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57.死後の世界は思ってたんと違う

 時は少し遡る。


「ずっと、ずっと、だいすき⋯⋯⋯⋯〝さっちゃん〟」


 彼女は大好きな死神の腕に抱かれ、最期のときを迎えた。

 くちびるに、柔らかい感触。

 そして───


「俺も⋯⋯⋯⋯俺も、好きだよ。ずっと、お前を愛してる───ユリ」


 天にも昇る気持ちとはこのことか。

 嬉しい、嬉しい、死神にそう言ってもらえて嬉しい───〝ユリ〟と呼んでもらえて嬉しい。

 私も〝愛してる〟って言えば良かった。

 今からでも間に合うかな、そう思って口を開こうとしたが。


「バーカ───一緒に海から昇る太陽見るんじゃなかったんかよ。ちゃんとしたオムライスも結局食わしてもらってねえし」


 死神の目から雫が落ちた。彼女の眦に落ちたそれを、死神が指で拭う。何度も何度も、くちびるにキスをされて。

 あの死神が嗚咽をこらえることなく泣き叫ぶ。


「ユリ⋯⋯愛してる、愛してるんだ───ユリ」


 彼女は「わぁ〜死神さんの泣き顔、なんて眼福♡」と思いながら見上げていたが。

 死神の喚きかたからして「あれ、もしかして私もう死んでる?」と気付いた。


 先ほどまで感じていた息苦しさがない、というか息してない。ぼんやりとした視界だったのに今ははっきりと見える。


 ───なんか、思ってた死後と違うなぁ。


 魂がないから、死んだら〝無〟になると思っていた。これはいわゆる幽霊というやつではと推測したが、魂がないのに幽霊になれるのか。もし幽霊なら死神が気付いても良さそうなのに、それもない。


「───ユリの魂、上がってこい」


 そう言った死神の目に妖しく赤色が灯る。しばらくして彼は顔を歪ませると彼女に抱きつき、再びわぁわぁと泣き続けた。 


 死んで悲しい。だけど愛する死神が、自分を想って泣いてくれているのが嬉しくて。

 複雑な思いを抱きながら、彼女は死神に抱きしめられていた。



 しばらくすると天使がやってきたが、天使も彼女の存在に気付く様子はない。

 そしてついに死神が彼女を抱きかかえると、そのまま海の上を沖に向かって歩き出した。


 ───そっか、海に沈める約束だもんね。


 死んだあともこんなにはっきり意識が残るなら、やっぱり死体をリュックに入れてって頼めばよかった。

 そう思っているうちに、天使と死神は海の上で立ち止まった。


 頭上で死神と天使が何かを言っている。

 空が明るくなっていく。

 水平線が、炎が走るように金色に光り、真っ赤に燃えた太陽が少しずつ顔を出す。


「見ろ、ユリ───綺麗だろ?」


 ───わぁ〜!!


 生きて、死神と一緒に見たかった。

 死神が彼女の眦にキスをしてくれる、それをくすぐったく思っていると。


「───Requiem aeternam dona eis, Domine───♪」


 少し離れた場所で、天使が美声を披露している。

 今気付いたが、天使は今から1世紀前に活躍していた世界的有名なテノール歌手ではないか。音楽の教科書で見たことがある。

 その彼が歌うのは。


「⋯⋯鎮魂歌」


 腹の底から響くような歌声に、もう死んでいるのに泣きそうになる。

 美しい朝日に照らされた死神の顔を目に焼き付けながら、その歌声に耳を傾ける。

 天使が一章歌い切ったところで、太陽がその姿全てを現した。


 ───天使さんすごーいっ! 心揺さぶられました!!


 拍手を贈りたいところだが、死んだ身体ではそれもできず。


 そして、ついに海に沈められるときが来た。


 怖い───でも死神のことだ、たまに墓参りとしてこの海に来てくれるだろう。

 海は全世界1つに繋がっているのだ。死神が掃除人(スイーパー)の役目を果たし、どこか異国の地で生まれ変わっても、海の一部になった私が何処へでも探しに行ける。

 それを楽しみに生きていこう───ってもう死んでるんだった。じゃあ〝死んでいこう〟ってそれもちがうような。


 彼女が悶々と考えていると、死神と天使の間に不穏な空気が流れる。


「俺の心はお前のものだ───ユリ」


 そう言ってもらえて嬉しいはずなのに、何故か嫌な予感がする。

 死神は大きく息を吸うと、空を仰ぎ叫んだ。


「よぉ。天におわす神サマ───この世界の〝創造神〟とやら! 俺に言う事くらいあるだろ? ちょっと話しようぜ!!」


 死神は死ぬ気だ。


 ───死神さんっ、ダメ!!


