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58.転生する魂〜その2

 気付くと彼女は再びこ(・)の(・)世(・)にいた。

 目の前には、死神と一緒に暮らしたアパートの向かい側にあった公園が広がっている。後ろを見れば、そのアパートの掃き出し窓。

 どうやら彼女はベランダにいるようだ。


 戻ってきた。

 これが転生、生まれ変わりというやつなのか。

 この掃き出し窓から部屋に入れば、そこに死神の生まれ変わりがいるのだろうか───

 嬉しくて、でも緊張して。ガラス戸を開けようと手を伸ばそうとすると。


 ───!?


 手が異様に細長かった。いや、いっぱいある? 手を動かそうとするとその細い物体が何本も動く。

 恐る恐るガラス戸に映る姿を確認すると。


 ───蜘蛛ですが、なんで!?


 嘘ウソ嫌だヤダとパニックになりながら何とか部屋に入ろうとしていると、急にガラス戸が開き中から巨大な生物───人間が現れた。


「きゃあ! クモ!!」

「女郎蜘蛛じゃん、益虫だよ。放っとけ」


 どこかで見たことあるような、若いカップルの男女。一瞬、死神の生まれ変わりかとも思ったのだが、よくわからない。

 彼女はコソコソと物陰に隠れ、カップルが部屋の中へ戻るとベランダの天井に巣を張った。


 来る日も来る日も太陽が昇り沈んでいくのを目の端で見ながら、この部屋の住人の男を観察する。

 あの男の人が死神の生まれ変わりなのだろうか───一目見たらわかると思っていたのに。

 カップルの生活をガラス戸越しに8個の目で見ていると、彼女の心は今日も夕日とともに沈んでいく。


 覚悟はしていたが、死神は自分と暮らした半年のことを、やはり憶えていないようだ。死に際に好きだと、ずっと愛してると言ってくれたことも忘れて。

 今世はその隣りにいる女の人を好きになったのか。


 生まれ変わった死神の元気な姿を一目見たら、一生分の心の栄養になるなんて嘘だった。

 泣きたいのに8個もある目からは涙も出ない。

 蜘蛛になった彼女が、ベランダで仲良く夜風に当たっているカップルをぼんやりと眺めていると。


「あ、ちょうちょ!」

「ばーか、あれは蛾だ。ここ前が公園だから結構虫が多いのかもな」


 なんだか聞いたことある会話だな、なんて思っていたら、確かにふわりふわりと蛾が飛んでいる。

 その蛾から感じる気配は。


 ───死神さん!!


 一目見て、あの蛾が死神の生まれ変わりということがわかった。

 魂が、その蛾を求める。


 嬉しい、嬉しい。だけど蜘蛛な身体は彼と一緒に空を舞うことはできなくて。


 ───もっと近くに来て!!


 彼女の願い通りその蛾は巣の近くまで来ると、そのままネバネバの糸に絡まり、苦しそうにジタバタと暴れているうちにグルグル巻きになってしまった。


「あぁっ!? 今ならまだ助けてあげられるんじゃないですか!?」

「⋯⋯なんで助ける?」

「だって可哀想じゃないですか!」

「じゃあ逆に生きるためのメシがようやく食えると喜んでる蜘蛛からメシを奪うのは可哀想じゃねえのかよ」


 下でカップルが何か言っているが、蜘蛛の彼女には聞こえない。

 彼女は蛾に近付き、何とか助けようとするが。

 やがて藻掻いていた蛾の動きが徐々に鈍くなり、そしてついに動かなくなった。しばらくすると蛾の身体が淡く光り、小さな光の玉がふよふよと出てくると、それはベランダから外に出て、すぅーっと空へ消えていった。


 それを彼女は茫然と見ていた。

 そして次に彼女に湧き上がったのは、空腹を満たしたいという生命としての本能。

 もうピクリとも動かない蛾に齧りついた。一心不乱に食べ進め、すべて腹の中に入れると、巣の中央の定位置に戻る。


 彼女は心に決めた。

 今生はもう2度と、食べ物を口にしないと。


 やがて衰弱した蜘蛛は巣から転がり落ち、ベランダの片隅で誰に看取られることなく、その生涯を静かに閉じた。




 蜘蛛だった彼女の魂は真っ白な空間を漂っていた。

 この感じ久しぶりだなと思いつつ。目的もないので適当にふよふよ漂っていると、目の前に彼女が食した蛾がふわりふわりと舞っている。

 しかしその蛾からは彼女の求める魂は感じない。


〝やぁ〜、久しぶりだね! 今世は君の願いいっぱい叶えてあげたから、かなり充実した人生───いやいや蜘蛛生だったんじゃない?〟


 案の定、その蛾から声が響いた。若いのか年老いているのか、男なのか女なのかもわからない。不思議な声の主は創造神。

 

