18.「炎の精霊」
「ああぁぁああああああああああああ!」
突然全身が炎そのものに変化したファラティア。
「!」
動揺する俺たちの眼前の虚空に、同じく炎そのものという妙齢の絶世の美女がふわりと現れた。
モンスター!?
いや、この見た目、それにこの場所ということは――
「炎の精霊だな! ファラに何したんだ! 今すぐ元に戻せ!」
精霊相手にどこまで戦えるかなんて分からないけど、やるしかない!
得物を構えるソティとエルラと同様、剣を抜いた俺が幻影魔法を唱えようとすると。
「ま、待って欲しいの!」
「ファラ!?」
ファラティアが苦し気に声を振り絞った。
「お祖母ちゃん、ありがとうなの!」
「!?」
ぺこりと頭を下げる彼女に、炎の精霊はスーッと近寄っていくと。
「ああ! 我が孫娘よ! やっと会えたのじゃ! 可愛いのじゃ! 可愛いのじゃああぁぁああああああ!」
ギュッと抱き締めて、頬をスリスリと擦り付けた。
※―※―※
「じゃあ、力をくれたってこと?」
「如何にもその通りじゃ。妾が願うのは可愛い可愛いファラティアの幸せだけじゃからな」
炎の精霊は、「まぁ、ファラティアは天才じゃからのう。力の使い方をちょこっと教えてやっただけじゃ」と言葉を継ぐ。
確かに、ファラティアは全身を元に戻したりまた炎に変えたりして、既にコントロール出来るようになっており、自分のものにしたようだ。
っていうか、以前から思っていたけど、不思議と自分が身に着けている装備とかは燃えないんだよなぁ、あの力。
「いや、いきなり過ぎてビックリしたわ」
「サプライズじゃ」
「突如炎に包まれるサプライズがあってたまるか!」
ちなみに、祖母と孫と互いに呼び合ってはいるものの、便宜上そうしているだけで、本当はもっと世代が離れているらしい。
炎の精霊は、自分が魔法で出現させたテーブルと長椅子を指さした。
「そうカリカリするでない。きっと疲れておるのじゃろ? 其方らもここに座ると良いのじゃ」
「尻が焼けるわ!」
そう。テーブルも長椅子も炎で出来ていた。
ファラティアは炎の精霊の対面に普通に座っているが、きっと彼女は特別なのだろう。元の姿に戻った時も燃え盛る長椅子の影響を全く受けていない。
っていうか、そのコップに並々と注がれたそれは何なんだ?
炎だよね? え、飲むの? 飲んじゃうのそれ?
「炎のテーブルとか、生まれて初めて見たわ……」
「ハッ! 見たことがある奴なんて、まずいないだろうけどね」
火傷しないように遠巻きにテーブルを眺めるソティとエルラをチラリと一瞥した炎の精霊は、俺に視線を戻した。
「ライよ。実は其方に頼みがあるんじゃが」
「ん? 別に良いぞ。俺に出来ることなら。ファラのご先祖様だし、彼女のことを心配して力までくれたしな」
「そうか。感謝するのじゃ」
「で、何すれば良いんだ?」
「いや、其方らにはまずやるべき事があるじゃろ? 無事に魔王を討伐した暁に、改めて頼むとしよう」
「分かった。っていうか、俺に出来ることなんてたかが知れてるけど、本当に俺で良いのか?」
「其方にしか出来ぬことなのじゃ。以前自身の力を制御し切れず暴走させてしまい、現在は誰も傷付けぬように引きこもってしまっておる闇の精霊に関することなんじゃが、其方なら大丈夫じゃろうて」
「………………」
うん、荷が重い! 重過ぎる!
精霊を俺がどうこう出来る訳ないでしょうが!
