8.麺を喰らわば汁まで①
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「俺明日の仕事なんだけどさ、朝早くに出て夜遅くに帰ってくるから。朝も夜もメシいらんからな」
「そうなんですね⋯⋯あ、私が手伝えそうなお仕事なら私も一緒に行きますよ!」
「あ〜ちょっと明日のはなぁ⋯⋯うん、遠慮しとくわ。お前は自由にしてればいいから。先寝てればいいし」
「はい⋯⋯」
ある日の夜。
あとは寝るだけという頃に、死神はソファーで寛いでいた彼女に話しかけ、用件だけを話すとポンポンと彼女の頭を撫で、自室に入っていった。
その後ろ姿を見送って。
「遠出するなら連れてってもらいたかったのにな」
彼女は少し寂しそうにそうつぶやいた。
もうアパートでの暮らしも慣れたというのに、死神の仕事についていけたのはホテル住まいだった頃に行ったジャンボタニシのときだけだ。
一緒に暮らしているというのに朝と夜の食事を含め、数時間しか顔を合わせていない。
「昼間に働いてる死神さんもまた見てみたいな」
───でも死神さんの仕事はジャンボタニシみたいなものだけじゃないよ?
ふぅ、1つため息をついて。
彼女も自室に入り、今日はもう寝ることにした。
翌日、彼女が起きたときにはすでに死神はアパートを出たあとだった。
たまごとベーコンを焼き、トースト、フルーツを混ぜたヨーグルト、あったかいレモンティー。
朝には充分過ぎるメニューだが、満たされないのは死神がいないからか。
「早く帰ってこないかな⋯⋯死神さん」
レモンティーのマグカップで手を温めながら。
まだ起きたばかりだというのに、もう夜が───死神が恋しかった。
それでも決めたルーティンはこなしていく。
洗濯をして掃除をして。
パソコンでレシピ動画を見ながら今日の夜ごはん何にするか考えたら買い物へ行こうとは思っているが、自分ひとりのためにがんばって料理するのもなぁ、と思ってしまう。
このアパートに越してきてからほぼ毎日毎食自炊しているが、自分が料理を作ることに向いていないということをなんとなく彼女は気付いていた。
「だって栄養とか考えてメニュー決めて、冷蔵庫の中身確認して無駄にならないように買い物行って、準備して食材切って調理しながら味付けして副菜も作って、彩り良く盛って⋯⋯食べたら片付け。ごはんを作るのってしんどくない?」
研究所で食べていたのは西園寺家の専属シェフによる和洋中どれも一流のものだった。あれはあれで自分で食事を用意しなくても、美味しいものが食べられていたのだから幸せだったのかもしれない。
パソコンの画面の中、神家政婦として活躍中の動画配信者が、手際よく何品もの料理をしながら同時進行で洗い物も済ませている。
料理がすべて出揃う頃にはキッチンもキレイに片付いていた。
「どうしてそんなことできるのぉ?」
自分との差に頭を抱える───相手は動画をアップするくらいのプロだ、比べるなんて意味ないと思うのだが。
料理の後のキッチンなんて鍋フライパンはもちろん野菜屑やら使ったボウルや菜箸が転がっているのが普通ではないのか。
研究所にいるときも常に被験体として何やら忙しくしていたがすべてこなしていた。要領は良い方だと思っていたのに───料理はそうとはいかないらしい。
せめて一緒に食べてくれる死神がいればヤル気も出るのだが、どのレシピ動画もピンとするものがなく、おすすめに出てきた動画を次から次へと見ていると。
『元祖◯系創業者監修カップラーメン2種同時発売! あなたの好みは!? 食べたら投票してね〜!!』
テンション高めなCMを流し見て。
「◯系ラーメンもカップラーメンも⋯⋯食べたことないなぁ」
今話題のアイドルたちがカップラーメンを食べ比べて、こっちが好きだとか濃厚スープがどうたらこうたら好き勝手言っている。
ちゅるちゅるちゅるっと口に吸い込まれて波打つ麺に釘付けになって。
───ちょっと美味しそう、かも。
ごくり、生唾を飲み込んで。
「そうだよね⋯⋯死神さんとカップラーメン食べるわけにはいかないもんね、私1人のときに食べるべきだよね」
きっとこれは天啓だったのだ。
『全国のコンビニで発売中! 数量限定だから今すぐ急げ!!』
「⋯⋯電気料金の請求書が来てたし。コンビニ行くしかないよねぇ」
電気料金くらいインターネットで支払いできるのは知っているけれど。なんだかんだ言って彼女は買いに行く理由が欲しいだけだ。
ささっと身支度すると、近所のコンビニへと向かった。
急がなくてもそのカップラーメンはコンビニに山積みで、完売になるのはだいぶ先だろう。
しかし彼女はしっかり2種とも買った。カップラーメンの中では高級な価格帯だった。あとついでに3時のおやつ用にプリンも買った。