 ───ふざけないでください! 私は〝心の栄養〟って言ったんです! 本当に食べて身体の栄養にしたかったわけじゃなかったんです!!


 蜘蛛になっているときは、知能も蜘蛛並になっているのか。食欲という本能のまま愛する魂を持っていた蛾を食べてしまった。

 それが彼女はショックで仕方ない。


〝え〜? でも君『ひとつになりたい』って言ってたじゃん〟


 ───それは比喩的表現!!


 相手は創造神だ。人間の創り出した文章を豊かにする表現技法なんて、これっぽっちもわからないのかもしれない。

 頭を掻きむしりたい気分だが、魂だけの彼女は掻きたい頭も掻くための手もない。


〝難しいなぁ⋯⋯わかったよ。じゃあ次こそ君の願いを叶えてあげるから、言ってごらんよ〟


 変な声の創造神は呆れたように言うが、ここで理性を失ってはまた散々な目に遭うと、彼女は怒りをグッと抑えた。そして叶えてほしいことは、比喩ではなく、ストレートに。


 ───前世では死神さんにお世話になったので、今度は私が死神さんをお世話したいです。死神さんの生涯ずっと。一緒の部屋に住んで⋯⋯死神さんを好きになるのは、私だけがいい。



 彼女がそういった、その瞬間。

 蛾の姿をしていた創造神は、周りの真っ白な空間とともに散り散りになった。

 彼女の魂は、次の転生に向けてされるがままに作り変えられていく。

 グニャグニャと脳味噌の中を捏ねられるような感覚の中。

 次々と記憶が思い出されては消去され───ない。



〝あれ、やっぱり君の魂、今回もリセットできないや。ごめんけど、また前世の記憶持ったまま転生しといて〜〟


 ───それは別に良いことなんですけど、今回こそはちゃんと願い叶えてくれますよね!?


〝大丈夫だよ! じゃあ『君が大好きな魂を持つ者と君が一緒に住んで、君が生涯お世話してあげて、その子のことを好きになるのは君だけ』って願いは叶えてあげるから!! がんばってね〜〟


 ───うん、今度は大丈夫⋯⋯ですよね!?


 何か言い忘れてるような気がする。

 その思いを最後に、彼女の意識は途切れた。




 彼女が次に気付いたときには、真っ暗で居心地良いところにいた。しかしそれも長く続かず、いきなりやたらと眩しく寒いところに引きずり出された。急激な環境変化に戸惑い、大声で泣く。

 その声はまるで───


「元気な女の子ですよ! おめでとうございます!!」


 ワラワラと次から次へ大人たちが彼女を覗き込む。嫌だからやめてと言いたいのに、口から出るのは、あ~あ〜という頼りない泣き声のみ。指1本さえ思うように動かせない。

 そこで彼女は気付いた。


 ───私、赤ちゃんになってる!?


 意識や知能は人造人間のときに死んだ当時のままなのに、身体は生まれたてホヤホヤの赤ちゃんだ。見た目は子ども頭脳はなんちゃらどころじゃない。

 そして本当に何ひとつ1人ではできない身体というのは、もどかしくて発狂しそうになる。最悪なのは大便小便をオムツの中でしなければならないこと。初めて中で漏(・)ら(・)し(・)て(・)しまったときは、ショックのあまり死んでしまいたくなったものだが。

 それも回数を重ねるごとにどうでもよくなった。

 ただ一刻でも早く、死神の生まれ変わりに会いたい───それだけを胸に、日々暮らしていた。


 彼女が人造人間として死神と暮らしていたときからおよそ300年が経った今世は科学技術が発達し、クローンやサイボーグ、アンドロイドが普通に生活の中にいる世界だったが、四◯元ポケットのような道具は未だに発明されていない。

