37. 千葉県郊外古民家ロケ1
撮影の流れはまず千葉県郊外にある古民家でVTRのロケ撮影を行い、後日その録画した映像をスタジオでMCの人と一緒に見ながらトーク収録するという形になる。
今回のロケ撮影ではここで噂されている奇妙な話のうち三つほど紹介し、出演者全員で全体を見て回ったあと、それぞれの噂の場所に分かれて三十分ほど待機、何が起きるか検証するという流れになるらしい。
『うわぁ、さすがネット配信とはいえ大手テレビ局! これ、ロケバスってやつだよね!?』
機材も本格的だし、何よりスタッフさんの人数がめちゃくちゃ多い。
心霊企画と聞いて正直かなり不安だったけれど、これまでのちかちさんたちの手持ちカメラありきのこじんまりした撮影と比べると、余裕も安心感も段違いだ。
スタッフさんたちの打ち合わせを盗み聞いたところによると、三手に分かれての検証の際もそれぞれに必ず二人のスタッフさんが同行するらしい。
しかも今回行く古民家はドラマの撮影にも使われている場所で、廃墟なんかじゃない。
現に到着した古民家はとても綺麗に管理されており、昼に見ればただの趣ある素敵な家としか思わないだろう。
まぁ郊外の山裾にあるせいで、周りに建物や人が生活してる気配がほとんどないことが、ちょっと怖さを煽るところがあるけども。
「今日はよろしくお願いします!」
りんこさんたちがスタッフさんや他の出演者の方々に挨拶して回るのに合わせて、私もふらふらついていく。
まぁ当然みんな私には気づかないわけだが……吉原さんという若手芸人さんだけは、二人に挨拶を返しながら、ちらりとこちらに視線を泳がせたような気がした。
……あ、これ見える人か?
りんこさんたちと一緒に離れたあと、気づかれないよう気配を薄めてから吉原さんのすぐ側に寄る。そして全身に力を込めながら勢いよく顔を覗き込んでみた。
あ、やば、勢い良すぎてちょっと首落ちた。
「っ!!」
息を呑む。でもそれだけで、それ以上の反応はしない。
それどころかちょっと大げさに首筋を叩いて見せ、「ここ、山が近いせいか虫多いですね」と近くのスタッフに言いながら、すっと自然に私から視線を逸らして見せた。
……いや、絶対見えてるなこれ。
『力入れてない状態で見えるなんて、意外と芸能人霊感ある人多いなぁ……スタッフさんはちょっと力込めたぐらいじゃ全然気づかない人ばっかりなのに』
でもって吉原さんのあの顔を見るに、小山田さん曰くの『見た目が酷いから悪い霊』理論で勘違いされてる気がする。
うーん……まぁいいか! 大人しく悪させずにいれば自ずと誤解は解けるだろう!
難があるとしたら私が撮れ高を自作しようとしたとき、吉原さんにその現場を見られてしまうってことぐらいだ。
白けた顔させてしまうかもしれないが、まぁその程度なら問題ないも同然だ。
最後にちかちさんたちが挨拶に向かったのは、三戸部さんという五十代くらいのベテラン芸人さん。とても気さくでおおらかな雰囲気の人だった。
「本日はよろしくお願いします!」
「こちらこそ、よろしくお願いします。大変やね、こんなんアイドルが来るような収録ちゃうでしょうに」
「そんなことないです! いただけるお仕事ならどこへでも行きます!」
「ハハハ、気骨があってええなぁ。……いやでもな、こういうオカルトロケは基本徒労に終わるもんやから、あんまり気負わんほうがええよ」
そう言ってスタッフさんが撮影の準備を進める間、三戸部さんは気さくに昔話を教えてくれた。
昔はテレビでも夏になるとどの局もこぞって心霊特番を組んでいたもので、時期になるとこんな風に心霊スポットでの仕事がよくあったそうだ。
三戸部さんはリアクション芸が売りということもあり、自身も一昔前は廃墟やら元処刑場やら、いろんな心霊スポットに行かされたという。
しかし。
「いやー、若手の時から数えたら両手両足じゃ数えられへんくらい行ったけど、いっつもな、なーんも起きへんのよ。
結局、なんもないとこでそれらしく叫んで大騒ぎするか、スタッフに手伝ってもらってちょっと音立ててもらうか、まぁそんなことばっかりやったわ」
「えっと……つまり、やらせですか?」
「まぁそういうと聞こえが悪いけどな。でもテレビに出てくる心霊映像なんてやらせか勘違いのどっちやから」
笑いながらあっけらかんと言い切る三戸部さんに、りんこさんの顔がちょっと引きつった。
まぁやらせなんて絶対ありえないような、本気で怖い目にあったりんこさんたちにしてみたら、勘違いなわけあるか!! と怒鳴りたい気持ちに違いない。
『この人、幽霊信じてない人だな……!』
人間としてはとてもいい人だと思う。周りのスタッフさんたちの様子からかなり芸歴の長いベテランの芸人さんだろうに、偉ぶる様子もなく、若いスタッフさんにも笑顔で丁寧に接している。
人間的にはいい人だけど幽霊的にはちょっと嫌いなタイプだ!