 彼女は慌てて死神を止めようとするが、死んだ身体ではどうすることもできず。

 死神の身体が淡く光る。すると彼の魂がふわり胸から抜け出して、空の彼方一直線に飛んでいった。


 ───あぁっ!!

 

 魂を失った死神の身体は、彼女を抱えたままバシャリと海に落ちた。

 海底の砂を静かに巻き上げ、沈みきった死神の上に彼女は覆いかぶさった───偶然かもしれない、だけど彼女の死神と離ればなれになりたくないという意思が、もう動かぬ身体に伝わったのかもしれない。


 やがて2人の身体に海底の生物が集まるようになった。

 その様子を彼女はずっと見つめていた。死神と自分の身体がサメに食われるのも、肉が腐敗していくのも。

 気持ち悪い、とは思わなかった。

 ただただ悲しく、死神に申し訳なく思うだけ。


 先に全部無くなったのは死神の身体だった。彼女の人工部分はさすがに自然の通常サイクルでは分解できなかったらしい。

 しかしそれも長い時間をかけ分解されると、脳に埋め込まれていたAIチップだけが海の中を漂い。

 そしてたどり着いたのは、死神と2人、海の水を掛け合って遊び、海に沈む夕日を見て、そして夜には花火をした砂浜。



 彼女はずっとそこで待っていた。

 愛する人が迎えに来るのを、ずっとずっと───



 彼女の目の前では、毎日のように幸せそうなカップルが代わる代わるやってきて、にぎやかに水を掛け合い、寄り添いながら海に沈む夕日を眺め。夜になれば花火を楽しんでいる。

 それを彼女は羨ましく見つめていた。


 羨ましい、羨ましい。

 その気持ちはいつの間にか形を変え、恨めしく思うようになり。


 もう夜遅いし帰ろうかと、砂浜から立ち去ろうとしていた若いカップルの女の足を、()()()()がガシッと掴んだ。


「きゃあ!?」

「はぁ!? なーにコケてんだよ?」

「ちょっと、笑わないでよ! 砂に足取られたの!!」


 若いカップルは黒いモヤの存在に気付いていない。

 モヤは今のうちに女の身体を奪おうと一気に───


 と、その時。


「ム◯ン・トワイライト・フラ◯シュ!!」


 かの美少女戦士の必殺技名が美しいテノールの声で響き渡り、あたり一面がまばゆい光に包まれ。その光に掻き消されるように、黒いモヤが抱えていた恨めしい気持ちが浄化されていく。


 光が収まり、美しい月を背後に現れたのは。


「このアタシが───◯に代わってお仕置きよ!!」


 中性的な男の人が美しいテノールを響かせ、あの有名なセリフとポーズを海の上でバッチリ決めた。


「久しぶりね。()()になんかなっちゃって⋯⋯()()()が知ったら悲しむわよ?」


 あれ、この人知ってる気がする。


 その人は黒いモヤに成り下がっていた彼女の()を赤と白のボールに取り込めると、空高く昇っていった。



 砂浜では。

 若い女は彼氏に手を引いてもらい立ち上がると、2人仲良く手をつなぎ、何事もなかったかのように───何が起こったか結局2人は知らないのだが───砂浜を後にした。




「アタシはここまでだから。この先はアナタ1人で行きなさい」


 真っ白な空間に1つだけある木製の扉の前で、ボールから彼女の魂は取り出された。


「アナタが生きてるとき、いっぱい酷いこと言ってごめんなさいね。次生まれ変わったら、絶対幸せになるのよ?」


 その人はそう言うと、扉を開けた。


「さぁ、いってらっしゃい」


 そう言われて彼女の魂───彼女は、ふよふよと漂いながらその扉に入る。

 しかしその扉に入っても、白い空間が続くだけ。

 振り返れば、その人は柔らかい笑みを浮かべ手を振り、そして静かに扉を閉めた。

 彼女の魂───彼女はふよふよと漂いながらその扉の後ろを見る。しかしもうあの人の姿はそこになかった。


 どこへ行けばいいんだろう。そう思いながらふよふよ漂っていると、向こうの方、真っ白な空間の中、黒い点がポツンと見えた。

 とりあえず目的もないので、その点に向かって進んでいく。

 近付くにつれ、その点は人の姿をしていることに気付いた。


 その人の服装は、ダサ⋯⋯時代遅れ───古めかしい───個性的、そう個性的な服。

 そんなの着てる人なんて。


 彼女は走り出す。

 ずっとずっと会いたかった。

 1人孤独に耐えながら、幸せそうな人々を羨ましく思うこともあったけど。

 あなたにまためぐり逢う、その日を信じて。

 

「死神さん!!」


 彼の胸に抱きつこうとジャンプする。

 彼女に気付いた彼は、柔らかく微笑んで───?


