↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/59

終.出逢い

「あ〜もう⋯⋯なんで人類ってヤツはこんなにも面倒臭いことするかねぇ」


 とある高位貴族の三男坊がつい最近購入したというアパルトマンの薄暗い地下室。 

 ガラスの瓶詰めの草花、何かちょっとグロいモノが浮かんでいる瓶に、何のためのものかわからない什器と魔法陣が並ぶ中。

 男は目深に被っていた漆黒のマントのフードを脱ぎ、小振りな短剣に付いた血を振り払って、今まさに命を刈り取ったばかりの人間の死体を数える。


「ひー、ふー、みー、よー、いつ⋯⋯ん? 1人足りんな⋯⋯気配は6人だと思ったんだけど」


 男は懐から指示書を取り出し、今回の依頼内容を確認する。

 指示書には5人の貴族の子息の名前が書かれていて、いずれもこの王国の男爵から侯爵家の三男、四男。

 家督を継げないことを理由に性格を腐らせた奴らが、魔王復活のため、若い女を生け贄として拉致し怪しい儀式をしていると、王国の暗殺専門の特殊部隊───通称〝暗部〟に抹殺指令が下った。

 暗部では通常の司法で裁けない人間や、明るみに出ると不都合な事件を秘密裏に処理する。

 男はその暗部の工作員だ。


「やっべー、5人でよかったんだ。危うく関係ない人間まで殺っちまうところだった」


 遺体の顔は頭に叩き込んでいる今回のターゲットの姿絵と一致、懐中時計や小物に刻んである家紋も指示書通り。うん、完全無欠(パーフェクト)。

 急所一撃で死んだ遺体は、血溜まりさえなければ気絶しているかのよう。きっと本人たちは死んだことさえ気付いていないだろう。

 良い仕事をしたと、通信用の魔法陣で任務完了の連絡を入れたそのとき、カタンっと何かが倒れたような音が静かな室内に響いた。


「⋯⋯誰かいるのか?」


 気配を探ると、後方にある大きな棚の中、人の気配が微かにする。

 さっきの6人の気配云々は間違いじゃなかったと、チッと舌打ちをしてその棚に近づく。

 相手に戦意はないようだ、一気にそれの扉を開くと。


「ひっ───」


 青い顔をして膝を抱えるようにうずくまっている女と目が合った。彼女は男の姿を見て、恐怖───ではなく驚きに目を見開いている。


 ───この娘(こ)、なんだか懐かしい感じがするな。


 彼女に見つめられて、ふとそんなこと思ってしまった。

 故郷にこんな娘はいなかったし、どこかで会ったっけと疑問に思ったが。


「いやいや、お前───何者だ?」


 頭を振って、余計な考えを切り離す。

 20代前半か半ば、自分と同じくらいの年齢───この国の貴族の顔は全員覚えている男の記憶にないということは、平民だろう。

 先程死んだ人間たちは、揃いの魔王信仰の刺繍が施された黒のマントを羽織っていたが、彼女は真っ白で簡素なシュミーズを身に着けているだけ。

 暗部の斥候の報告になかった彼女は、ずっと逃げる機会を窺って隠れていたのか、おそらく魔王復活の儀式のために攫われた生け贄だろう。男がそう結論付けていると。


 彼女が目に涙を溜め、ふわりと微笑んだ。

 その笑顔は、魂を鷲掴みにされるように切なくて。

 

「やっと会えた⋯⋯久(・)し(・)ぶ(・)り(・)だね、死(・)神(・)さ(・)ん(・)」

「───!?」


 彼女は立ち上がると男の首に腕を回し、ぎゅっと抱きついた。

 あたたかくて優しくてどこか懐かしい腕は、一体いつの記憶なのか。

 男が茫然としていると、地下室の外からカチャカチャと複数人がこちらに向かってくる音がする。先ほど任務完了の連絡を入れたから、暗部の処理班が遺体の回収に来たのだろう。