そりゃね! 見えないものは信じられないのは生きてる人の常だろうけどね! 頭から否定されるとちょっとむってくるのよ幽霊としては!
怖がらせてやりたいけどこういう人ってだいたいどんなに気配強めようがこっちに気づかないんだよなぁ!! これまでの経験的に!
そんなことを思っていると準備が整ったらしく、ディレクターさんの「撮影始めまーす!」という声が現場に響き渡った。
まずは古民家の玄関前からオープニングの撮影だ。
「どうも、三戸部庄蔵です。今回のあれそれ調査隊は心霊スペシャルでございます」
まずテレビらしい良く通る軽快な三戸部さんのトークで始まった。
「ゲストにハイクラブ吉原くん! さらにピンクガジェット13の友近千夏さんと山戸凜子さんという豪華メンバーでお送りいたします!」
「ハイクラブ吉原です。よろしくお願いします」
「ピンクガジェット13の友近です!」
「山戸です、よろしくお願いします……」
大事なオープニングではあるが、ハキハキと明るく喋るのはちかちさんだけだ。りんこさんは口調こそしっかりしてるけど顔が暗い。そして芸人であり、本来は盛り上げ担当であるはずの吉原さんも顔が固い。
「山戸ちゃんもうすでに顔白ない?」
「は、はい……実は怖いのあんまり得意じゃなくて……現場着いたら想像以上に怖くてちょっと……」
「まぁもう外観からしてやばそうやもんなぁ。
ほんで吉原。お前もなんでそんなガチガチになっとんねん!」
「いや、実は心霊ロケ初めてで、あの、僕もちょっと緊張気味と言いますか……」
そんなことを言う吉原さんに、三戸部さんは後輩だということもあって盛大にいじっていたが……彼の視線がさりげなく一瞬こっちを見たことに私は気づいた。
うん。そうだね。吉原さんにとっては私という『ガチ』が確約された心霊ロケだもんね。怯えないわけがないな。
「今回調査するのはこちらの古民家です。ぱっと見、普通の日本家屋に見えますけども」
ここは築六十年の古民家で、過去に何度か取り壊そうとされたらしいが、その度に関係者の体調不良や原因不明の事故が起き、工事が何度も中断。
結局解体されることはなく、現在はドラマや映画の撮影スタジオとして貸出されている場所らしい。
けして死者が出るような事故があったということはなく、事故物件とは言えないものの、誰もいない二階から足音がしたり、勝手に機材の電源が落ちたり、また撮影した映像に変なものが映り込むということが度々あるという。
目撃情報が特に多い噂として挙げられたのが『誰もいないはずの裏の井戸から聞こえる話し声』『縁側を歩く人影』『二階の部屋』。
特に二階の部屋に関しては誰かから声をかけられる、腕を引かれる、冷気を感じるなどオカルト定番の出来事が多種多様に起きるんだとか。
「では、お邪魔します……」
「うわ、広……」
「あ、なんか全然、綺麗なおうちですね……?」
カメラと共に屋敷の中へと入ると、そこには日本の伝統的な風情を色濃く残した、広々とした空間が広がっていた。
暗い中でもよくわかる手入れの行き届いた玄関。年季を感じさせる大黒柱に、真っ白な立派な格子の障子。埃ひとつない廊下の先の奥には、美しい襖で仕切られた広々とした和室。
一瞬旅館かなと思うくらい、実に立派な日本の良さが詰め込まれた家だった。
『廃墟やおばけ屋敷と比べたら、普通にただの家だね……? いや、夜の日本家屋ってだけで怖いは怖いけど……』
ドラマの撮影で使われているだけあって埃っぽさすらない。
ぴかぴかの玉石が埋め込まれた広い土間打ちの玄関を上がり、ぐるっとあたりを見渡したところで――急に吉原さんの動きが止まった。
なんだろうと、思わず吉原さんの方を見る。
『……えっ』
女の人がいた。
たぶん四十代から五十代くらいだろう。白髪交じりの髪を後ろでまとめて、白い割烹着を着ている。
顔の若さに反して、手や首は枯れ木のようにやせ細っていた。
ぼんやりと暗闇に混じるように、溶けるように、奥の間からこちらをじっと見つめている。
四、五秒ほど彼女は無言でこちらを見つめていたが、スタッフたちが玄関から上がり込んだところで、ふっと霞むように消えてしまった。
『えっ』
消えた。跡形もなく。
というかそもそもきちんとした輪郭がなかった。普段の私みたいに、薄ぼんやりと透けるように。
一拍置いて、びゃっと冷や汗が出てくる。
まって。まってまってまって!
『ここ幽霊いるんですけど!!』




