7.「レストラン経営の姉妹の事件」
「お前たちがブラックドラゴンと会敵したことと倒したことを、黙っていてくれないか?」
「!?」
何でそんなことを!?
ギルド長に、俺たちを代表してエルラが静かに質問する。
「理由を聞いても良いかい?」
「魔王の右腕と呼ばれるSSモンスターが出現した。しかもA級ダンジョンにだ。この事実を公表すれば、今後も各ダンジョンに本来ならばいないはずの格上モンスターが出現する可能性があるのだと、他の冒険者たちを委縮させてしまう恐れがある。また、魔王の右腕などという一匹で一つの街を破壊し得る存在がダンジョンに現れたとなると、一般市民が怯えてしまうことが十分に考えられる。倒したとはいえ、今後も強大なモンスターが不意に現れる可能性があるということだからな」
なるほど。一理ある。
「それに、そもそもあのダンジョンのボス部屋は崩落しており、それが本当にブラックドラゴンだったのか、そして本当に倒したのかも分からない。お前たちはブラックドラゴンの部位を持ってくることが出来なかったからな。無論、お前たちを疑う訳じゃないが、分かるだろ? 俺たちは情報を正確に把握しなければならない。冒険者の、ひいては市民の安全確保のために」
もっともらしいことをつらつらと並べるギルド長。
……だけど、仲間以外の誰にも言っていなかったブラックドラゴン討伐を冒険者ギルドが普通に知っていたことと、動きが早過ぎることも考慮すると、胡散臭いことこの上ない。
っていうか、『情報を正確に把握』と謳うならば、むしろ、調査隊による確認が取れ次第、速やかに冒険者並びに一般市民にもブラックドラゴンが出現したことと倒されたことを報告すべきだろう。危険回避のためにも、危険に備えるためにも、情報共有は肝要だからな。
「勿論、今までの仕事ぶりから、お前たちのことは信用している。だから、お前たちの功績に報いるために、俺たちも色々と準備してある。今回の件を黙っておいてもらえれば、銀閃の焔はS級冒険者パーティへと昇格させてもらう。当然、お前たち一人一人もまたS級となる。また、こちらは報酬だ。もし足りなければ言ってくれ」
男性職員が持ってきた大きな革袋を受け取ったギルド長が、テーブルの上にドンッと置き、開ける。
見ると、中には金貨がぎっしりと詰まっていた。
この異世界では、銅貨、大銅貨、銀貨、大銀貨、金貨がそれぞれ十円、百円、千円、一万円、十万円の価値がある。
その十万円相当の金貨が、百枚――いや、もっとありそうだ。
こんな高額の依頼・クエストなど、聞いたことが無い。
報酬としては破格だし、しかも、『もし足りなければ言ってくれ』と来た。
何としてでも今回の件の情報漏洩を防ぎたいようだ。
確かに胡散臭い。間違いなくこの行動の裏には何かがある。
ただ、冒険者ギルドは公的機関だ。つまり、国家の息が掛かっている。
そんな組織を敵に回して良いことなんて無い。
よし、であれば!
俺は、隣に座るリーダーの尖った耳元で囁いた。
「エルラ。ここは下手に逆らわずに従っておいた方が無難だと思――」
「悪いけど、お断りするよ。ギルド長」
何でぇぇえええッ!?
「元凄腕冒険者のあんたなら分かると思うけど、あたいらは、命を懸けて冒険者をやってる。人によってそれは、富のため、名声のためとか、色々あるけど、いずれにしても、命懸けで成し遂げた仕事に対して、誰しも誇りを持っているのさ。特に今回は、ライがその命を投げ出して、そのおかげでギリギリ勝てたんだ。それを無かったことにされるなんて、到底耐えられないね」
「いや、俺は別に無かったことにされても気にしな――」
「そうよ! ライ君がどれだけ辛い思いをして、どれだけ頑張ってくれたか、知らないでしょ!? それなのに、冒険者ギルドの長たる者が、そういうことを軽々しく言わないで欲しいわ!」
「いやだから、俺は気にしていな――」
「文字通り命懸けであれだけのことをやってのけたライライを、本来ならギルドは褒め称えるべきなの! むしろ大々的に公表すべきなの! 隠匿するとか愚行の極みなの!」
重いよ! みんな!
そして、痛いよ! 胸が!
全部幻影魔法なのに!