 ───違う!!


 猛烈な違和感。

 死神はこんな微笑みなんかしない。クククと皮肉そうに笑うか呆れたように苦笑するのが彼のデフォルトだ。


 しかしジャンプで宙に浮いている状態ではどうすることもできず。

 彼女はそのまま偽物の死神の胸にダイブ───


「あべし!?」


 するかと思ったが、すり抜けてゴロゴロゴロと床を転がった。


「いった〜⋯⋯⋯って、別に痛くないな」


 ムクッと起き上がり、床を触ってみる。

 柔らかなクッションのような感触の上に、漂うドライアイスのような───いかにも想像する天国の雲の上そのままといったかんじ。


「そういえば身体もあるけど、何で?」


 すでに肉体は魚たちのエサになって、人工骨格も朽ちてなくなったはずなのに。自分の両手がちゃんとグーとパーをするのが見える。

 服はいつだったか死神の服とリンクコーデで買ったお気に入りのもの。


「そっちのほうが落ち着くと思ってね」


 急に声をかけられ、顔を上げてみれば。

 そこには彼女がずっと愛する死神(ヒト)───しかしそのニコリとした微笑みが偽物感ハンパない。


「ボクがこの世界の〝創造神〟だよっ」

「死神さんのイメージ崩れるからやめてください。死神さんが穢れる」

「穢れるって⋯⋯ボク創造神なのに。いちばんエライ神様なんだよ?」

「関係ないです、チェンジ!!」

「えぇ〜そう言われてもなぁ⋯⋯君の記憶にある〝神〟って、ジャンボタニシのときのエロじじいかクジラの骨格標本か、この死()さんかだったから。いちばん()()が喜ぶかなって思ったのに」


 クジラの神様はともかく、確かにジャンボタニシのときの土地神が出てきたら、間違いなく彼女は張り倒しにいっただろう。

 彼女は偽物の死神───創造神をチラリと見て。ため息をつくと立ち上がり、何もついてないが手と膝をパンパンと払った。


「まぁ、でも久しぶりに偽物でも死神さんの姿見れて嬉しかったですよ⋯⋯ありがとうございました」


 ぺこり、彼女は頭を下げ───そのまま再び床に突っ伏し、恥も外聞もなく泣き叫んだ。


「死神さんっ、会いたい───会いたいよぉ!!」


 大粒の涙を流しながら、何度も何度も彼を呼ぶ。

 

 時の流れもないただの真っ白な空間の中。

 彼女はひたすら泣き続けた。




「そろそろ気は済んだかい?」


 どれくらい泣いていたか。悲しいのにもう涙は枯れはて、彼女は頭を下げたまま、目の前の雲のような床を見つめていた。

 頭上から死神の声がするが、口調が全然死神じゃない。

 彼女はフルフルと力なく首を横に振った。


「どれだけ待っても死神さん、迎えに来てくれないんです。私から探しに行きたいのに、それもできなくて───やっぱり魂のない私はもう死神さんに会うことはできないんですね」


 自分には魂がないと、ずっと理解していたはずなのに。

 それでも期待してしまったのだ。またいつか、再び死神の魂を持つ人とめぐり逢うことを。


「あのさぁ⋯⋯もう気付くよね〜って思ってたんだけど。君、魂あるよ?」

「そうなんですね。私、魂あるんですね───って、え?」

「うん。君、今まさに〝魂〟の状態だよね」

「⋯⋯え?」


 彼女はガバリと起き上がると、自分の両手をグーとパーを繰り返して。目の前のニコニコと笑う偽物の死神───創造神を見て。


「え〜〜〜〜〜!?!?」


 果てしなく続く白い空間に、彼女の声が響き渡った。



「思い出や記憶に魂は宿る───百合子のクローンとして彼女の記憶を引き継いだ君は、彼女の魂も引き継いだ。ボクが定めた輪廻の法則ではなく、人為的に歪められた方法でね。だから君には()()()()()魂がなかった───AIチップの記憶の中に魂が閉じ込めらてたんだ」