 そんな世界で彼女は普(・)通(・)の(・)人(・)間(・)に生まれ変わった。

 しかし何年経っても死神の生まれ変わりと出逢うことはなく。


 ───〝お世話したい〟なんて言ったから、世話ができるような年齢にならないと出会わないとか。そういうことかな。


 もうとっくに幼少期児童期を過ぎ、この春、彼女は中学に入学した。

 小さい頃は天才だ神童だと言われていたが、前世の記憶持ちチートは意外にも早く効果が切れ、今は普通の女子中学生といったかんじ。

 母子家庭だがそれを不幸に思ったことはない。

 お金持ちではないが、帰る家があり、愛してくれる母がいて、その母の手料理を毎日食べる。

 友達にも恵まれて、学校に行くのも楽しい。


 幸せだと思う───しかしそこに彼女の愛する魂がいない。

 その喪失感にずっと彼女はさいなまれていた。


 その日も学校へ向かおうと、住んでいるマンションを出たところで。

 いつもは気にもしないゴミの集積所。今日は燃えるゴミの日らしい、袋が山積みになっている奥に、ダンボール箱が捨ててあるのが見えた。

 指定ゴミ袋じゃないとダメなのに不法投棄か、なんて思いながら通り過ぎようとしたところで。そのダンボール箱がわずかに動いたような気がした。


 ───!!


 彼女は制服が汚れるのも気にせずゴミ袋の山を崩し、そのダンボール箱に手を伸ばす。

 ようやく手にしたダンボールのフタを開ければ。


 真っ黒な毛並みの仔犬───ボロボロで汚れていてかなり衰弱しているようだ。

 彼女の愛する魂の、今世の姿。


「もう大丈夫だよ⋯⋯久(・)し(・)ぶ(・)り(・)だね───おかえりなさい死(・)神(・)さ(・)ん(・)」


 嬉しくて、嬉しくて───でも切なくて。

 彼女は目に浮かんだ涙を制服の袖で拭うと、その仔犬をぎゅっと抱きしめた。



〝サク〟と名付けた真っ黒な毛並みの仔犬は、彼女に手厚く世話をされ、すくすくと成長した。

 はっきりとした犬種は不明だが、獣医曰くシェパードやハスキーに近いのではないかとのことで、保護から1年で体格も体重も中学生の彼女と同じくらいまで大きくなったが、まだまだ大きくなりそうな勢いだ。

 

「サクっ、おすわり!」

「ワン!」

「いっくよー! サクっ、GO!!」

「ワンワン!!」


 マンション近くにある大きな公園のドッグラン。

 彼女がフリスビーを力いっぱい投げれば、サクは弾丸のように走り、空を飛ぶかの勢いで高くジャンプしてそれをキャッチする。嬉しそうに尻尾を振りながら彼女の元に戻ってきた。

