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4.「【撃滅の森姫】エルラ(1)」

突然部屋に侵入してきたハイエルフ美女のエルラが、得物であるオリハルコン製棍棒を振り下ろした。


「死ねええええええ! あたい!」

「!」


――彼女自身に。


「『ファントム』」


 口の中で密かにそう呟きつつベッドから飛び降りた俺は、エルラとの距離を一気に詰めて、掌底を彼女の腕に食らわせた。


 上段に振りかぶった武器で自分自身を攻撃するのは、案外難しい。

力が上手く入らないのだ。


そのため、彼女の膂力とは比べるべくもない俺ではあるが、多少武器の向かう方向を変えることくらいなら出来る。


そう判断した俺は、少し体勢を低くすると、振り上げられた彼女の腕に、下から掌底で力を斜めに加えたのだ。


でもまぁ、やはり心配なので、保険のために幻影魔法も発動しておいた。


「何でゴブリンが壁に!? あたいが守らないと!」


 エルラなら、仲間が傍にいる状態でモンスターを目撃したら、自殺なんてしている場合じゃないと判断するだろうと俺は踏んだ。


 実際、彼女は斜め後ろの壁に、まるでヤモリのようにゴブリンが張り付いているという幻影を見せたら、棍棒の軌道を強引に変えてくれた。


 ドーン


 壁に大きな穴が開く。


 やっぱり幻影魔法を発動しといて正解だったな……

 俺の掌底だけじゃ不十分だった。


「どこだ! ゴブリン!」


 振り返ったエルラは、既に消えた幻を鬼のような形相で探し回る。


「ゴブリン? そんなのいなかったぞ。気のせいじゃないか?」

「ハッ! そんな訳ないだろう! 確かにあたいはこの目で見たのさ!」


 うーむ、手強い。

 ならば。


「じゃあ、エルラの一発で粉々になったんじゃないか? それこそ、肉の一欠片も残らない程に」

「なるほど。それなら有り得るね」


 それで納得するんかい!

 いや、確かにそのくらい常軌を逸する膂力を持ってはいるけどさ。


「じゃあ、問題ないね。コホン。では、気を取り直して。死ねええええええ! あたい!」

「だから何でそうなるんだよ!? 一旦落ち着けよ!」

「断る! おらあああ!」


 尚も自殺しようとするエルラに対して、仕方がないので、俺は再び幻影魔法を発動。


「『ファントム』」

「今度はオークが!?」


 豚の頭部を持つ半獣人のモンスターを倒すエルラ。


 そんなよく分からない攻防が何度か繰り広げられた後。


「はぁ、はぁ、はぁ……一体何だってんだい!? これじゃあ、まるでダンジョンじゃないか! あたいらの屋敷は、いつの間に魔王軍に占領されてたんだい!?」


 混乱しつつも、それでも尚自殺しようとするエルラに、俺はとっておきの裏技を使うことにした。


「やめるんだ!」

「うるさい! 死ねええええええ! あたい!」

「頼む! やめてくれ! リーダー!」

「!」


 エルラの全身から力が抜ける。

頭上に掲げた棍棒が、彼女の手を離れ、床に落下した。


「リーダー……そうだね、あたいはあんたらのリーダーだ。いきなりこんなことをしても、困らせるだけだったね……悪かったよ……」


 どうやら、冷静になってくれたようだ。


 ふぅ。何とかなって良かった。


エルラはリーダーという言葉に弱い。


以前彼女はかなり有名な冒険者パーティに所属していたらしく、しかし全く活躍出来なかったことが原因らしい。


そんな自分が今はリーダーとして頼られている、というのが、彼女にとって冒険者活動をする上で大きなモチベーションになっているのかもしれない。


「………………」


 俺は、改めてエルラを見詰めた。


【撃滅の森姫】エルラ。


 グラマラスではあるが、筋骨隆々かと言われると、決してそうではない。

 にもかかわらず、人智を超えた力を有するハイエルフの女性。


 彼女の戦闘スタイルは、圧倒的な膂力で棍棒をぶん回し敵を叩き潰すという非常にシンプルなものだ。


 だが、それ故に強く、戦場における彼女の存在感の大きさは特筆すべきものがある。


 鎧とは名ばかりで胸と下腹部以外は何も覆っていない緑色の防具を装備している彼女だが、基本的にプライベートでもそれは変わらない。


 一度エルラの私服を見たことがあるのだが……ヤバかった。

 エルフにもかかわらず、豊満な胸なのも相まって……


「下着と大差ないし、衛兵に捕まるからその格好で出歩くのは絶対にやめて!」


ソティがそうやって目くじらを立てるのも無理ない程に。


「……で? 何で自殺なんてしようとしたんだ?」


 椅子を勧めると、エルラはフラフラと力なく座った。

 俺ももう一つの椅子に座ると、向かい合った。


「あたいのせいで、みんなでボス部屋に行くことになっちまっただろ? あんたが死に掛けたのはあたいのせいだ。だから、償おうとしたのさ」

「いやいや、エルラはボスと戦おうとするファラを止めようとしてくれたじゃないか。最終的にソティの折衷案を呑む形にはなったけど、エルラは取り持ってくれようとした仲間の意思を尊重しただけだ。エルラのせいじゃないさ」

