2.「【超斬の剣姫】ソティ(1)」
「はっくしょん! ……ズビー……」
相変わらず花粉症に悩まされる俺だったが、今は些細な問題だ。
それよりももっと大きな悩み事に、俺は頭を抱えていた。
「……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
ベッドに寝転ぶ俺の傍にある椅子に座り、虚ろな目を伏せて、謝罪を繰り返す長い茶色のポニーテール美少女。
見慣れた軽鎧は外し、何の変哲もない布の服を身に纏っているのだが、いつも凛としている彼女が着ると不思議と違って見えたものだ。まるで王族の衣装のように。
そう。
いつもだったら、そんな風に見えただろうに……
【超斬の剣姫】。
それが、ソティが与えられた二つ名だ。
そのスピードは神速と呼ばれ、速さと技巧で圧倒、気付いた時には相手の首が宙を舞っている。
孤児院育ちにもかかわらず、元勇者に才能を見出された彼女は、元勇者が直々に一年間限定で修行をつけてくれた過去があるらしく、惚れ惚れするようなあの戦いぶりを見ると、それも頷ける。
血が飛び悲鳴が上がる戦場において、彼女の所作は洗練されており、まるで騎士の神聖なる一騎打ちを毎回見守っているような気持にさえなるのだ。
堂々たる剣捌き、一片の迷いもない剣筋、凛とした佇まい。
そんなソティが、今は見る影もない。
「……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい本当にごめんなさい……」
胸が痛い……
俺のためにこんなにショックを受けて、謝ってくれて……
心が痛い……全部、幻影魔法なのに……
ここは、治療は全てハイポーション頼みという火力極振りパーティ【銀閃の焔】の拠点である、古い屋敷だ。
以前は宿暮らしだったのだが、一年前にその宿を経営していた家族に不幸があり泊まれなくなって、ならばと、それを機に王都コアルズの中央地区から離れた区域にある安い中古物件を購入したのだ。
「仕方ないから、貴方もここに住ませてあげる」
腕組をして顔を逸らしながら告げるソティに、しかし俺は首を横に振った。
「ありがとう! でも、俺はまだまだみんなの役に立ててないから、ちゃんと貢献出来るようになるまでは、外で寝泊まりするよ!」
俺への憐憫の情なのだろうか、何故か必死に引き留めるソティたちを振り払って、俺は屋敷の敷地内にある馬屋で、二頭の馬たちと共に暮らした。
「ブルルルッ」
「ヒヒ~ン」
お陰で、この一年で、ウマ子とウマ美の言っていることが何となく分かるようになった。
ちなみに、「ちょっと! うちのパーティの馬たちに変な名前つけないでよ!」と、女性陣からは不評である。可愛いのに。
「私のせいよね……私が『ボスがどんな感じか、様子を見に行く』なんて言ってしまったから……」
良心の呵責に苛まれ過ぎて現実逃避していた俺の意識が、ソティの悲痛な呟きで眼前の状況へと引き戻される。目を伏せて自責を続けるソティ。
あ、そう言えば、今こういう状況なんだった。
ああ、胸が痛い……
ブラックドラゴンを倒して、遂にA級ダンジョンを攻略した後。
拠点に戻ってきた俺は、いつも通り定位置である馬屋へと戻ろうとすると、「ふざけるんじゃないわよ!」と、何故か髪を振り乱しながらソティに怒鳴られて、両側をエルラ・ファラティア・そしてソティに押さえ込まれた状態で屋敷内へと連行されたのだ。
そして、現在。
ベッドに横たわる俺は、上体を起こした。
「いや、ソティのせいじゃないよ。確かに案を出したのはソティだけど、そもそもそれは、疲労困憊状態でボスと戦いたがったファラと、それを止めるエルラの間で、折衷案として出しただけじゃないか。君は何も悪くな――」
「私のせいよ! せっかくエルラが止めてくれてたのに! 私があんなこと言わなければ、ライ君はこんな目に遭わなかったのに!」
「いやいや、結果的に勝てたんだから、良いじゃないか。それに、俺ならこうして、ハイポーションのおかげでちゃんと治って――」
「ちゃんと治ってないじゃない! 胸もお腹も痛いんでしょ? ハイポーションを服用し続けて、そのせいで耐性が出来て、効き目が悪くなってるんでしょ? 全部私のせいだわ……私がライ君に無理させちゃったから……」
目を伏せ、ベッドの淵のシーツをギュッと掴みながら、ソティは自分を責め続ける。
駄目だ。
聞く耳を持ってくれない……
すぐ傍で美少女が自分のために感情を大きく揺さ振られている。
このパーティーに加入する前の下心ありまくりだったあの当時の俺からしたら、もしかしたら天国のようなシチュエーションに思えるかもしれない。
でも、毎日必死に戦う彼女たちを見てきて、互いに背中を預け合う関係になった今、そんな風には見られない。
それに、「命を預けているその背中は、実は幻」なのだ。
もし知られたら、殺されてしまうだろう。
い、いやでもまぁ、そのお陰で、毎回モンスターに隙が出来て、勝ててるじゃん? 嘘も方便って言うじゃん?
