3.「【超斬の剣姫】ソティ(2)」
「嘘、ついてないわよね?」
「ヒッ!」
大きく見開かれたソティの瞳からは光が完全に消えて、濁った闇を宿している。
「まさかとは思うけど。ね、ライ君?」
深淵に吸い込まそうになり、全身が粟立った俺は、思わず目を逸らした。
しまった!
悲鳴を上げてしまった。目も逸らしてしまった。
めちゃくちゃ怪しいじゃないか、俺!
これじゃ犯人のムーブだよ!
で、でも、怖過ぎてソティを直視出来ない!
心臓が早鐘を打つ。口の中が渇く。全身が震える。
俺は、自身の失態に焦りつつ、目を逸らせたまま必死に取り繕った。
「う、嘘なんてつく訳ないじゃないか。だ、だって、ソティは大切な仲間なんだから」
「本当に? じゃあ、何で目を合わせてくれないの?」
「うっ!」
背中を悪寒が走る。
いつもは鈴を転がすようなソティの声が、今は魔王かと思われるくらい低いんですが……
ほら、シーツを掴んでる両拳なんか、力の入れ過ぎで血管が浮き出ちゃってるし!
っていうか、やめて!
無言でシーツを引っ張ってその上にいる俺まで引っ張って引き寄せようとするの、お願いだからやめて! 怖いから!
「は、恥ずかくてさ。俺、身内以外の女の子とこんな風に話すのに慣れてなくて。例えば、行きつけの魔導具の店主さんと喋る時も緊張しちゃうんだ。彼女は見た目は少女だけど魔導具で若作りしてるだけだから、本当はかなり歳いってるみたいだし、緊張する必要は無いとは分かってるんだけど――」
「良いからちゃんとこっち見て」
「はい!」
ドスのきいた声に、反射的に俺は振り向く。
瞳孔が完全に開いている瞳に気圧されるが、悲鳴を上げるのは何とか堪える。
美少女に見詰められるというシチュエーションで、恐怖を感じることってあるんだな……
小刻みに震えながら、現実逃避で俺がそんなことを考えていると。
ソティの双眸が見る見るうちに濡れていく。
「……その真っすぐな瞳……ううっ……ごめんなさい……私、貴方を疑ったりして……そうよね、ライ君が私たちに嘘なんてつくはずないものね……ぐすっ……」
ポロポロと大粒の涙を零すソティ。
ズキッ
心が痛い! 痛いよぉぉおおお!
「大怪我させた挙句、ライ君を疑ってしまうだなんて……私は、どうしたら償えるかしら……一体、どうしたら……そうだわ!」
涙を拭ったソティが、ぱぁっと顔を輝かせた。
「ライ君、お金が必要なのよね?」
「え?」
「以前言ってたじゃない。『バフを掛けるための指輪型魔導具を買うのに、かなり借金した』って」
ああ、確かにそう言った。
俺自身を含むパーティーメンバー全員にバフを掛ける効果を持つ指輪型魔導具を購入した、と。
まぁ、というのは嘘で、本当は幻影魔法の効果を格段に高めるためのものなのだが。
まぁ、馬鹿正直に言う訳にはいかないからね。
幻影魔法を使っているのがバレたら殺されるし……
ちなみに、俺が購入した複数の指輪は、全部が全部同じ機能を有している訳ではない。
魔力増大の指輪、同じ威力の魔法を少ない魔力で発動出来るようにするもの、魔法の効果を格段に高める指輪、などなど、色々とある。
なお、魔導具屋の店主さん曰く、これらの品はちょっと特殊らしい。
高純度の魔石を使い、効果を限界まで高めた結果、本来は肉体への負荷が大き過ぎるため、使用時は一個が限界とのことだ。
が、ソティたちの足を引っ張ってばかりだった俺は、そんな甘っちょろいことを言っていられず、一個ずつ買い足していった。
その結果、現在の俺は、指輪型魔導具を十指に一個ずつ――つまり合計十個嵌めて、それらを毎回同時に発動している。
「ま、いっか。別に身体も特に問題ないし」
あと、指輪型魔導具は装着者の指の太さに合わせて自動的にサイズを変えてくれるのだが、どの指に嵌めるかは人間側が指定出来ず、指輪の方が決める。
ということで、何故か最初に買った指輪は左手の薬指にしか合わなかったのだが(右手の方にしようとすると、指輪が拒否してサイズを合わせてくれなかった)、その指輪一つだけを嵌めていた頃は、ソティに何度も問い詰められたものだ。
「ねぇ、その指輪、何?」
「え? ああ、これね。実は魔導具なんだ。戦闘時に、パーティー全体にバフを掛けてくれるんだ。と言っても、効果はちょっとだけらしいんだけどさ。気休め程度かもしれないけど、少しでも貢献したくて」
「ふ~ん。で、何で左手の薬指なのかしら?」
「自動的にサイズを合わせてくれるんだけど、どの指に嵌めるかは指定出来なくて、指輪の方が決めるんだよ」
「へ~。まさかとは思うけど、その指輪、誰か他の子にも同じものをプレゼントしてたりしないわよね?」
「え? いや、そんなことはしてないけど……」
「本当かしら? 怪しいわ」
「………………」
未だに、何故あんな風に詰問されたのか、意味不明なんだが……
ともあれ、そのような経緯で購入した指輪型魔導具は、効果絶大!