「でも! リーダーはいつ如何なる時でも冷静じゃなきゃいけないのに! あたいは状況を冷静に分析して行動出来なかった! だから、あたいのせいだ!」


 エルラが髪を掻き毟る。


 重症だな、これは……豪快な戦闘スタイルと相反して、真面目過ぎるんだよなぁ……


「君は立派だよ。リーダーとしての務めをしっかり果たしてくれている」

「慰めは要らないよ!」

「いや、本気なんだが……」


 うーん、意固地だなぁ……


「でもさ。もし仮に、エルラにも責任があったとしても、死んでもどうにもならないだろ? 少なくとも、俺はエルラに死んでほしいなんて思ってない。……俺のためと言うなら、生きていてくれよ……頼むよ、エルラ……」


 切なげに眉根を寄せながら、俺は懇願する。


 よしっ!

 我ながら完璧だ! 台詞の内容も、タイミングも!


 これ以上感動的な言葉は無いだろう!


それに、別に全部演技って訳じゃない。俺の本心だし。

伝わらない訳が無い!


 これでエルラは心震わせて、感涙にむせぶはずだ!

 そして、もう馬鹿なことはしなくなる! ハッピーエンドだ!


 見ると、彼女は、まるで暗闇の中に一筋の光を見出したように、目を輝かせた。


「そうか! 確かに、死ななくても、あたいの肉をあんたに食べてもらうことは出来るしね!」

「そうそう、エルラの肉を俺が食べ――今なんて?」

「あたいの肉をあんたに食べてもらうのさ!」

「はぁぁああああ!? 何でそうなる!?」


 エルラは、どのような思考でそのような極端な結論に辿り着いたのかを説明した。


 彼女は、ブラックドラゴン戦の後、最悪の事態を想像して、精神を病んでしまったらしい。


「……ああああ! もしあんたが死んじまったら、あたいは……あたいは……ああああああああ! ……そうだ……あんたが死なないようにすれば良いんだ……そうすれば、ずっと一緒にいられる。……その時、あたいは、そう気付いたのさ」


 いや、妙案を思い付いたみたいな弾ける笑顔で言われましても……


「……ライ。あたいの肉を食べておくれ。よく言うじゃないか、人魚の肉を食べると不老不死になるって。長寿を誇るあたいらハイエルフの肉も、もしかしたら不老の効果があるんじゃないかい? 試してみる価値はあるさ。腕でも脚でも、内臓でも何でもあげるからさ、食べておくれ。そしたらきっと、あんたはあたいと同じになる。一緒に何百年何千年と一緒に生きよう……。……これで、もうあたいらは永遠に離れることはなくなる……ずっと一緒さ。フフッ」


 目がガンギマリでこえーよ!


「いや、俺は、仲間の肉を食うような趣味はないからさ……っていうか、仲間が傷付いて平気な訳ないだろ? 君だって、俺が傷付いて欲しくないと思ってくれてるんだろ? 俺も同じなんだよ」

「!」


 俺の言葉に、エルラは、「そうだね……あたいも、あんたの仲間なんだもんね……」と、ぽつりと呟いた。


「そんなにあたいのことを想ってくれてるんだね……!」


 エルラが瞳を潤ませる。


 ほっ。

 良かった。


 一時はどうなることかと思ったけど、何とかなっ――


「ところで、嘘、ついたりとかしてないだろうね?」

「!」


 ――てなかった。


「ライ。それだけ仲間として信頼して、想ってくれてるんだから、そんなことはないだろうね?」


 血走った目で俺を凝視するエルラに、俺は言葉に詰まる。


「う、嘘なんてつく訳ないだろ!」


 よし、今回は悲鳴も上げず、目も逸らさなかったぞ!

 成長してる! 偉いぞ俺!


「ふ~ん。そうかい」


 そう言いながらも、俺から決して目を逸らさないエルラ。

 正に蛇に睨まれた蛙。


 えっと、もし嘘ついてるって判明したら、どうなっちゃうんでしょうか?