「くそ、面倒臭せぇ」


 彼女のことは処理班に任せるのが正しい判断だ───だけど彼女をここで離してはいけないような気がして。

 男は彼女の腰に腕を回すと、さらにグイッと抱き寄せた。


「あ!?」

「ちょっと跳(・)ぶ(・)から目ぇ瞑ってろ」

「え!?」


 がちゃりとドアが開かれる直前、男は転移の魔法陣を発動させ、彼女を連れて空間を跳んだ。



 男が転移する瞬間、彼の瞳に妖しく赤色が灯るのを見て、彼女はさらに彼の首に回す腕に力を入れた。

 20代も半ばを過ぎ、今(・)世(・)は彼(・)に会えないかもしれないと諦めが何度も頭をもたげた。

 あのテキトーな神様のことだ、どうせまた人間じゃなかったりするんでしょだとか、やさぐれながらも諦めの頭を捻じ伏せて。

 だけど今、彼の腕の中にいる。

 嬉しくて嬉しくて。ホロリと1筋、涙が零れた。



 地下室の重苦しい空気がなくなり、街の喧騒が遠くから聞こえる。

 彼女が恐る恐る目を開けると、そこはベッドしか置いていないような小さな部屋だった。


「え⋯⋯え?」


 何の飾り気もない壁には申し訳程度の鏡が掛けられているだけ。ベッドのシーツは一応清潔そうだが、洗い古されている───


「⋯⋯連れ込み宿?」


 知識として同僚から仕入れた情報を具現化するとこんな感じな気がする、彼女がポツリと呟くと、耳の近くから「そろそろ手ぇ離してくんねえ?」と男の声がした。


「ぅひゃあ!!」


 驚いて飛び退けば、どうやら男の首に思いっきりしがみついていたらしい、男は痛てててて⋯⋯と首と肩を回しほぐしている。


「何が連れ込み宿だよ、俺の部屋だ」

「まぁ! 私お持ち帰りされてしまいました!?」

「⋯⋯」


 ふふふと笑う彼女に、男はどう返事をしていいかわからないらしい。


「お前、俺がさっき何したか見てただろ⋯⋯怖くねえのか?」

「さっき?」

 

 首を傾げる彼女に、男はあのなぁと呆れて言葉を続けようとしたが───顔を背けて自分の羽織っていたマントを彼女に差し出した。


「これでも巻いとけ」

「え? あ、ありがとうございます⋯⋯?」


 反対を向いてしまった男の耳が赤い、どうしてマントなんかを、と彼女は自分の姿を見下ろして。

 そこで自分がうっすらと身体が透ける下着しか身に着けていないことにようやく気付いた。


「ゎああぁ!? ごめんなさい!!」


 慌ててマントを羽織り前を閉じ、はだけないよう腕を回して、どうしてこんなことになったんだっけと記憶を遡る。

 同僚が押し付けてきた買い出しを終え、太陽が沈んで薄暗くなった城下町を歩いていると、後をつけられているような気がして⋯⋯雑貨屋やお菓子屋に寄り道したり、わざと遠回りになる道を選んだりしていたが。