「……本当にそれで良いのか? 今回のA級ダンジョン攻略では、何も報酬を受け取っていないのだろう? ただ働きになるぞ? それに、S級に上がることもなくなる」
「みんな! まだ間に合う! よく考え直せ! ここはありがたく大金を頂戴してS級に上げてもら――」
「「「それで良い!」」」
「……それともう一つ。これはつまり、俺たち冒険者ギルドの頼みを拒否することとなるのだが、本当に後悔しないか?」
「ほ、ほら! みんな! 長い物には巻かれておいた方が何かと都合が良――」
「「「くどい!」」」
「……そうか、分かった。無理を言って悪かったな」
どうしてぇぇえええ!?
こうして、今回の俺たちはただ働きとなることが決定、S級への昇格も無くなった。
※―※―※
冒険者ギルドを出た後、俺がダンジョンに潜ろうとすると、「まだ休んでなきゃダメ!」と、ソティたちにすごい勢いで止められたので、仕方なく今日はゆっくりすることにした。
昼食は、いつものレストランで取ることにした。
歩いていく途中で、中央通りを行き交う人々の声が聞こえる。
「またS級殺しが出たんだとよ」
「またかよ! っていうか、S級冒険者ばかり狙って暗殺とか、よくやるわ」
「な。俺だったら絶対弱い奴狙うけどな。強い奴ばっか狙うとか、戦闘狂かよ。理解出来ねー」
こわー。
遭遇しないことを祈ろう。
いやまぁ、そんな事より、目下問題なのは、冒険者ギルドでの一件だ。
そんなことを考えている内に、レストランに到着。
「ライさん、なんか元気ないですね。大丈夫ですか? ホルシィが出来ることがあれば言ってくださいね!」
「ありがとう、ホルシィ。おかげでちょっと元気出たよ」
「えへへ。それなら良かったです♪」
姉妹の妹の方であるホルシィの笑顔に、少しだけショックが緩和される。
まぁ、決まっちゃったもんはしょうがないしな。
それにしても、冒険者ギルドは、何で箝口令を敷こうとしたんだろうか?
まるでモンスターの味方をしているかのような……
いや、流石にそれはないか。
俺は、そんなことを思考しながら、クルクルとフォークを回転させて取った絶品カルボナーラを口許に運んだ。
「うーん、美味い!」
※―※―※
その晩、夕食を食べにまたみんなで行きつけのレストランへと向かうと。
「あれ? 閉まってる?」
ドアノブにクローズの札が掛かっていた。
俺たちと同じくこの店目当てで来た客たちが「何だ、今日は休みか」「残念ね」と帰っていく中、「何かあったのか?」と心配になった俺は、ドアをノックして扉に手を掛けた。
「鍵は掛かってない、か。お邪魔します」
中に入ると、ティジィがいた。
「あ、ライさん!」
「?」
気のせいか、手に持った何かを慌てて背後に隠したように見えたが……
「どうした? 何かあったのか?」
「え? べ、別に何もないよ?」
「でも、今夜が休みだなんて聞いてなかったぞ?」
「あ、えっとそれは……」
「ホルシィは?」
「! い、妹は、その……そう! 風邪を引いちゃって、寝込んでるんだ!」
「そうだったのか! 大丈夫か?」
「だ、大丈夫! ね、熱も下がったし。大事を取って休ませているだけだから。でも、うちは二人しかいないし、給仕のあの子がいないと、店を開けられないから……」
「そうだったのか」
「せっかく来てもらったのに、ごめんね……」
「いや、全然。気にしないでくれ。俺たちに出来ることはあるか?」
「え? えっと、その……大丈夫! でも、ありがとう!」
「そうか。では、お大事に。明日また来るよ」
「うん、ありがとう! 明日は営業する予定だから!」
「残念ね」「ま、たまには他の店で食べるのも乙なもんさ」「ちょっぴり新鮮なの!」と、ソティたちと共に、俺は王都中央通りの他の店へと行った。
※―※―※
しかし、翌日の朝。
「……え?」
レストランに来た俺たちを待っていたのは、姉妹ではなく、誰かが残したメモだった。
入口の扉にナイフで刺して留められた羊皮紙には、羽ペンで荒々しく書き殴ってあった。
<銀閃の焔へ。姉妹は預かった。こいつらの命が惜しくば、てめぇら四人だけで以下の場所に来い>
「!?」