 やっぱり……殺されちゃう?


 でも……でも、もしかしたら、「な~んだ! やっぱり嘘ついてたんじゃないか! しょうがないね。これまでのことは水に流してやるよ。だから、これからは全部正直に言いなよ?」って明るく笑い飛ばしてくれるかも!


 一縷の望みを懸けて、俺は訊ねた。


「も、もしも……そんなことは絶対にないんだけどさ、仮に、ま、万が一、俺が嘘をついてたら、どうする?」

「何も変わらないさ」


 おお!

 奇跡が起こった!


「そ、そっか。それは良かっ――」


ドンッ


「――た。……へ? ドン?」


恐る恐る振り向くと、背後の壁が大きく減り込んでいる。

まるで強烈な一撃を受けたかのように。


見ると、エルラが何かを殴ったかのような姿勢から、元に戻るところだった。


「何も変わらないけど、ちょっとばかし攻撃力は増すだろうね」

「ヒッ!」


空気を殴る衝撃だけで、壁に強烈な一撃を食らわせたらしい。


「あ!」

「こ、今度はどうした?」


 俺が肩をビクッと震わせると、エルラはわなわなと震え出した。


「ほ、頬に傷が!」

「頬? ……ああ、確かに」


触れてみると、今エルラが放った衝撃波の風圧で、左頬にピッと切り傷が出来ていた。


「ご、ごめんよ……ごめん……本当に……ごめん……ごめんなさい……」

「気にするなって。こんなの大したことないから」


 俺は白い歯を見せて爽やかな笑顔を作ってみせるも、エルラは焦点の合わない目で、謝罪を続ける。


「……深く傷付いたあんたにショックを受けて、もう怪我して欲しくないって思ったのに、他でもないあたいが傷付けちまうだなんて……ごめんなさい……ごめんなさい……」


 いや、本当に全然大丈夫なんだが……

 

 俺は、安心させるために、立ち上がって胸を張り、左右の力こぶを作り、健在ぶりをアピールすることにした。


「ほら! 俺なら大丈夫だから! そもそも、大体みんな大袈裟なんだよ。俺を重傷患者みたいに寝かせて。確かに胸も腹も痛むことはあるけど、もう慣れっこだし、大したことないし……ゴホッ!」

「!」


 あ、いかんいかん。

 言ってる傍から、胸に痛みを感じて咳き込んでしまった。


「だ、大丈夫大丈夫。ほら、何ともな――あれ?」


 咳き込んだ時に左手で口許を覆ったのだが、見ると、真っ赤に染まっていた。


「…………あ」


 それが血液だと理解するのに、数瞬掛かった。


勘弁してくださいよ、幻影魔法さん!


痛みも血も、リアルさ追求のためには必要なものかもしれないけど、今このタイミングはどう考えても悪手でしょうが!


「あ、えっと……その……まぁ、何だ。いつもは血なんか出ないからさ。本当に」


 俺が必死に取り繕っていると。


「……これが、あんたの血なんだね、ライ……」

「!?」


 立ち上がり、俺の血塗れの手を取ったエルラは、自らの頬に当てて、塗りたくった。エルラの頬が赤く染まっていく。


「な、何してるんだ君は!?」


 動揺する俺とは対照的に、彼女はまるで海の底のような静けさと共に、しかし隠しきれない熱い想いを滲ませながら言葉を紡ぐ。


「もう二度とあんたが傷を負わなくて良いように、あんたの血の匂いを、温もりを、肌触りをあたいの身体に刻み込んでるのさ。ほら、こんなに痛くて辛くて悲しいものなんだよって。これを続けたらあんたが死んじゃうんだよって、決して忘れないようにね」

「………………」


 胸が痛い! さっきとは別に理由で!

 

 嘘なのに! この血も、戦闘での怪我も、全部幻影魔法なのに!


 心が痛いよぉぉおおお! 


 その後、暫くの間、エルラは俺の手を離さなかった。


※―※―※


「じゃあ、あたいは行くけど、ちゃんと静養すること。これはリーダー命令だ。良いかい?」

「分かった」


 神妙に頷くと、エルラは部屋から出て行った。

 先ほどの自殺未遂騒動で壁と共に粉砕してしまったため、ドアが無くなった出入口から。


 見送った俺は、脱力し、思わずたたらを踏んだ。


 し、しんどい……!

 色んな意味で……!


 これは、本当に横になった方が良いのかもしれな――


「覚悟するの! 『死炎四連撃(デスフレイム・クワドプル)』!」

「!?」


――巨大な炎塊が四つ、廊下から部屋の中へと放たれた。

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