「⋯⋯よく意味がわかりません」

「でしょ? ボクだって意味わかんないよ。魂の回収は自動(オート)だからさ。たまに不具合(バグ)が起きるのは仕方ないとしても、君の場合は明らかに改ざん行為(クラッキング)があったとしか思えないしそれに───」

「あの、コンピュータの話でしたっけ?」

「まぁプログラミングの仕組みはコンピュータと同じかな」


 だから何? とでも言うかのように、死神の姿をした創造神は小首を傾げた。

 真っ白な空間の雲のような床に2人は座り込み、彼女は創造神の話を聞いていたのだが。ITの専門用語で説明されても、素人の彼女にはさっぱりわからず。

 しかし、そんなこと今はどうでもいい。


「私、魂があるんですか?」

「そうなんだよね。不思議に思って調べたんだけど、百合子(オリジナル)として死んだとき、魂が回収された形跡がなかった⋯⋯君のお父さんがAIチップの記憶の中に君の魂を閉じ込めたとしか考えられないんだよ───」

「私も生まれ変わったら死神さんに会いに行けるんですね?」

「うんそうだよ。それで君の魂を直で見てわかったんだけど。君、やっぱり魂が改ざんされてる。こんなことただのプログラムされてるだけの人間にできるはずない。だけど現に()という存在が生まれてる。人造人間の君を作ったお父さんって一体何者なんだろうね?」

「今すぐ死神さんに会わせて!」

「ボクの話聞いてる?」


 興奮して前のめりになっている彼女に、死神の姿をした創造神はヤレヤレと呆れ顔になった。もうこれ以上話を続けても、彼女の耳には入っていかないだろう。


「君の大好きな〝死神さん〟はもう転生してる。だからもう()()姿()ではないし、前世のことは忘れてる───君のことも憶えてないよ?」


 彼女は身体をビクリと震わせる。しかしふぅーっと息を吐くと、静かに1つ頷いた。


「それでもいい───一目会えるだけでいい。生まれ変わった死神さんの元気な姿が見たい。それだけで私の一生分の心の栄養になってくれます」

「へぇ~なかなか謙虚だね。君の魂に気付いてあげられなかったボクに落ち度はあるし、改ざん行為(クラッキング)があったとはいえ迷惑かけちゃったんだ、転生特典として可能な限りの願いは叶えてあげるよ?」


 創造神にそう言われて。

 彼女は考えた。

 本当は運命的に出逢って、今度こそ恋人になりたい。愛し合いたい。

 1晩中お互いを求め合ったあの夜の想い出が、彼女の脳裏をよぎる。


「───死神さんと、ひとつになりたい」



 彼女がそういった、その瞬間。

 死神の姿をしていた創造神と彼女の身体は、周りの真っ白な空間とともに散り散りになった。



 ───えっ! 何!?


 抵抗しようにも手足もなければ頭すらない。

 丸裸になった彼女の魂は、されるがままに作り変えられていく。

 グニャグニャと脳味噌の中を捏ねられるような感覚の中。

 次々と記憶が思い出されては消去され───ない。



〝あれ、おっかしいなぁ⋯⋯これも改ざんの影響かな。君の魂、リセットできないや〟


 彼女の魂に直接声が響いた。若いのか年老いているのか、男なのか女なのかもわからない。不思議な声の創造神はうんうんとしばらく唸っていたが。


〝君の魂、リセットしようとするとkillコマンドで消滅しちゃうからさ。ごめんけど、前世の記憶持ったまま転生しといて〜〟


 ───えっ、それどういう意味ですか!?


〝そのまんまの意味だよ! じゃあとりあえず君の大好きな『死神さん』の『一目元気な姿が見れて君とひとつになって君の栄養になる』って願いは叶えてあげるから!! がんばってね〜〟


 ───ちょっと待って! なんか違う気がするんですけど!?


 そのツッコミを最後に、彼女の意識は途切れた。


お読みいただきありがとうございました。


今回と次回の話、予定では本編ではサラっと流して、本編終了後に番外編としてじっくり書くつもりでしたが、わざわざ番外編にする必要あるかな⋯⋯と思ったので、本編に組み入れることにしました。

なので58話で完結予定でしたが、59話で完結になります。


よろしくお願いします。

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