 彼女は走った、こう見えて足は早いのだ。ぐんぐん尾行者との距離を引き離して。もう大丈夫だと立ち止まり、ふぅーっと息を吐き出したその瞬間。

 裏路地から伸びてきた手に───


「あ───」


 そこでようやくすべてを思い出し、彼女の顔から血の気が引いた。


「おーい、ぶっ倒れるなよ、面倒臭えから。ちょっとそこ座ってな」


 男はトンっと彼女の肩を押しベッドに座らせると、ドアから外へ出ていってしまった。

 彼女はため息をつく───静まり返る部屋に1人取り残されると、先程までの光景がリフレインする。心臓の音がやけに大きく聞こえて。

 恐ろしくて自分で身体を抱きしめて、それでもカタカタと震えていると、しばらくして男が戻ってきた。


「ほい、コレでも飲め」

「───これって」


 彼女に差し出されたのはティーカップ、輪切りのレモンが浮いたふわり湯気の出る琥珀色の液体。


「レモンティー?」

「おうよ」


 男はもう1つ持っていたコーヒーを窓際の壁に背を預けて飲んでいる。

 彼女も貰ったレモンティーを飲むことにした。


「───おいしい」

「そりゃよかった」


 温かいレモンティーをちびちび飲んでいると、豊かな香りの中にある爽やかな酸味で、少しだけ不安な気持ちが和らいだ。

 半分ほど飲んだところで、意を決して男に話し掛ける。


「あの、どうしてレモンティーを⋯⋯?」

「コーヒーのほうが良かったか?」

「あ、いえ。そういうことではなくて」

「ここの1階喫茶店なんだよ」


 もしかして、もしかしたら。

 彼にも記憶があるのではないか───はっきりとではなくても、レモンティーを好きだと言った遥(・)か(・)昔(・)の私のことを、魂が憶えてくれているんじゃないかと。

 そう思ったら不安な気持ちなどすっかり消えてしまった。

 嬉しくて、感極まってホロホロと止め処なく涙を流していると。


「あ〜、そりゃ怖かったわなぁ⋯⋯それ飲んで落ち着いたら家まで送ってってやるから。家どの辺だ?」


 男は彼女が泣く理由を、怪しい奴らに拉致された上に、奴らが殺された現場にいたせいと思った。

 そう考えると自分は拉致現場で人殺しをしてさらに彼女を拉致したと考えることもできるなぁと、やっぱり処理班に任せるべきだった下手打ったと頭を掻いた。


「違います⋯⋯違うんです」


 彼女は涙を拭いながら首を横に振った。

 彼女は生まれ変わりを繰り返す魂の、4代前からの記憶を持っている───病弱だった女性、人造人間、蜘蛛、戦火に巻き込まれて死んだ女性。

 今世も含めすべての生涯で───


「ずっと、あなたを待ってたんです⋯⋯死(・)神(・)さ(・)ん(・)」

「───!!」



 キレイな涙をこぼしながら微笑む彼女から目が離せない。

 そんな自分に戸惑いながら、男は頭を横に振った。


「待ってたって───誰と間違えてるのか知らねえけど、お前とは初対面だぜ?」

「そうですね、私もあ(・)な(・)た(・)とは初対面です」

「はぁ?」


 意味がわからない。

 深読みするなら、国家の暗部で〝死神〟の異名を持つ自分を、この女は懐柔でもしようとしているか。

 もしそうなら今回の仕事の内容が外部に漏れていたとしか考えられないと、男───死神はいつでも彼女を始末できるよう、腰に仕込んでいる暗器に手を這わす。


「お前⋯⋯俺を誰だか知って近付いたのか?」

「いいえ───約(・)束(・)通(・)り(・)、あなたが迎えに来てくれました」


 死神の放つ殺気をものともせず、彼女はティーカップに入っているレモンティーを眺め───そしてそのカップに見覚えがあることに気付いた。


「喫茶店って〝天使の歌声亭〟ですか?」

「⋯⋯知ってるのか?」


 狭い通りからさらに1本入ったかなり奥まった場所にある、地元民や常連しか知らないような喫茶店、夜は軽い食事もできる小さな酒場だ。


「私、中央神殿所属の〝聖女〟なんですけど───」

「聖女サマぁ〜?」


 聖女とは。

 15歳の成人の儀で行われる〝職業の付与〟で賜る職業の神聖系の中でも超が付くほどの希少職で、聖魔法を使い〝奇跡〟を起こす、らしい。

 ら(・)し(・)い(・)というのは、あまりにもその人数が少なく、死神が実際に聖女の身分にある人に会うのは初めてだからだ。


「でも孤児院出身で元の身分も低いし、聖女の力も弱いので、雑用とか買い出し押し付けられるんですけど。余ったお金で時々こっそり息抜きしに来てるんです」

「悪い聖女サマだな」

「バレなきゃ大丈夫です」


 クスクスと彼女が笑う。


「知ってますか? ここの女将さん、すごく歌が上手で───屋号のとおり〝天使の歌声〟って言われてるんですよ。マスターの旦那さんととっても仲良しで」

「⋯⋯知らねえな、興味もない」


 彼女の声が愛しいと思うのは何故だろうか。

 そして彼女の言葉の端々に、知らないはずの記憶が思い起こされるような、不思議な感覚になるのは───


 頭をガシガシと強く掻き、死神はジロリと彼女を睨んだ。

 

「〝聖女〟は国で保護される。その身分を騙るのは犯罪だぞ」

「一応本当なんですけど」

「じゃあ証拠見せてよ」

「証拠、ですか」

「聖女だっていう⋯⋯聖紋っていうのが身体に出るんだろ?」


 職業の付与で聖女を賜ると、身体のどこかにその紋様が浮き出るという。

 肩とか手の甲とかそういうところに聖紋あるのセオリーだろ、と頭を掻きながら死神が投げやりな感じで言うと、彼女は合点いったようだ。

 ティーカップを置き、すくっと立ち上がった。


「近くで見ますか?」

「いやいいよ、そこで。ただチラッと見るだけだから」

「そうですか」


 このやり取りなんだか懐かしいな、彼女は嬉しく思いながらもやっぱり恥ずかしく、モジモジとしたのち意を決して1つ深呼吸するとマントをするりと脱ぎ、身に付けているシュミーズの裾に手を掛け、バッと勢いよく上に捲った。


「うわぁああぁぁぁああ!?」


 死神が慌てて回れ右をする。耳まで真っ赤だ───純情か?


