12.「温泉と旧友」
「名などない。ただ、世間ではS級殺しと呼ばれているらしいがな」
「!」
今世間で噂の、S級冒険者ばかり狙って暗殺するとかっていう奴だ!
「そんな奴が、一体何の用だ?」
俺たちA級なので、関係ないですよね? とは言えない雰囲気だ。
俺の問いに、S級殺しは相変わらず起伏の無い声で答える。
「警告だ。魔王には手を出すな。さもなければ、貴様らには消えてもらう」
「!?」
森の中に淀んだ闇が出現、S級殺しは闇に呑まれ、消えた。
「今のは、空間転移……ということは、魔法使い――いや、そうとも限らないか。魔導具を使えば空間転移出来るしな。まぁ、相当高価且つ希少だが……」
全てが謎に包まれたS級殺しが残した言葉について、俺は思考する。
「っていうか、魔王には手を出すな!? 何でそんな警告を!? しかも、冒険者ギルドが、ブラックドラゴンに関して箝口令を敷いた直後に!? いや、そもそも、盗賊団が事件を起こしたのも、冒険者ギルドが脅しっぽいことを言ってきたすぐ後だったし……偶然にしては出来過ぎだよな……」
どんどん悪い方向へと思考が流れていく。
そんな俺を心配してくれたのか、下から俺の顔をくりくりした瞳で覗き込んだファラティアが、「すっごく眉間に皺が寄ってるの……」と呟いた後、元気よく叫んだ。
「ライライのことを、ファラがぐつぐつと煮てあげるの!」
「……俺のこと、調理して美味しく食べようとしてる?」
いくら美幼女――の見た目の美少女の申し出でも、流石に喰われるのはちょっと……
「ファラが炎の拳で千度くらいに熱したお風呂、きっと気持ち良いの! 疲れも取れて、リラックス出来るはずなの!」
「いや千度て。リラックスする間もなく溶けて無くなるわ!」
閻魔大王による地獄の責め苦か何かかな?
「お風呂……そうだわ!」
と、そこに、ソティが両手を合わせて明るい声を上げた。
「温泉よ!」
※―※―※
ということで、俺たちは温泉に行くことにした。
あの後、ティジィとホルシィの姉妹を王都へと返すと、「しばらくはゆっくりしなよ」と言った俺に、二人は「大丈夫!」「大丈夫です!」と笑みを見せた。
そして、仕込みを行い、その日の夜から営業を再開した。
まだ幼いのに、本当にすごい姉妹だ。
俺たちは、ティジィたちのレストランで夕食を食べて、翌日の昼まで寝て(流石に前日の戦闘で疲労が溜まっていたらしい)、昼食もまた彼女たちの店で取った後、温泉に向かった。
※―※―※
「良い湯ね」
「ハッ! たまには良いもんだね」
「ファラの卵肌が更につるつるになっちゃうの♪ これじゃあ、モテモテになっちゃって困っちゃうの♪」
本当に気持ち良い。
心と身体の疲れが、全て湯の中に溶けて消えていくようだ。
……いや、最初はそんな余裕は無かったんだけどな。
「混浴!?」
まさかの混浴だったから。
「問題ないわ!」
「ハッ! あたいらは互いに背を預け合う仲間だろ? 何の問題があるってんだい?」
「ライライには、ファラと混浴してドキドキする権利をあげるの!」
でも、何故かみんながノリノリだったので、押し切られる形で、一緒に入ることにした。
そして、今。
彼女たちの方を極力見ないようにすることで、俺は何とか冷静さをギリギリ保っている。
「エルラ、めちゃくちゃ大きいわよね。何食べたらこんな風になるの?」
そうか、エルラはやっぱりでかいんだな。
いやまぁ、あのやたら肌面積が大きい鎧でも十分その存在をアピールしていたから、分かってはいたけど。
「ハッ! あたいはエルフの中では珍しく肉が大好物だからね。もしかしたらそれが理由かもね」
そうか、確かにエルラは、肉料理ばかり頼むしな。
「ファラから見たら、ソティも十分大きいの!」
そうか、ソティも結構、か。