死神のお金で勝手にデザートまで買ってもいいのかとも思うが、まぁそのあたりはご愛嬌。死神は細かいことは言わない。というか、たぶんあの人結構お金持ちだ───人じゃないけど。
お湯を沸かしている間に、カップラーメンの説明書きを読む。
いつだったか彼女が聞いたら「俺、高給取りだから」と笑っていた。依頼料は神様によって違うらしいが───例えばジャンボタニシのときの土地神様は肥沃な土地に供物や初穂料・玉串料などの収入が多く、よって死神に支払われる依頼料も多い。
しかし逆もまた然り。たまにボランティアだなと苦笑するしかないような依頼もあるそうだ。先日は現物支給で山菜とタケノコとモチ米を持って帰ってきた。美味しくおこわにしていただいた。
人の魂を刈る仕事のほうは、とてもじゃないがそんなこと聞けないけれども。
───今日は、魂を刈るほうのお仕事なのかもしれないな。
カップラーメンのフィルムを剥がしフタを開け、中のスープの小袋を出してお湯を線まで入れて。3分待つ。
死神本人が言うわけではないが、ときどきボーっとしていたり、何か考え事をしていたり、険しい顔をしていたり───とにかくいつもの死神とは違うことがある。そして帰ってきてからはテレビの報道番組やワイドショーなど見ている。
たぶん、自分が刈った魂の持ち主の最期が、どう報道されているか確認しているのだと思う。
そして誰かが死亡したというニュースを見終えると、最後に深いため息を1つしてテレビを消すのだ。
記憶の中の死神につられて彼女もため息をつく。
気付くと3分を少し過ぎた頃。
いけないいけないとフタを全部剥がし、粉末スープを入れ混ぜる。白濁したスープから美味しそうな匂いが湯気に乗って上がってくるのを鼻で感じて。
コンビニでもらった割り箸をパキッ。
「いただきまーす」
箸で1口分の麺を摘み、ふぅふぅと息を吹きかけて。ちゅるちゅるちゅるっと吸ってみた。
「⋯⋯うまっ!?」
これは〝美味しい〟ではなく〝旨い〟と言いたくなる味だ。つるつるしこしこな麺によく絡むスープは濃厚な豚骨醤油ベース。
正直、所詮カップラーメンなんてと思っていたが、これは考えを改めないといけないかもしれない。
次から次へと食べ進め、休むことなく一気食いしてしまった。
「ぷはぁ!」
気付いたときにはスープまで飲み干してしまった。
塩分過多で健康には悪いが───ここは研究所ではない、バイタルチェックもない。どうせあともう少しの命だ、今さら血圧を気にすることもないだろう。
それよりも今問題なのは。
「⋯⋯⋯⋯足りない」
圧倒的に量が少ない。
彼女は空になった容器を見ながら、どうしたものかと考える。
世の中のOLさんとか貧乏学生さんとか、カップラーメンだけで食事を済ませているというのだから───その点は食に困らない環境で良かったと思った。
テーブルの上にあるのは、もう1つ買ったカップラーメン。
「全然イケるなぁ⋯⋯」
よしイッてしまえと彼女は再びお湯を沸かす。
こちらは豚骨味噌らしい。
お湯を注いで3分待つ。
「こっちもうまっ!!」
醤油と味噌の違いはあれど、どちらが好きかは好みの問題だ、味に上も下もない。
こちらも瞬く間になくなり、最後のスープまでしっかり味わった。
「はぁ〜うまかった〜っ!! ⋯⋯でもさすがにスープ2杯分は飲み過ぎたかも」
ふぅーっと息を吐き出し、お腹を擦る。
この身体はサイボーグ化されているせいもあり燃費が悪く、太ることはないとは思うが。
しかしさすがに2杯のラーメンで口の中が塩辛い、身体が甘みを欲している。
なんということでしょう、先程コンビニでプリンを買っているではありませんか。
誘惑に勝つことができず、彼女は冷蔵庫からプリンを出すとむしゃりと口に運んだ。
「ん〜! 甘〜い!!」
舌の上でとろけるなめらかなプリン。塩辛いからの激甘で口の中が幸せだ。
パクパクと食べながら、午後の予定を考える。
結局お昼はカップラーメンにしてしまったし、夜の分の買い物はしていない。
料理初心者の彼女には、食材を組み合わせていろいろな料理を作るということがどうにも難しいので、今日の献立が決まったら買い物に行くという生活をしている。よって冷蔵庫の中の食材だけで何とかしようと思ってもちょっと厳しい。
「はぁ~、やめやめ。今日は時間あるし、またあとから考えよ⋯⋯」
プリンカップをゴミ箱に捨て1つ伸びをして。
お茶のマグカップ片手にソファーに深く座り、テレビを点けた。
報道番組、バラエティー、昼ドラマ、時代劇の再放送⋯⋯何度かチャンネルを変えると地域密着型生活情報番組になった。そこで画面いっぱい大写しになった若い女性が美味しそうに熱々のラーメンを啜っている。