で、でも……それでもやっぱり、嘘だってバレたら殺されちゃうかもな……
「信じてたのに!」「仲間だと思ってたのに!」って叫ばれながら、愛用の長剣でブスリと……ヒィッ!
じゃ、じゃあ、いっそのこと、嘘じゃないってことにしよう!
うん、それが良い!
もし疑われても、全力で否定しよう!
ハハ。毎回庇って死に掛けるのが嘘(幻影魔法)な訳ないじゃないか(滝汗)。
ってね!
方針を決めた俺が、ソティに目を向けると――
「嘘、ついてないわよね?」
「ヒッ!」
――それまで伏せられていた瞳が、濁った闇を宿し、俺をじっと見詰めていた。
※―※―※
気付いた時には、私はライ君に対してそんな言葉を発してしまっていた。
最初はそんなつもりは無かったのだ。
ただ、ライ君に申し訳なくて、許してもらえるだなんて思わなかったけど、とにかく謝りたかった。それだけだったのに。
でも、あの光景を見てしまっては、嘘をついているのではないかと猜疑心を持ってしまうのも仕方がないと思う。
それまでも、ダンジョン内で度々不思議なことが起こった。
イルカが泳いでいたり、お花畑が出現したり、私たちがもう一組、場合によってはもう二組現れたり。
でも、ブラックドラゴン戦はそれまでの比じゃなかった。
ブラックドラゴンの最強のドラゴンブレスを食らいそうになっていた私たちを、ライ君が庇ってくれた直後。
まず、私たちの攻撃力が格段に増幅した。
まだこれは分かる。
ライ君が指に嵌めているバフを掛ける指輪型魔導具のおかげなのかもって。
ただ、気休め程度と言っていたにもかかわらず、全モンスターの中で最高硬度を誇るブラックドラゴンの鱗を、まるで可憐な花弁をナイフで切るかの如く容易く切り裂くことが出来たのは、異常ではあったけど。
でも、それはまだ序の口。
だって、ブラックドラゴンが動きを止めてしまったのだから。
デバフの効果などという生易しいものではない。
あれは、麻痺や睡眠といった状態異常に近い何かだった。
そもそも、全てを燃やし尽くすと言われる闇の炎のドラゴンブレスは、一人の人間が身を投げ出したところで、止められるような性質のものではない。
にもかかわらず、ライ君が庇ってくれた刹那、闇炎のドラゴンブレスは掻き消された。
まるで、現実が改変されたかのような、不思議な光景だった。
だから、私は思ってしまった。
ライ君は、何かを隠しているのではないか、と。
私が疑念を抱いたのはそれだけではない。
一番重大なことは、ライ君の身体はとっくに限界を迎えている可能性が高いということだ。
本当はもっと深刻な状態なのに、それを隠しているのではないかと思ってしまうのだ。
だって、彼がくしゃみをする度に、彼の目・鼻・口から、血液が溢れ出すのだから。




