5.「【炎精の拳姫】ファラティア(1)」
「覚悟するの! 『死炎四連撃』!」
「!?」
廊下から部屋の中へと放たれた巨大な四つの炎塊を前に、俺は硬直してしまった。
か、回避を!
――駄目だ!
「ま、間に合わな――」
炎塊は、俺の身体――の両脇を擦り抜けると、全て消滅した。
「…………へ?」
部屋の中に入ってきたのは、ルンルンのご様子のファラティアだった。
「羽虫は四匹とも全て倒したの! 安心するの、ライライ!」
どうやら、部屋の中にいた虫を殺してくれたらしい。
「オーバーキル過ぎるだろうがぁぁあああ!」
俺の声が、屋敷中に響いた。
※―※―※
「ライライの部屋、ワイルドで素敵なの!」
「ありがとう……ちょっとワイルド過ぎだけどな……」
エルラの自殺未遂騒動のせいであちこちの壁に穴が開き、入り口のドアが粉砕されてしまった俺の部屋だが、ちょこんとベッド前の椅子に座ったファラティアは、両足をぷらんぷらんさせながらニコニコと満面の笑みで見回している。
ちなみに、今までの二人の対応で疲労が溜まり過ぎた俺は、このままだと本当に倒れてしまいかねないと思い、ベッドの上で上体のみ起こしている。
【炎精の拳姫】ファラティア。
褐色の肌を持つ彼女は、燃えるような深紅のショートヘアで、赤色を基調とした半袖とショートパンツを身に纏っている。
エルラと同じく戦闘時と私服が同じ彼女だが、痴女と勘違いされてもおかしくないあのハイエルフと違って、ファラティアの格好は健全そのものだ。
「まぁ、見た目が幼女というのも大きな要因だが」
十八歳の彼女は、精霊の血が影響しているのか、八歳くらいに見えるのだ。
そもそも、先祖の人間と精霊が交わったのは何世代も前らしいのだが、彼女は比較的色濃く精霊の血が現れた。いわゆる隔世遺伝、または先祖返りってやつだ。
拳のみだが、自身の身体の一部を好きな時に炎そのものに変化させることが出来るのが、彼女が炎の精霊の血を受け継いでいる証拠だ(普段は何の変哲もない、普通の人間の拳である)。
ちなみに、この異世界で宗教と言えば精霊信仰を指し、精霊を神として崇め奉っているのだが……
「もしかしたら精霊の血を引くファラティアも特別視されたりするんだろうか?」
まぁ、ファラティアを含め、うちは美少女&美女ばかりだから、街中を歩けばみんなの注目の的ではあるのだが、精霊の末裔という要因は考えたこともなかったな……
話を戻すと、ファラティアは、以前は飛ばすことしか出来なかった炎を、最近は任意のタイミングで消すことも出来るようになった。先刻のように。
何はともあれ、先の二人と違って、彼女は明るい感じだし、きっと何の問題もなくこの時間をやり過ごせ――
「ライライ、嘘ついてるの?」
「!?」
――なかったよ。
楽し気に笑っているはずのファラティアだが、よく見ると目が笑ってない!
怖いよ!
……し、しかし、まだ分からない!
今度こそ、「嘘だと分かっても笑って許してくれる」パターンかもしれない!
ゆ、勇気を出して聞いてみよう!
「も、もし……あくまでもしもの話だし、万が一にもそんなことはないんだけどさ、もしも……もしも俺が嘘をついてたら、どうする?」
「どうもしないの!」
「そ、そっか。それなら良かっ――」
ボウッ
「ボウ? ……って、燃えてる燃えてる!」
いつの間にかファラティアの両拳が炎に変化しており、ベッドのシーツに引火、ベッドの周囲が燃えて、俺は迫りくる炎に悲鳴を上げる。
「あ、前言撤回なの! やっぱり、ちょっぴり燃やすの!」
「いやいやいやいや! ちょっぴりどころかかなり燃えてるから! しかも今!」
「え? あ!」
あまりにも普段から炎が身近にあり過ぎるからだろうか、俺が炎に襲われそうになっているという現状に漸く気付いたらしいファラティアが、炎を消した。
あ、あぶねー!