俺の幻影魔法は遥かに強力なものとなり、ソティたちを騙すのに大いに活躍してくれている。
「まぁ、その分値が張って、借金だらけにはなってしまったが……これも必要経費だ、仕方ない」
でも、今回A級ダンジョンを攻略したのだから、これで借金も大分返せたんじゃないの? と思われるかもしれないが、実はそうじゃない。
ブラックドラゴンを倒した直後。
三匹のドラゴンたちの攻防で既にかなりガタが来ていたのか、あの部屋は崩落してしまった。
その結果、部屋の最奥部にあった宝箱も取れず、ブラックドラゴンは疎か、他のドラゴンたちの牙や角すらも入手出来ず、慌てて戻ってきたのだ。
うちのパーティーは、「まずはダンジョン攻略を最優先で」という方針のもと、往路はモンスターたちの部位は入手せず(嵩張るし)、代わりに、ボスを倒した後の、心理的に余裕がある復路で行うという段取りでいつも挑んでいた。
だから、今回の俺たちは、ボス攻略の証拠が無く、故に冒険者ギルドからのクエスト達成の報酬も貰えず、貴重なドラゴンどころか他のモンスターの部位の売却益すらも無い。
「下手したらただ働き、か」
まぁ、今回、何故かSS級のブラックドラゴンが出現したことで、冒険者ギルドが調査隊を送ってくれたから、その確認が取れれば、報酬に関してはちゃんと貰えるとは思うけど。魔王の右腕である彼の生死は人類にとって大問題だからね。
「でも、それも確実じゃないんだよなぁ」
調査終了がいつになるかは分からず、崩落が激しければ、そもそもブラックドラゴンの遺体も他の二匹のドラゴンも大量の土砂に埋まっていて見付けられない可能性だってある。
そうなると、今回あれ程苦労して行ったA級ダンジョン攻略による報酬はゼロということになる。
だから、今後も俺は、借金返済のために、ダンジョンに潜り続ける必要があるんだ。
「確かに俺は、指輪型魔導具の購入で多額の借金をしたけど、それがどうかしたのか?」
俺の問いに、ソティは仄暗い光を瞳に宿した。
「安心して。ライ君の借金は、私が返すから。私が自分の内臓を売って稼ぐわ。ウフフ。大丈夫よ。肺も腎臓も二つあるじゃない。目や耳だってそうよ。一つくらい無くなったって死にはしないわ。それに、そもそもハイポーションがあれば、元通りに回復するじゃない。何も心配しないで。もう貴方はダンジョンには潜らずに、ゆっくりしていて。ウフフ。ウフフフフ」
「………………」
何も安心出来ないんですがぁぁあああああ!?
と、取り敢えず……
俺の嘘がバレないようにするためには、急に行動を変えない方が良いと思うんだよね。
急にダンジョンに行かなくなるのも、急に幻影魔法を使わなくなるのも、それはそれで「何かいつもと違うな」と違和感を感じて気付かれる恐れがある。
だから、これからも今まで通り幻影魔法を使い続けるしかない!
っていうか、「はい、今日の稼ぎよ。ウフフ。ほら、大丈夫って言ったでしょ。私は死んでない。肺も腎臓も目も耳も元通り。ウフフフフ」って言いながら、毎回血液が付着した金貨を俺に渡してくるソティとか、嫌過ぎるし! それなら、今まで通り俺がダンジョンに潜って稼いだ方が、百億倍良いし!
「じゃあ、そろそろ行くわね。ちゃんと休むのよ?」
俺が、心の中で密かに決意を固めると、ソティが立ち上がった。
「ああ、ありがとう」
ハイポーション飲んでるから、休む必要なんか無いんだけどね!
っていうか、そもそも全部幻影魔法だから、怪我すらしてないんだけどね!
でも、話を切り上げてくれて本当にありがとう!
これ以上は、良心の呵責という名の心痛で、どうにかなってしまいそうだったから!
「じゃあ、また後でね」
名残惜しそうにソティが部屋から出ていき、「はぁ。これで少し休める」と、俺が一息つくと。
「死ねええええええ!」
「!?」
ハイエルフ美女のエルラが入れ替わりで入室、上段に構えたオリハルコン製棍棒を振り下ろした。