 彼女はサクの頭をわしゃわしゃと豪快に撫で、もっと投げてと訴える愛犬のため、彼女は何度もそれに応える。

 しかし彼女が若くて健康な身体とはいえ、若い大型犬の体力には敵わない。しばらくして体力の尽きた彼女は、ドッグランの芝生に大の字に倒れた。


「あーっ、ちょっと休憩にしよ!!」


 彼女が息も絶え絶えでいると、サクが覆いかぶさるようにして、もっと遊ぼうと顔をペロペロと舐めてくる。


「きゃー! くすぐったいよぉ」


 死神と人造人間だったときとは大違いのスキンシップに、彼女はクスクスと笑ったが。

 次いで思い出したのは、肌を重ねた、あの日の記憶。


 犬のサクと一緒に過ごす毎日は幸せだ。

 幸せなのに。

 前世からの記憶を引き継ぐというのは、ときにして残酷だ。


「中学生があんなこと思い出しちゃダメだよね⋯⋯ごめんね、ちょっと泣けちゃった」


 ホロリホロリと流れる涙も、サクが全部舐め取ってくれる。心配そうにクゥ~ンクゥ~ンと寄り添ってくれて。


「ふふふ。優しいね、サク。ありがと、大好きだよ───死神さん」


 1人と1頭。

 太陽の下、いつまでもじゃれ合っていた。



 それから十数年後、すっかり歳を取り寝たきりになったサクの背中を撫でながら、彼女はテレビを見ていた。

 大陸を挟んだ向こう側の国で、AIを搭載したアンドロイド軍がクーデターを起こしたというニュース。

 ネットワークを支配したアンドロイドは周辺諸国を巻き込み、連合軍を結成。

 それに乗じて、奴隷化されていたクローンやサイボーグなど人造人間の暴動が始まり、すでにいくつかの国が滅んだという。


「この国ももうすぐ戦渦に巻き込まれるけど⋯⋯サクは気にしなくていいからね」


 もう声も聞こえていないだろうサクの耳に、彼女はそっとくちづけした。


 その翌日の明け方。

 サクの魂は静かに身体から離れた。

 彼女はサクの身体を抱きながら空中を漂う小さな光の玉を見つめ、ホロホロと涙を流した。


「ありがと、ありがと⋯⋯大好きだよ、サク。ま(・)た(・)会おうね。ずっとずっと待ってるから───何回生まれ変わっても、どんな姿になっても、ずっとあなたを愛してる」


 小さな光の玉はちょんと彼女のくちびるに触れると、ふわり、掃き出し窓から外に出て空高く昇っていき、やがて見えなくなった。


 見事なまでの朝焼けは、いつか見たあの空と同じくらい美しかった。

 彼女はサクの亡骸を撫でながら、しばらく太陽が地平線からゆっくり昇っていくのを見つめていたが。

 キラリと遠くのほうで何かが光ったと思ったら、次いで爆音と爆風があたり一帯に吹き荒れ、それに巻き込まれたところで意識を失った。




 彼女の魂は真っ黒な空間を漂っていた───何もない、ただの無。光も音も、そこには存在しない。

 死んだという感覚はある。詳細はわからないが、きっとテレビで報道されてた戦火に巻き込まれたのではないか。

 平和な国だと思っていたが、意外と脆い国だったのかもしれない。


〝それどころか君がいた惑星(ほし)ごと滅んじゃった〟


 若いのか年老いているのか、男なのか女なのかもわからない声が響いた。その不思議な声の主は創造神。

 少し落ち込んでいるようだが、滅んじゃったもんは仕方ないよねというような、開き直っているともとれる雰囲気だ。


 ───どうして滅んだの?


〝どうしてって聞かれてもねぇ。やっぱり300年前、人造人間(きみ)たちが産み出される前に徹底的に潰しとかなきゃダメだったかなぁ〟


 彼女は押し黙る。

 そんなことされていたら、死神と出逢うことはなかった。

 それはダメだと言おうとしたところで、もっと重大なことに気付いた。


 ───世界がなくなっちゃったら、もう死神さんの魂と会えない。


 魂だけの存在に血なんてないのに、血の気が引いていく。


 犬のサクと一緒に過ごす毎日は幸せだった。

 それに嘘はない───だけど、やっぱり。


〝それでねぇボク、次は『剣と魔法の冒険ファンタジー』に挑戦してみようかと思って! もう君の愛する魂は先に行ってもらってるけど⋯⋯君はどうする?〟


 ───行きます!!


 考える前に答えていた。

 次は、次の転生こそは。


 ───死神さんと私の魂は同い年! 同じ種族、性別は今のままで!! ドラマチックな出逢いなんて求めてないから、ただ一緒に幸せになりたいの!!



 彼女がそういった、その瞬間。

 彼女の魂は、次の転生に向けてされるがままに作り変えられていく。

 グニャグニャと脳味噌の中を捏ねられるような感覚の中。

 次々と記憶が思い出されては消去され───ない。



〝あ〜、やっぱり君の魂リセットできないね。また前世の記憶持ったまま転生しといて〜〟


 ───それは諦めますけど、今回こそはちゃんと願い叶えてくれますよね!?


〝大丈夫だよ!『同い年で同じ種族、ロマンティックな出逢い』だよね!! ついでに『創造神の加護』も付けとくから、がんばってね〜〟


 ───ドラマチックもロマンティックも求めてないってば! ちょっと、聞いてる!?


 この適当な創造神は絶対余計なことするに決まっている。

 嫌な予感がするのを最後に、彼女の意識は途切れた。


お読みいただきありがとうございました。

ついに明日の投稿で終わりです。

最後までよろしくお願いします。

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