危うくやっとあてがわれた自室内で丸焼けになるところだった……
俺は息を整えつつ、冷や汗を拭う。
「ごめんなさいなの!」
拳を元に戻した彼女が、ぴょんとベッドに跳んで俺に抱き着いてきた。
ま、まぁ、今軽く殺され掛けたけど、大事な仲間だしな。
先程の恐怖体験を何とか必死に忘れようとしつつ、手で頭を撫でてやる。
「くすっ。ライライの手、震えてるの! 女の子に慣れてないっていつも言ってるのは、本当だったの! 可愛いの♪」
今震えてるのは違う理由からだけどな!
でもまぁ、この感じだと、ファラティアはそこまで病んでる感じじゃないのかもな。
「ファラが『このまま一気にボスもやっつけちゃうの!』って言ったせいで、ライライは酷い目に遭っちゃったの……本当にごめんなさい……本当に……本当に……本当に……」
……前言撤回。彼女もまた病んでたよ。
何がきっかけだったのか、それとも最初から切り出すタイミングを計っていたのか分からないが、震えながらポロポロと大粒の涙を零す彼女の背中を擦りながら、俺は語り掛ける。
「俺たち全員、納得していたことだ。どんなボスかを見て確認するだけ、見たら直ぐに帰るってな。あんな状態になってるなんて、誰も予想出来ないさ。あれはイレギュラーもイレギュラー。ファラのせいじゃないさ」
しかし、ファラティアはフルフルと首を横に振る。
「ライライは優し過ぎなの。もうちょっと厳しくても、ファラたちは文句言わないの」
いや、全く優しくなんてないんだけどな……
幻影魔法という嘘でずっと君たちを欺いている訳だし……
ぐしぐしと涙を拭ったファラティアは、顔を上げた。
うーん、近い。近くで見ると、思わず息を呑んでしまう程の美幼女――じゃなくて、美少女。
「……お詫びと言ってはなんだけど、ファラの血をあげるの。ファラは精霊の血を受け継いでるから、飲めばきっとライライの胸やお腹の痛みを治してくれるの。あと、飲んだ後に副作用が出てないかとかも、ちゃんとチェックしてあげるの! つい先日ファラに発現した固有スキル【超知覚】で! これからはこれを使って、ファラがライライの内臓の状態を常に知覚してあげるの! 脳も、心臓も、肺も、胃も、膀胱も、小腸も、大腸も、全部の健康をファラが管理してあげるの! だから、安心するの! キャハッ♪」
ヤバいヤバいヤバいヤバい!
一番マシかと思ってたら、三人の中で一番ヤバいかもしれない!
そうか、だからさっきも、部屋の外から小さな羽虫を四匹同時に、正確にその位置を知覚出来たのか!
って、あれ?
ベッドの上――俺の両足の間に立って、どうした、ファラ?
「善は急げなの! 今すぐファラの血をあげるの!」
「!」
どこに隠し持っていたのか、ファラティアは逆手に持ったナイフで自分の胸を突こうとした。
「はぁ、はぁ、はぁ……っぶねー!」
間一髪のところでファラティアの手を掴んで止めることに成功した。
「コラ! 危ないだろうが! 命を粗末にするな! っていうか、血を飲ませるだけなら、手とかをちょびっと切るだけで良いだろうが! いや、飲まないけどな! だから、手も駄目だぞ! 身体のどこも傷付けるな!」
「あ! ライライの手が少し切れて血が出てるの! ファラのせいで……ごめんなさい……こうなったら、死んでお詫びするの!」
「だーかーらー!」
その後、ナイフを取り上げた俺は、ファラティアに長時間お説教をする羽目になったのだった。
ちなみに、あの小さな身体のどこにナイフなんて隠し持っていたのかを後で聞いたのだが。
「女は色んな場所に隠せるの。本当、ライライは初心なの! 可愛いの♪」
と、クスクス笑われた。
いや、そういうのは、エルラみたいな豊かな胸を持つ者だけが言える台詞では?
いやでも、じゃあどこにナイフを隠してたんだって話にはなるのか。
え? 本当にどこに? どこ……に……? いや、まさか――
……いや、これ以上深く考えるのはやめておこう……
「……………………」
そんな俺たちの様子を、屋敷の外から密かに監視している者がいることに、この時の俺は全く気付くことが出来なかった。