「おまっ、ばかっ───痴女か!?」

「見せろと仰ったので⋯⋯脱いだほうが良かったですか?」

「なんでだよ!?」

「脚の付け根に刻印があるので」

「なんでそんなところにあるんだよ!?」

「前前前世の因果でしょうか」

「意味わかんねえよ!?」

「⋯⋯見ないのですか?」

「もういいよ! 早く戻せ!!」


 そうですかと彼女は言うと、裾を直しマントを羽織る。

 その間も死神は壁に額を付け、あ〜だのう〜だの唸っている。

 その反応も前前前世と一緒だ。

 しかし脱ぐのも捲るのも、冷静に考えれば痴女と言われても仕方ない気がする。先にひと言断りを入れるとか、何かしら別の方法がありそうなのに。

 彼女は今になってそう思いながら、しばらく死神の後頭部を見ていたが⋯⋯いつまでああやっているんだろう。

 ベッドに腰を下ろし、残りのレモンティーをいただくことにした。

 それを飲み干して、しばらくしてもまだう〜う〜言っている死神に恐る恐る声を掛ける。


「あの、思い詰めているところすみません⋯⋯あなたに逢えたら、ひとつやってみたいことがあったんですけど」

「あぁ?」


 ちらりと彼女を見た死神は、何だよ声掛けるなよとでも言いたそうだったが。

 彼女は死神の隣りに立ち、彼をじっと見つめる。


 顔の造作は全然違う。でも醸し出す雰囲気と、黒を基調にした少々ダサ⋯⋯時代遅れ───古めかしい───個性的、そう個性的な服はあ(・)の(・)と(・)き(・)のまま。


 彼女はニコリと笑い、そして───


「サクっ、おすわり!」

「ワン!!」


 命令すると、死神は元気に返事をしてその場にしゃがんだ。


「⋯⋯⋯⋯あ゙?」


 死神のこめかみに血管ブチギレマークがいくつも浮かぶ。

 彼女は満面の笑みで死神に抱きつくと、大型犬を相手にするかのように彼の頭をわしゃわしゃと豪快に撫でた。


「やあぁ〜ん! サクいい子だね〜!!」

「だぁ〜! お前っ、何の精神魔法使いやがった!? つーか何で俺の本名まで知ってんだよ!?」

「魔法は使ってないですよっ、きっと条件反射です! 名前は〝サク〟っぽい顔してるな〜と思って!!」


 彼女に押し倒されるように、死神はその場に尻もちをつく。

 彼女に貸しているマントの合わせが大きく開き、薄布のシュミーズ越しに、彼女の身体の柔らかさが───


「ちょ、待て待てお前! 何しやがる!?」


 意識してしまうと、顔やら何やらに血が集まりそうで。無理矢理彼女を引き離そうとすると。


「───〝リリィ〟」


 彼女はスルリと死神の首に腕を回すと、死神の耳元で小さく呟く。


「あぁ?」

「リリィといいます。生まれた直後に捨てらて、孤児院育ちで⋯⋯だから姓はありません。〝リリィ〟という名前も院長先生に付けてもらいました。そこの孤児院に預けられた名前のない孤児の女の子に付けられる名前の1つだそうです。だけど私、この名前とても好きなんです───何でだと思います?」



 そんなの知らない、知るわけがないのに。

 無性に目頭が熱くなる。

 彼女に見られたくなくて、死神は目を手で覆う。


「リリィか⋯⋯いい名前だな」



 その名は魂に植え付けられ、今まさに満開に咲き誇る、ユリの花。



 死神は引き離そうとしていた腕を、彼女の背中に回した。

 彼女がふわり、微笑む。


「おかえりなさい、死神さん」

「───ただいま」


 死神だった男の魂は、愛しい彼女もとへ帰ってきた。



この投稿にて「孤独な死神と人造人間な彼女が一緒に暮らした180日」完結です。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。


初めて書いたオリジナルの物語でしたが、いかがでしたでしょうか。


もっとこうすれば良かったとか色々反省するところはありますし、全然閲覧数増えなかったと悔しい気持ちもありますが、とりあえず今は完結まで投稿することができてホッとしています。


この物語が面白いと思ったら、高評価やブックマーク、コメントください。

また、執筆が上手になるアドバイスや、たくさんの方に読んでもらえる方法(?)なども教えていただければ嬉しいです。

お友達になってもいいよ〜という方、ぜひご連絡ください!


また機会があったらオリジナルの物語に挑戦したいな〜と思いつつ。

今回はこれにて失礼します。

ありがとうございました。   まーこ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。