『さぁっ、今日ご紹介するのは今話題の元祖◯系ラーメン!』
「あ、これさっき食べたカップラーメンの店?」
ラーメンからカメラが引き、店内の様子がテレビに映った。お昼時を少し過ぎているというのに店内は満席、外にも順番待ちの列ができているようだ。
『今日お邪魔しているのは先日オープンしたばかりのショッピングモールのレストラン街、テナントとして初出店されたばかりの店舗でーす! 今まで◯系ラーメンといえば、若い女性が1人で入るにはちょっと勇気がいるようなイメージでしたが⋯⋯こちらの店舗はそのイメージを覆す旗艦店として───』
つまり商業施設の中に入ってるから、老若男女誰でも気軽に来てねということか。
確かに平日の昼間の店内は、サラリーマン風の人が多いが、それに混じって女の人もチラホラ見える。
この商業施設は今住んでいるアパートの最寄駅から電車で数駅先にオープンしたはず。
今度死神さんに連れてってもらおうかな〜と彼女が考えていると。
『元祖◯系ラーメンといえば、この最後の1滴まで飲み干したくなる濃厚なスープ! ごはんを一緒に頼んでひと口ずつスープに浸しながら食べるのも美味しいですが───私がオススメする食べ方は半分残したスープの中に半ライス全部ドボン! そこに生卵と無料の薬味ネギと胡麻をたくさん入れて雑炊風に───ん〜っ、美味しい!!』
「えー! めっちゃ美味しそう!! 冷蔵庫にごはん残ってたからやればよかった⋯⋯」
まぁ雑炊風なんて食べ方知らなかったのだが。
レポーターがレンゲで掬った雑炊風のごはんを次から次へ口に運び、完食するのを羨ましく見ていると。
『さぁ今日のお得情報なのですが───現在こちらの店舗では開店記念フェアを開催中でして、ナント! ラーメン1杯ご注文につき、替え玉1杯、半ライス1皿、生卵1個無料!! フェアは今週末までです、ぜひこの機会に至極のラーメンを味わいに来てくださいね~!!』
「お〜っ!」という観客のどよめきを聞きながら、にこやかに手を振るリポーターからカメラは切り替わり、スタジオを映す。
次のコーナーになっても、彼女の頭の中はラーメンでいっぱいだった。
死神の今週の予定を思い出す───確か仕事埋まっていたような。そうするとこの開店記念フェアには行けないかもしれない。
「いやいや⋯⋯替え玉と半ライスと生卵目当てで行くわけじゃないから別に今週じゃなくていいんだけど」
死神なら彼女が「ラーメン食べに行きましょう」と言えば、「いいねぇ行こうぜ」と言うだろう。
だけど、彼女は〝今〟なのだ。
パソコンで商業施設への行き方を調べる。アパートの最寄駅から数駅先、駅から直結しているらしい。乗換えもない、向こう着いてから迷う心配もなさそうだ。
彼女の心配はただ1つ。
───1人で電車、乗ったことないんだよね。
ジャンボタニシのときも電車には乗ったが、死神について行っただけ。
百合子も自分も、出掛けるときは運転手付きの車がほとんどだった。周りには常に付き添いがいたし、1人で行動したことがない。
でも───
死神と一緒に暮らすようになって。
最初は死神のあとについて買い物をしていたが、今では1人で近所のスーパーで買い物くらいできるようになった。
電車の乗り方を調べる。改札を通って上りのホームに行って、来た電車に乗ればいいらしい。目的地で降りたら改札を出て直ぐの出口が商業施設直結になっている。
「これなら1人で行ける⋯⋯かも」
次いで元祖◯系ラーメンについても調べる。
新しい店舗はカウンター席とテーブル席があって、注文と会計は席に置いてあるタッチパネルで。無料のトッピングは席に用意してあるから、自由に盛り付けして良いらしい。
ちらり、時計を見れば昼を過ぎた頃。
死神が帰ってくる時間や夕飯は考えなくていいなら、充分過ぎるくらいに時間はある。
商業施設に行くなら、そろそろ夏物の服も欲しいところだ。
着の身着のまま研究所を出てしまったから、今着ている服はとりあえずコレ買えば間違いないだろうと、死神が通信販売で何着か買ってくれたファストファッションのものだ。
実際に見たり試着したわけではないので、若干体型とは合ってなかったり好みのデザインではなかったりするが、別に生活に支障がないのでそのまま着続けている。
死神は彼女にデビットカードを渡して、入ってる金額内だったら好きに買い物すればいいと言ってくれている。
だから、気分はもう───
「よし⋯⋯行こう!」
思い立ったが吉日。
彼女は軽く身支度すると、ルンルン気分で外に出た。
お読みいただきありがとうございました。
GWも終わって、日常が戻ってきましたね⋯⋯
ですが私は明日も投稿予定です。
よろしくお願いします。




