視る側に立つ者
ハルダを村のはずれのささやかな墓地に葬った。
村の者は数人だけ来た。古いつきあいの年寄りたち。ハルダが長く村の語り部であったことを知る者たち。彼らはセイルにはほとんど目を向けなかった。だがハルダのためには静かに手を合わせた。
ティナが隣にいてくれた。
土がかけられていく。霜の匂いの中で。セイルはハルダの骨ばった冷たい手の感触を思い出していた。あの朝、自分を送り出した手。昨夜最後に握り返してくれた手。おまえはおまえだよと。
もういない。
石の畏れを継いできた最後の語り部。古い世代の終わり。それを見届けるように、石は眠りに戻った。まるでハルダの長い役目と引き換えのように。
葬りを終えてセイルは悟った。
もうこの村にはいられない。
石は眠った。村は救われた。だが自分はもうただのセイルではなかった。底のものの引きを半身に抱えたまま生きていく身だった。竜種化の淵の縁に立ったまま。
村の者は自分が村を救ったことを知らない。知ればもっと恐れるだろう。化け物が化け物を抑え込んだと。彼らにとって自分は最後まで祟りを呼んだ子のままでいい。そのほうが村は安らかだ。
ここに留まれば村はまた自分を恐れて暮らす。あの石を自分が眠らせ続けていることも知らずに。
守るために去る。守った村の一員ではいられないまま。それが自分の払った代償だった。
誰にも理解されず。記録にも残らず。どこにも属せず。
「行くんだね」
墓地からの帰り道、ティナが言った。問いではなかった。あの朝ハルダが同じように言ったのと、同じ響きで。
「ああ」セイルは言った。「行く」
「今度はどこへ」
「分からない」セイルは正直に言った。「学問の都にも戻れない。神秘の手にも与しない。村にもいられない。――どこにも、おれの場所はない。けど」
セイルは空を見上げた。低く垂れこめた辺境の雲。その下に自分の守った村が沈んでいた。
「どこにも属さないってことは」セイルは言った。「どこからでも視られるってことだ。学問の側からも、神秘の側からも、村の側からも。狭間にいるからこそ視えるものがある。おれは――そこに立ち続ける。視る側に」
ティナはしばらく黙っていた。
「あたしには」やがてティナは言った。「あんたが何を視てるのか分からない。あの石が何だったのかも。あんたが何をしでかしたのかも。たぶん、一生分からない」
「ああ」
「でも」ティナはまっすぐにセイルを見た。「分からないなりに、半分くらいは分かろうとするよ。あんたが化け物なんかじゃないってことは知ってるから。村のみんながなんて言おうと。――それだけは忘れないでよ」
セイルの胸が熱くなった。
完全には分かってもらえない。それは変わらない。だが――半分だけ分かろうとしてくれる者がいる。理解しきれない孤独を、それでも半分引き受けようとしてくれる者が。
それがどれほど得難いものか。
「ありがとう」セイルは言った。「忘れない」
その夜セイルはわずかな荷をまとめた。
ハルダの形見の麻袋。中の銭はもうほとんど残っていない。それでもどこかへ発つだけはできた。
ふと都に残してきたセレナの顔が浮かんだ。
あの研究室の隅で、来る日も来る日も自分の視たものを書き留めてくれた少女。一人ずつでは届かないものに、二人なら手が届くと目を輝かせたただ一人の協働者。別れも告げずに村へ来てしまった。
書き留められたあの言葉たちは、今もセレナの手元にあるだろう。誰にも視えなかったものが確かに一度形になった、その証として。
いつかとセイルは思った。
いつか都へ戻れる日が来るだろうか。学問の物差しに自分を明け渡さずに。それでもセレナとヴェントと――半分だけ分かろうとしてくれる者たちとまた。
分からない。だがその「いつか」があるかもしれないと思えるだけで足はわずかに軽くなった。
完全に理解されることはない。孤独は消えない。消せばそれは人ではなくなることだ。だが――その孤独を、半分だけ共に引き受けてくれる者が数人いる。
それでいいとセイルは思った。今度こそ本当に。
夜明け前、セイルは村を発った。
村のはずれの斜面に、黒い石柱が立っていた。今はもう何も光ってはいない。ただの黒ずんだ石。だがその奥に何が眠っているかを、セイルは知っていた。底のものがまたいつか目を覚まそうとするかもしれないことも。そのとき、それを視る者が要ることも。
また来るとグレゴルは言った。鍵は開けておくとカインは言った。
いつかその日が来るのかもしれない。
そのとき――視る側に立ち続ける者がここにいる。
セイルは黒い石を一度だけ振り返った。それからその奥に眠るものに背を向けて。
霜の匂いのする辺境を後にした。
どこにも属さず。どこからでも視る者として。狭間を自分の足で歩いていくために。