「……まぁ、魔王討伐したら、な」
闇の精霊に対して何をするのかは分からないけど、全力で頑張って、「駄目だった。ごめんね」って言えば、きっと許してくれるだろう。
あと、魔王討伐とかも精霊がやってくれれば良いじゃんって思うかもしれないけど、精霊たちは強大過ぎるその力故に、人間界の争いごとに干渉することを禁じているとのことだ。
……いや、ファラのご先祖様なんだよな?
今回だけ特別に、炎の精霊自身が魔王を倒してくれたりは……
あ、そうですか。無理ですか。ですよねー。
うん、分かってた。分かってたよ。別に気落ちなんかしてないよ……
はぁ……
「ライよ。どっか行ってくれんかのう?」
「……唐突に冷遇されてショックなんだが」
「ああ、違うのじゃ違うのじゃ。女子同士で秘密の話があるだけなのじゃ」
なるほど。
耳元で話そうにも、あの炎じゃ近付けないから、それなら俺の方を遠ざければ良い、と。
……いや、ファラティアが自在に人間の姿と精霊フォームを行ったり来たり出来てるんだから、あんたも出来るだろ。
それとも何か、力が強大過ぎて、人間の姿にはなれないのか?
あと、女子同士で秘密の話てなんだよ。
普通に気になるわ。
ていうか精霊が女子て。
数千年とか数万年、下手したらそれ以上年齢を重ねていそうなんですが……
「分かった」
俺はみんなから少し離れて、数分間ぶらぶらと散歩した。
※―※―※
無事に女子会が終わった後。
「悪いな、こんなものまで貰って」
「なぁに。可愛い孫娘のためじゃ」
炎の精霊がくれたのは、魔導具の一種である空間転移指輪だった。
レイガさんが使っていたのと似たような奴だろう。
まぁ、彼のは自分が色んなところに移動出来るだけじゃなくて、任意の相手のみを強制的にどこかに飛ばすことも出来るみたいだし、仲間と一緒に飛ぶ機能のみに特化したこの指輪とはちょっと違いそうだけど。
それにしても、ファラティアではなくて俺が持っておいた方が良いと言われたのは、意外だった。
「それを使うのは、其方が適任じゃ。そう。其方が、のう……」
含みを持たせた言い方が気になったけど……
え、もしかして、俺の幻影魔法のこと、気付いてる?
戦場を俯瞰して、最高のタイミングで最高の幻影を発生させる俺のことを見抜いてる?
いや、まさかねぇ。いくら炎の精霊だからって、そんなことあるわけないっしょ! あはははは!
「じゃあ、お祖母ちゃん、ファラはそろそろ行くの」
「そうか……気をつけてな。何かあれば、この男に頼るのじゃぞ? 盾に使っても構わんのじゃ」
おい。
「ううん、むしろライライが危なくなったら、ファラが命を投げ出して守るの!」
「……ライよ。万が一妾の可愛い孫娘に何かあったら、その腸を焼き尽くしてやるからのう。覚悟しておくことじゃ」
「ヒッ!」
何でファラのヤンデレのつけを俺が払わないといけないんだよ!
いやまぁ、勿論ファラにそんなことはさせないけどな!
「じゃあ、ありがとうな」
「魔王ごとき、サクッと倒してくることじゃ。今度はもっとゆっくりファラティアと語り合いたいからのう」
簡単に言ってくれるぜ……
炎の精霊に礼を言った後。
「炎で出来てなくて本当に良かった。ちゃんと触れる。」
俺は、指に嵌めた空間転移指輪に触った。
あ、分かる。これが魔王の魔力だ。
どうやら、感知魔法のような機能まで有しているらしい。
「『ワープ』」
俺たち四人は、空間転移した。
※―※―※
「荒野……?」
俺たちが目にしたのは、どこまでも広がる荒野と――
「クックック……情報通りやってきたな。死ね」
「!?」
――モンスターの大軍を背後に従えた魔王と、奴が空に待機させていた無数の氷柱が俺たちに降り注ぐ光景だった。