まぁ、ファラは見た目は完全に幼女だからな。
そんな彼女から見たら、ほとんどの十代後半の少女は大きいことになるんだろうけど。
……とまぁ、冷静に。
あくまで冷静に、俺は耳からの情報のみに意識を集中して、資格情報はなるべくシャットアウトして、事なきを得た。
※―※―※
「こんな隠れ家みたいな温泉宿が、王都から数時間の場所にあるだなんてな」
温泉を出た俺は、少し涼もうと、仲間たちと共に宿の外に出て、森の上に煌めく夜空を見上げていた。
仲間たちの綺麗な声が返ってくると期待していたのだが。
「俺様もここに最初に来た時は、そんな感想を持ったもんだ」
「かっかっか! ここは知る人ぞ知る秘湯だからな。まぁ、俺っちみたいな温泉好きなら、間違いなく知っているだろうが」
「……誰?」
野太い声と快活な男の声に、俺が振り向くと、そこには見知らぬ男が二人いた。
どちらも中年だが、一人は無精ひげを生やしたやさぐれた印象の中肉中背の男で、もう一人は男にしてはかなり小柄だが、筋肉の塊とも言うべき、恐るべき肉体を持っている。
「「師匠!」」
ソティとファラティアの声が重なった。
どうやら、彼女たちの剣と武闘の師のようだ。
「ハッ! まさかあんたらの顔をここで拝むことになるとはね。せっかくの休暇だってのにさ」
悪態をつくエルラ。
彼女もまた、知り合いらしい。
……あれ?
ってことは、二人とも知らないのは俺だけじゃね?
※―※―※
「ゆ、勇者さんですか!?」
「元、な」
「そして、勇者パーティの武闘家の方!?」
「かっかっか! 昔の話だがな」
ガイアさんは元勇者で、レイガさんは元勇者パーティメンバーだった!
どうやら、たまには旧友二人で小旅行にでも出掛けよう、という話になったらしい。
「ってことは! エルラも勇者パーティの一員だったってことか!? すごいじゃん!」
「……ああ、まぁ、確かにそうだったさ……」
エルラが目を伏せる。
「当時のあたいは、全く役に立てなかったからね……」
「………………」
俺は、胸を張って元勇者パーティメンバーの男性陣に告げた。
「ガイアさん、レイガさん! エルラは、俺たちの冒険者パーティ銀閃の焔のリーダーで、すごく頼りになるんです! 彼女の戦いっぷりはそれはもうすごくて、棍棒でモンスターどもを派手にぶっ飛ばして倒しまくってくれるんですよ! 最強のアタッカーです!」
「ライ……」
目を見開くエルラ。
「そうよ! 正直、同じ前衛として嫉妬するくらい、エルラの火力はすごいんだから!」
「ソティ……」
「エルラは敵をバンバン倒してくれるの! 倒し過ぎて、ファラの仕事がなくなっちゃうこともあるくらいなの!」
「ファラ……」
俺たちの言葉で感極まるエルラに、ガイアさんとレイガさんが目を細める。
「良い仲間たちじゃねぇか」
「かっかっか! きっとあの後、自己研鑽を続けたんだな」
胸に手を当て、瞳を潤ませたエルラは、息を一つつくと、無理矢理笑顔を作って、俺たちの背中をバシバシ叩いた。
「ハッ! あんたら、人様の前でそんな本当のことを言うんじゃないよ! 本当にもう!」
「いてて!」
「この馬鹿力! 少しは手加減しなさいよね!」
「身長差があるからって、ファラだけ頭なのは納得いかないの! そんな風に叩かれたら、地面に埋まるの!」
そんな俺たちを見て、ガイアさんとレイガさんは笑った。
※―※―※
「かっかっか! じゃあな」
翌朝、レイガさんは肩越しに手をひらひらと振りながら、去っていった。
っていうか、徒歩!?
いや、流石にどっかに馬車を停めてあるのか?
でも、元勇者パーティメンバーだったら、王都から走ってきたりも出来るのかも。
「俺様たちは徒歩だったんだが」
あ、やっぱそうなんだ。
流石は元勇者パーティメンバー!
