな……?
いや今そんなこと悠長に考えてる場合じゃない!
「ち、ちかち、ドアの側にはいなかったよね……!?」
「うん」
『ま、まってちかちさん! 開けるのはまずい! 今開けるのは! ちかちさんがお強いのは重々わかってるけど!! 外にやばい人がいるんだって!!』
伝われ!! と思いっきり力を込めて、扉の前に立ってダメだと必死に首を振る。
すると吉原さんは私の姿が見えたようで、顔を引きつらせながらも声上げた。
「あ、ちょ、開けない方がいいですって!」
『そうそうそう!』
「私触ってないです。開き戸なので通ったときの風圧か、当たったせいで勝手に閉まった可能性もありますけど、それにしては閉まる勢いが強すぎました。外に誰かいるかもしれません」
ちかちさんは淡々とそう言うと、自然な動作で手近にあったすりこぎを掴み、左手でドアノブを掴んだ。そのままドアに左肩を押し当てるようにして体勢を低く落とす。
まずドアノブを慎重に回し、一センチほどの隙間を開けて外を確認。そして右手のすりこぎを振りかぶりながら、左肘で打ち破るように勢いよく押し開ける!
……しかしそこには何もなく、ただ先ほどと同じ井戸があるだけだった。
いや、開け方が……! 開け方が事件現場に突入する部隊の開け方……!!
アイドルのちかちさんに確認させている状況に誰か突っ込むべきだろうに、あまりにちかちさんの動きが素早く洗練されてたからか、恐怖から混乱し緊張していたから、誰もがちかちさんの行動を見守っていた。
「誰もいませんね」
「ちょ、ちょっと……! ちょっと……!!」
「完全にプロのクリアリングやん……これ流してええ絵か?」
「大丈夫です。全然いつも通りです」
「いつも!?」
ちかちさんの剛の者な姿で一時違う意味で場が騒然としてしまったが、目の前で勝手に閉まった扉という怪奇現象が起きたのだ。
すぐさまスタッフさんたちも一緒に扉を調べ、あんな風に勝手に閉まるのか、自然と閉まった程度であんな音が鳴るのか、その場で何度も検証を行う。
しかしまぁ私が閉めたのだから再現などできるはずもない。
改めてドアの外を見るが、やはりそこには誰もいない。
あの女の人は現れた時と同じように、忽然と姿を消していた。
あんなすごい形相で襲いかかってこようとしたくせに、こんなすぐいなくなるとか……というかそもそも、なんであの霊は急に襲いかかってきたんだろう?




