36. 断れないオファー
コラボ動画が公開されてからはや一週間。
今の私の心境はというと、『やってやったぞ!』という達成感と『やってしまった……』という後悔が、半々で拮抗していた。
小山田さんのアドバイスをもとに、あのインチキTチューバーに向けて全力で放ったあの叫びは、狙い通りばっちりカメラに映ることができた。
成果はもちろん、幽霊としてやれることが増えたのはまぎれもない快挙である。
しかも『男の生霊だ』とドヤ顔で語り、『霊は浄化しました』と宣言した直後に映っていたものだから、ネットではインチキだの噓つきだの、軽く炎上していた。
しかし向こうもこの手の騒ぎは慣れたものなのか、『除霊した霊とは別の霊だ』と往生際の悪い見解を出し沈黙。またそれを否定する方法がないのも確かなので、未だくすぶりつつも事態は収束しつつあった。
ちょっと納得いかない気持ちもあるが、幽霊馬鹿にするとこうなるぞと、実際痛い目見せてやったので個人的には『やってやったぞ!』という気持ちだった。
で、『やってしまった』方が、あれだけ気を付けると言っておきながらのおばけ屋敷の二の舞である。
うん。たとえ本物の心霊現象だとしても、出るのを期待されてるとしても、出方次第で迷惑かけるってあのとき学んだのにまたやってしまった……。
普通に考えて、コラボ動画で『詐欺師!』なんて相手への直接的な暴言の入った動画、流せるわけないよね。
そしてインチキだと証明されたとしても、コラボ動画でそんなんわかったらりんこさんたちも巻き込み迷惑食らうよねっていう……。
幸い、声はピンクガジェット側の映像にしか入ってなかったし、私の顔が映っちゃった映像に関しては、そもそも狩野側の映像でピンクガジェット側で加工なんて不可能だったので、ギリギリ大丈夫だった。本当に運よくギリギリで。
しかしコラボ相手が炎上したっていうのは、もうそれだけでネット社会においてはアウトと言うか、事故ったというしかない。
ただ向こうもこの件にこれ以上触れたくないらしく、余計な追及をしてくることもなく、お互いに沈黙を保つことで騒動は沈静化していった。
あと『詐欺師!』『バーカ!』という悪口のような台詞で、これはいくらなんでも悪霊じゃないだろうと思われたらしく、無事誤解を解くことができた。
あの廃保養所で引っ張ったのは、ただの悪戯だったんだろうと今では思われている。
……そうじゃないけど、まぁ危害を加えるつもりじゃなかったってわかってもらえたら、もういいや。
ただお祓いが効いていなかった以上、まだ取り憑かれてるということに、りんこさんがちょっと怯えてはいたけども……でも最近は落ち着いてきて、メンタルもだいぶ復調してるようだった。
これで勢いで東京までくっついてきた心配事は、だいたい全部片付いたと言っていいだろう。
じゃあ用も済んだしこれでY県に戻るのかというと、そんなつもりはまったくない!
今回のことで私は痛感した。
現代のオカルト最前線はネット。
すなわち、怪談として世に恐怖を知らしめるためのマストは動画だ!!
いまやなんでもネットで調べる時代。それは怖い話も例外ではない。
ネットで怖い話として語られれば、たった一夜であっという間に広がっていく。今回のことが良い例だ。
しかしネット社会の現代でその恐怖の頂点に立とうと思ったら、私も考えていなかった、とても大きな、重大な壁がある。
怖いだとか怖くないだとか、それ以前の、現代の怪談の絶対条件。
それは『偽物だと証明できないこと』だ。
今は画像の加工技術も動画編集ソフトも進化しており、フェイク動画なんて素人でも簡単に作れてしまう。
見た目が怖いだけじゃだめ、話が怖いだけじゃだめ。
本当に怖い話として広まるには『本物だという証明』が怖さより欠かせない。
『結局、私の映った動画がこんなに大騒ぎされてるのも、運よくやらせじゃないって証明が揃ったからなんだよね……』
廃保養所で画面の隅に映った腕――まぁこれは廃保養所の噂込みなのでまたちょっと違うけど――狩野を睨む私の顔。そこだけならどちらもそんなに怖くない、はず。
いや怖いけど、いないはずの人がいるのは怖いけど、こう、井戸から這い出たりするようなホラー的な恐ろしさとしてはレベルが低い。
つまりだ。
多少演出が雑かろうが悪かろうが、本物だという証明ができた時点で、それは恐ろしいものだと認識されるのだ。
『ならどうすれば本物だって証明できる動画になるのか、どんな演出の仕方だったら疑われないのか! こうしてプロの撮影現場にやってきたんだからそれを学ばない手はないよね!!
映像と演出の勉強をちゃんとして! 一気に日本全国区の怪談を目指すぞ!!』
目指せ動画一〇〇万再生!! 目指せ二十一世紀の恐怖の代名詞!! なんならネットなら日本どころか世界の頂点だって目指せるはずだ!! ネットの世界はグローバルだからね!