徒歩または走りでここまで来るとは、半端ないな!
「てめぇら、ディアルーズ帝国に行くんだろ? 連れて行ってくれねぇか?」
東の隣国であるディアルーズ帝国。
実は夕べ、俺たちは話し合ったのだ。
その結果、この大陸の北東の端にある魔王領へと、魔王討伐に向かうことになった。
いやぁ、みんな武器も防具もちゃんと一式持ってきておいて良かった!
……じゃなくて!
いやいやいやいや、魔王て!
あのブラックドラゴンですら、めちゃくちゃ強敵だったのに、その親玉て!
と、正直思ったし、実際にそう告げたんだけど、元勇者パーティメンバーであり旧知の仲の人たちと再会したことで、エルラの心に火が灯ったらしい。
「大丈夫! ライのことはあたいが守るからさ! 何たってあたいは、最強のアタッカーだからね!」
あ。
ちょっと褒め過ぎたかも。
いやまぁ、本当にエルラのことは頼りにしてるし、すごいと思ってるんだけどね!
でも、俺たちから褒められてテンションが爆上がりしたのも原因の一つみたいだ。あちゃー。
「それに、あたいはムカついてるのさ! 今まで散々ライを酷い目に遭わせてきたモンスターどもに!」
う。
「そうよ! ライ君に大怪我させてきたモンスターたちは許せないわ! 諸悪の根源である魔王を叩かなくちゃ!」
いや、だからあれは全部、幻影魔法で――
「ライライをいじめるとか、魔王許すまじ、なの! ファラが灰にしてやるの!」
痛い痛い痛い痛い!
心が痛いよぉぉおおお!
……ということで、まさか全て幻影魔法でした、とも言えず、みんなの熱意に負けて、魔王討伐をすることになってしまった訳だが。
まずは、魔王領に行く途中にあるディアルーズ帝国に行くことにしたのだ。
というか、魔王領に接しているのがこの国しかないから、どうしても必然的に行くことになるんだよね。
まぁ、あくまで陸路の話で、空路とか海路ならまた話は別だけど。
でもまぁ、陸路が一番妥当かな。
話を戻そう。
「俺様もディアルーズ帝国に用事があってな」
ということで、別に一人くらい増えても全く問題ないので、ガイアさんも、俺たちの馬車で一緒に旅することになった。
※―※―※
だだっ広い荒野を旅している途中で、夜営することになった。
「それとな、その剣の修行の最中に、コイツは――」
「し、師匠! どうかそのくらいで勘弁して下さい!」
一年間限定の修行で、ソティがどんな様子だったかを話すガイアさんに、ソティが顔を赤くする。
恥ずかしいみたいだ。
仲間がどれだけ努力していたかって知ることが出来るのは、俺は嬉しいんだけどな。
「あんた、余計なこと話したらぶっ飛ばすからね!」
そんなソティを見たエルラは、先に予防線を張った。
うーむ、さすが年の功。リスク管理が完璧。見事な腕前だ。
「当時のコイツはな、どれだけ棍棒ぶん回しても、全く敵に当たらなくてな」
「だ・か・ら! 話すなって釘差したところじゃないか!」
エルラに突っ込まれて、楽しそうに笑うガイアさん。
俺たちとはまた違った形の良い仲間だな。
たき火の前で、枯れ枝が爆ぜる心地良い音を聞きながら、俺もまた目を細めた。
※―※―※
翌朝、たき火の後始末をした後。
「さぁ、出発するよ!」
「あいよ、リーダー」
「ええ、行きましょう!」
「出発進行なの!」
リーダーであるエルラの声に、俺たちが答えて馬車に乗り込もうとした直後。
「確認だが、てめぇら、魔王を討伐しに行くんだよな?」
「ん? そうだけど、それがどうかしたのかい?」
首を傾げるエルラに、ガイアさんは、「そうか」と、小さく息を吐くと。
「なら、ここでてめぇらを殺さないといけねぇな」
「「「「!?」」」」
腰の長剣を抜いた。