まぁそんなわけで新たに修行の決意をして、今もテレビ局やスタジオ周りをうろちょろする生活をしている。
テレビ局に忍び込んで撮影現場を見学したり、動画編集してるスタッフさんの仕事を見て、演出の仕方を勉強したり。
たまに『脅かすために幽霊ってここまでしなきゃいけないのか』と思いかけることもあるが、情報社会の現代で立派な怪談になるには必要な修行だ。そのはず!
あとずっとテレビ局やスタジオにいるわけじゃなくて、今もりんこさんたちのところをうろうろもしてる。
やっぱりなんとなく心配というか、また厄介ごとに巻き込まれそうだなと、なんか気になってしまって離れがたいというのもあったし。
で。
まぁやっぱり案の定、その心配が的中するようなことが起きた。
「……どうしましょう」
そういって困り顔で顔を突き合わせているりんこさんたちに、同じく眉間にシワを寄せているマネージャーさん。
そんな重苦しい空気の原因は、部屋の中心に置かれた一枚の企画書――とある一つのオファーだった。
ついこの間テレビ番組で共演したという、数々の人気番組でMCを務める大物タレントさん。
その方が大のホラー好きな方で、ピンクガジェットの心霊企画動画を見て興味を持ち、声をかけてくれたのだという。
三発連続で『本物』と言えるような映像を撮ったという実績もあり、よかったら自身の冠番組で心霊企画をやるから出ないかと直接お誘いがかかったらしいのだ。
配信元はテレビ日ノ本。ネット配信番組ではあるが、大手キー局がバックについている超メジャー番組だ。
メンバーや事務所側の本音を言えば、断りたいに決まってる。
ピンクガジェットの面々にしてみれば、撮れ高と引き換えに命の危機や炎上の危機が毎度飛び出してくる心霊企画だ。しかも幽霊は本当にいると現地に行ったメンバーは薄々実感し始めている。
しかし相手はこの業界の大先輩にあたる人物だ。無下に断れば角が立つどころの話ではない。
おまけにその配信番組は、動画配信サービスでもトップクラスの人気を誇っている。
客観的に見れば断るなどありえないような、破格のオファーだった。
「普通に考えれば出演を断る理由がないですし、絶対に受けたい仕事ではあります……。向こうからは『心霊企画に出演していたメンバーから二人』という指定で話が来ていますが」
「私は出てもいいけど」
息を飲み、怯むメンバーの中、真っ先に名乗りを上げたのはちかちさんだった。
相変わらず度胸の据わり方が尋常じゃないな……行けと言われたら戦場でも行きそうな強さしてる……。
第一弾に出たあややさん、第二弾に出たゆとさんは別番組の収録が入っていてスケジュール的にアウト。
そうなると、りんこさんか第一弾に出たまゆみさん、そして私も今日初めて会ったももさんというメンバーになる。
まゆみさんは第一弾の廃旅館で心霊アレルギー気味になっており、顔が完全に強張っている。
そしてももさんはすでに泣きかけだった。彼女は元々筋金入りの怖がりで、廃旅館でトドメを刺されてしまったらしい。すでにこの話が始まった段階から顔が白い。
「……ちなみに、どんな内容なんですか?」
「内容は千葉県にある古民家の探索になります。ドラマの撮影にもたまに利用されている場所で、変な噂はありますが、過去に事件や事故があった事故物件ではありません。
撮影は深夜二十二時から三時まで。今回話をくださったMCの方はスタジオ出演のみで、現地ロケには来られません。
ロケの共演者はミナミプロダクションのハイクラブ吉原さん、三戸部庄蔵さんです」
吉原さんは最近ちょっと売れてきた若手の芸人さん。三戸部さんはリアクション芸で有名な芸歴の長いベテラン芸人さんらしい。
これにピンガジェットからも二人となると、バラエティの心霊番組としてはけっこう豪華な面子だろう。
「後日、撮影したVTRをスタジオで見ながらトーク収録を行う流れになります」
「スタジオ収録はいつですか?」
「再来週です……あ、まゆみさんは同日雑誌の撮影があるので、スタジオ収録には行けませんね」
そうなるとももさんか、りんこさんか。
ももさんは消え入るような声で「無理です……」と小さく首を横に振った。すでに限界を超えている顔だ。
この様子だと、心霊スポットに放り込まれたらそのショックで死んでしまいそう……。
それを見て、強張った顔をしていたりんこさんは生気を失った目で一瞬俯き、諦めたように顔を上げた。
「……いきます、私」
『えっ!?』
行くの!? だい、大丈夫? すでにもう死にそうな顔してるよ……!?
りんこさん、最近になってやっと落ち着いてきたところだったのに……。
うーん、これはさすがに……ちょっと、うん……ちょっと……。
『……よし、ついて行こう!』




